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24 エンセファロン(脳)

「先程の薊先輩……じゃなくて氷川警視の問いに対する答えは、何なんだ?」

 SF映画に出て来る宇宙船の船内を思わせる、未来的なデザインの第二エレベーターの中で、自分の身体が浮く様な、ゆっくりと落下して行く感覚を覚えながら、京は魁に問いかける。

「何を根拠として、貴方は怪盗フォルトゥナが現れるだろう事を、予期出来たんだ?」

「根拠は……ソリッドヒストリーの、不審な動きですよ」

「ソリッド・ヒストリーの? それが何故、怪盗フォルトゥナに関係が?」

「それがねぇ……実は最近、世界探偵協会にソリッド・ヒストリーから、日本への探偵の派遣依頼が、続いているんです」

「世界探偵協会程の団体なら、日本への派遣依頼が続く事など、別に珍しくは無いんじゃないのか?」

「――そうなんですが、その依頼の多くに、不思議な共通点があるんですよ」

 階数を示すゲージが、どんどん下がって行くのを眺めながら、魁は続ける。

「派遣先に怪盗フォルトゥナが姿を現し、盗みを働きつつ、死者が出るレベルの事故や事件を、偶然にも防いでしまうという共通点が」

「まさか、レニー大統領来日の際も?」

「大統領に同行していたジャーナリストの一人が、世界探偵協会の探偵でした」

「つまり今回、貴方に仕事を依頼したのがソリッド・ヒストリーだから、今回も怪盗フォルトゥナが出て来ると、予期していたのか?」

 京の問いに、魁は頷く。

「しかし、何故にソリッド・ヒストリーが探偵を派遣する件に、怪盗フォルトゥナが絡んでくるんだ?」

 そう京が問いかけた直後、二人が乗るエレベーターが、地下七階……エンセファロンの最上階に辿り着き、鉄琴を叩いた様な音が、到着を二人に知らせる。

「ま、話の続きは、また後で」

 エンセファロンに辿り着いたので、魁は会話を中断する。空気が漏れる様な音と共に、エレベーターのドアが開き、冷たい空気が流れ込んで来て、二人の肌を洗う。

 エンセファロンは三階に分けられていて、上の二階は多数のサーバーが保管されるエリアなので、常にクーラーで冷やされている。そんなサーバーエリアの空気が流れ込んで来たので、二人は涼しさに身を震わせる。

 サーバーエリアの下……エンセファロンの最下層は、アニヒレイターなどの貴重品が、厳重な警備の元に保管される、金庫室となっている。第二エレベーターで行けるのは、エンセファロンの最上階までであり、そこから先はエスカレーターか階段を、使わなければならない。

 資材搬入用の大型エレベーターというのもあるのだが、それは人が乗り込むと動かないシステムになっている。その為、ここから先はエスカレーターか階段を使う羽目になる。

 魁と京に先んじて、エンセファロンに下りた花果王も、この階で第二エレベーターを降り、エスカレーターか階段に向かった事になる。ちなみに、エスカレーターと階段は、エンセファロンの西側と東側に、それぞれ一つずつ存在する。

「私は西側に向かいます! 京屋さんは東側に向かって下さい!」

 京は魁の指示に頷くと、エレベーターを出て通路を左折し、東側に向かって駆け出す。ホルスターから抜いた拳銃を、構えながら。

 魁も拳銃を抜いて構えつつ、エレベーターを出て右折し、エンセファロンの西側に向かって駆け出す。黒塗りの壁と床に覆われた、安っぽいSF映画に出て来る、軍事基地の内部を思わせる通路を、魁は辺りを警戒しながら、走り続ける。

 サーバーエリアは基本的に、余り人がいないのだが、現在は厳重な警戒態勢下である為、二十名以上の警備員達や警官達が配備されている。それにも関わらず、通路を走る魁の目には、警備する彼等の姿が映らない。

 不審に思いながら、魁は頭に装着したままのマイク付きのヘッドセットを操作し、警備指揮室と連絡を取ろうとする。だが、小型ヘッドホン風のヘッドセットのスピーカーからは、雑音しか流れて来ない。

(通信が妨害されてる! 無線通信の妨害装置みたいなもんまで、持ち込んでいるのか)

 無線機のアンテナ部分を色々な方向に向け、雑音が強くなる……強い妨害電波が出ているだろう方向を、魁は即座に探し出し、その方向に向かう。すると、天井にある照明の脇に、小さな黒い携帯電話風のガジェットが、テープで貼り付けてある事に、魁は気付く。

「携帯電話に偽装して、持ち込んだという訳か。携帯電話やパソコンも、持ち込み不可にしたかったんだけどねぇ、本当は……」

 携帯電話やノートパソコンなどの、ブラックボックス内への持込の禁止を、魁は主張していた。だが、それでは仕事にならないと、圷などのアルカナ・グループ側の人間達が大反対した為、持ち込みを禁止出来なかったのである。

 長身の魁はジャンプし、携帯電話風のガジェットを手で掴み、天井から引き剥がすと、床に置いて踏み潰す。メキャリという嫌な音を立てて、ガジェットが潰れると、無線機の雑音が消えて、警備指揮室との通信が繋がる。

「――警備の者達の姿が見えないんだが、どうなっているんだ?」

 魁の問いに、薊が無線通信越しに答える。

「吾桑さんですか? 良かった、ようやく通信が繋がった! 先程から呼び出していたんですが、応答が無かったもので……」

 安堵した様な口調で、薊は魁に語りかける。

「やられたよ。無線通信妨害装置を、怪盗フォルトゥナに持ち込まれたらしい」

 口惜しげな口調で、魁は続ける。

「――で、呼び出した用件は?」

「サーバーエリアの警備の者達が、西側エレベーター付近で、全て行動不能に追い込まれた事を、伝えようとしたんです!」

 薊が語る用件は、そのまま魁の問いかけへの答えでもあった。

「二十名以上の連中を、一人で行動不能に? どうやったんだ?」

「サーバーエリアに現れた怪盗フォルトゥナを、警備の者達は追い回し、西側……エスカレーター付近で取り囲む事に成功したんですが、そこで奴は、リュックから取り出したゼリービーンズの袋を開いて、ゼリービーンズをばらまいたんです!」

「ゼリービーンズの袋? ゼリービーンズの中に、液化してある睡眠ガスだか催涙ガスでも詰まってたって訳か?」

 ゼリービーンズをばらまいて、多数の警備の者達を行動不能にしたという話を聞いて、魁は即座に、怪盗フォルトゥナが行った手口を推測してみせる。

「監視カメラの映像で確認した様子では、破裂したゼリービーンズから、催涙ガスが撒き散らされた模様! 警備の者達は全員、行動不能状態に陥らされてしまいました!」

 花果王の手口は、魁の推測通りであった。ゼリービーンズの中には、防犯用の催涙スプレーなどにも使われる、目に浴びたり吸い込んだりすると、酷い痛みやクシャミなどに苛まれ、行動不能に陥ってしまう、塩化フェナシルの液体が詰められていた。

 後遺症が残らない、塩化フェナシルの液体を撒き散らして気化させ、花果王は警備の者達を、行動不能に追い込んだのである。ちなみに、塩化フェナシル入りのゼリービーンズは、催涙スプレーなどから塩化フェナシルの液体を抽出し、花果王が自作した物だ。

「エアコンをフル稼働させ、気化した催涙ガスは通路から排気しましたが、サーバーエリアにいた警備の者達は全滅同然! 現在、援軍を送っている最中です!」

「それで、怪盗フォルトゥナは何処にいる?」

「エンセファロン最下層にいた警備の者達と、現在交戦中。ですが、催涙ガスによる攻撃を受け、警備の者達は、ほぼ壊滅状態で……」

「分かった。これから私は、エンセファロン最下層に下りる!」

「ですが、催涙ガスはどうするんです?」

「ああ、私は一応、携帯用のガスマスクを常に持ち歩いているんで、心配なさらずとも大丈夫ですよ」

 立ち止まって薊と通信していた魁は、通信回線を開きっ放しにしたまま、西側に向かって再び駆け出す。程無く、苦しげな呻き声と共に、通路の床でぐったりしたり、のた打ち回っている警備員達や警官達の姿が、魁の目に映り始める。

 西側エスカレーター付近に、魁は辿り着いたのだ。

「早くトイレなり何なり、水のあるところに行って、目や鼻……口を洗い流しなさい!」

 苦しむ警備の者達に、塩化フェナシルなどの、催涙ガス被害への対処法を大声で伝えながら、魁は通路を突き進む。

「すいませんね。警備の者達にガスマスクを持たせておかなかったのは、私の失策でした」

 魁はエスカレーターに乗り、階下にある金庫室に向かって、エスカレーターを駆け下りて行く。申し訳無さそうに、警備の者達への謝罪の言葉を、呟きながら……。



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