表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/39

23 名探偵の推理

「確認したい事がある! 今……グレアム君が第二エレベーターでエンセファロンに下りたという情報が、警備指揮室に送られて来たんだが、どういう事なんだ?」

 警備指揮室で、薊は無線機の向こうにいる、一階の第二エレベーター前警備の責任者を務める警官に、慌て気味の口調で問いかける。

「どういう事って、その通りですよ。グレアム君なら先程、第二エレベーターでエンセファロンに、下りたばかりです」

 無線機越しに、警官が薊に返答する。

「確かに……間違い無くグレアム君だったのか?」

「指紋に声紋、虹彩に網膜……全ての生体認証をクリアしましたし、外見も間違い無く、グレアム君です。あんな女の子みたいに可愛い男の子、滅多にいませんから、見間違えませんよ」

 念を押す様な薊の問いに、責任者の警官は自信有り気に、答え続ける。

「何なら、監視カメラの映像で、確認してみたら如何ですか? どう見ても、グレアム君だとしか思えない人間が、映っている筈です」

「ああ、現在……こちらで確認中だ。確かに、グレアム君だとしか思えない奴が、映像には映し出されている。服装が多少、見覚えが無い感じだが……」

 警備指揮室でも、監視カメラの映像を、チェック中だった。そして、映像にはスパッツにTシャツ姿のグレアム……に変身した花果王が映っていた事が、確認されていた。

「あの子の服装だったら、アイ・オブ・プロビデンスが面白がって、一日に何度も着せ替えてるじゃないですか。また着替えさえたんですよ、きっと」

「そうかも知れないが……吾桑さん、この格好に、グレアム君を着替えさせた覚えは?」

 スパッツにTシャツという出で立ちの、グレアムにしか見えない花果王が映っている映像が映し出されているモニターを指差しながら、薊は魁に問いかける。

 魁はモニターを眺めつつ、首を横に振る。

「まぁ、こういうスポーティなファッションもグレアムには似合うだろうが、ここ暫くはゴシックロリータ路線で統一しているからね」

「では、ブラックボックスの外で、サスペンスと戦闘中の方が、本物なんだな?」

 薊の問いに、魁は頷く。

「エンセファロンにグレアム・ブラックローズに変装した不審者が侵入した! エンセファロンに配備中の者達は、不審者を発見次第、即座に身柄を拘束せよ!」

 即座に無線機を通じ、薊は警備の者達に指示を出す。

「だったら、第二エレベーターからエンセファロンに下りた奴は、何者なんだ? スリル&サスペンスの別働隊か?」

 頭を抱える京に、平然とした口調で、魁は答える。

「スリル&サスペンスとは別口でしょう、手口が違い過ぎますから」

「手口が……どう違うんだ?」

 不思議そうに首を傾げ、京は魁に尋ねる。

「先程、スリル&サスペンスの二人が、セキュリティゲートを通過した直後、コンタクトレンズ状のガジェットを外したのを、覚えていますか?」

 魁の問いに、京と薊は頷く。

「あれは恐らく、視界を塞いでしまう欠点があるんですよ、装着したままでは、まともに行動出来ない程の」

「だが、ブラックボックスに入る前までは、普通に行動していたと思うのだが……」

 先程、モニターで見た映像を思い出しながら、薊は呟く。

「多分、ブラックボックスの周囲に配置されているだろう、スリル&サスペンスの仲間から、音声で誘導されていたんでしょうね、ブラックボックスに入る迄は」

「成る程、そう言えば……ブラックボックスは内部に入ると、外部との無許諾の無線通信が、不可能になるんだったな」

 京の言葉に、魁は頷く。

「だから、ブラックボックスに入るなり、スリル&サスペンスの二人は、視界を塞ぐコンタクトレンズ状のガジェットを、外さざるを得なかったんです。ところが……」

 花果王の姿が映し出されているモニターを、魁は指差す。花果王は既にエレベーターを出ているので、リアルタイムの映像では無く、エレベーター内の監視カメラに撮影された映像を、検証の為に再生しているだけである。

「第二エレベーターの方に現れた、グレアムの姿をしている者は、コンタクト状のガジェットを外す様子も無ければ、動きにも視界を塞がれた様子は有りません」

「つまり、スリル&サスペンスの二人とは、虹彩や網膜などの生体認証を破った手口が違うから、スリル&サスペンスの仲間では無いという訳だな?」

 薊に問われた魁は、頷いて正解だという意思を示す。

「だったら、通常よりも遥かに警備体制が厳しい今現在、わざわざエンセファロンに潜り込もうとしているのは、一体何者なんだ?」

「そうですねぇ……私は世界中の面白そうな犯罪を、色々と個人的に調べているので、他人に成り済ますのが得意な連中には、色々と思い当たる相手がいるんですが……」

 モニターに映し出されている、グレアムにしか見えない花果王の顔を見詰めつつ、魁は薊の問いに答え続ける。

「各種の生体認証を平然と突破し、私ですらグレアム本人が他の場所にいるのを知らなければ、騙されるだろうレベルまで、他人に成り切れる人間といえば……」

 様々な生体認証を易々と突破し、相棒である自分ですら、本人の所在を掴んでいなければ見極められない程に、グレアムに成り切れる人間を、魁は頭の中でリストアップする。リストアップされた者達の中から、今日……ブラックボックスに現れる可能性が有る人間を、魁は高速で絞り込んで行く。

 程無く、一人の怪盗の通り名と姿だけが、魁の頭の中に残される。そして、その怪盗は魁が、今回の事件に絡んで来るのではないかと、ある程度予想していた相手だった。

「――怪盗フォルトゥナ」

「怪盗フォルトゥナだと? それは、確かなのか?」

 アメリカ大統領来日の際の経緯から、怪盗フォルトゥナにリベンジする為、規格外犯罪対策局に転属して来た京は、魁の言葉を耳にして、興奮気味の口調で問いかける。

「過去の様々な犯罪において、年齢性別どころか、身体の大きさまで自在に変え、各種の生体認証を突破した記録が有る怪盗フォルトゥナなら、グレアムに成り切る事も可能なのかもしれません」

「奴の変装技術は、確かに並ぶ者がいない、天才と言える程のものだからな」

 忌々しいのだろう、魁の前にあるノートパソコンに映し出されている、グレアムに変身している花果王の顔を睨み付けながら、京は言葉を吐き捨てる。

「いや、おそらく……彼のは変装じゃないですね」

 魁の言葉を聞いて、京と薊は戸惑いの表情を浮かべ、互いの頭に浮かんだ疑問を確認するかの様に、顔を見合わせる。

「――変装でないなら、何なんだ?」

 まずは薊が、気になった事を問うてみる。

「過去のデータを検証した結果、私は一つの確信を得ました。怪盗フォルトゥナは、高度な変身能力のアノマリーを持つ、アノマリストだという確信を」

「アノマリーって、あの……グレアム君が持ってるみたいな、いわゆる超能力?」

 常識的な推理や捜査の範疇を超えた、魁の話を聞いて、薊は驚きの声を上げる。

「そうです。彼の他者に成り切るスキルは、変装のレベルを超え過ぎている。つまり、変装というよりは変身……変身能力をアノマリーとして持っているとしか、考えられないんですよ、彼の場合は」

「――もう一つ、訊きたい事が……」

 今度は京が、魁に質問をぶつける。

「貴方は先程から、怪盗フォルトゥナを『彼』と、まるで男の様に表現しているのだが、それは何故だ?」

「怪盗フォルトゥナが、男だからですよ」

「お、男……怪盗フォルトゥナが?」

 二十代のセクシーな女性というイメージの、キャットスーツ姿の怪盗フォルトゥナを思い浮かべ、京は戸惑った様な表情を浮かべる。

「私は本人を見た事があるが、あれは確かに女だった。なのに……貴方は何を根拠に、怪盗フォルトゥナが男だと?」

「彼が、それ程見事に女に成り切った姿を、わざわざ衆人に晒しているからですよ」

 怪盗フォルトゥナが男性だと考える根拠の説明を、魁は続ける。

「完全に他者に成り切れる能力を持つ怪盗が、わざわざイメージし易い大人の女としての姿を、過去に何度も衆人に晒しているんです。これは当然、正体の露見を避ける為の、偽装工作だと考えるべきでしょう」

「偽装工作……つまり、故意に偽のイメージを、ばら撒いているのだと?」

 京の問いに、魁は頷く。

「正体と違う身体で、故意に怪盗フォルトゥナは人前に現れ、正体を偽装しているんです。つまり、女としてのイメージを広めている怪盗フォルトゥナの正体は……」

「むしろ男である可能性が、高い訳か」

 感心したかの様に、京は呟く。

「そんな所です。まぁ、大人に偽装してるから、正体はおそらく子供なんでしょうが、子供だったのは、怪盗フォルトゥナが出現し始めた頃。今は高校生くらいですかね」

 怪盗フォルトゥナの持つ能力や表の顔などを、ほぼ言い当てた魁は、椅子から立ち上がりつつ、ジャケットの下に隠してあるホルスターから、艶消し塗装が施された黒い自動拳銃、ステアーM9を抜く。

「ま、気休めの御守りって事で……」

 慣れた手付きで、弾倉に弾が装填されているかどうかを確認した上で、魁はホルスターに拳銃を戻す。直後、魁の目の前にあるノートパソコンのモニターに、怒りと焦りに表情を歪めている、秀光の顔が映し出され、スピーカーから怒鳴り声が響いて来る。

「エンセファロンへの、スリル&サスペンスの侵入を許すとは、貴様等は一体、何をやっているんだ?」

 先程、薊がブラックボックス中に出した指示を、何らかの形で聞いたのだろう。アニヒレイターに不審者が近付いている事を知った秀光が、警備指揮室に苛立ちをぶつける為、通信回線を開いたのだ。

「侵入したのはスリル&サスペンスではなく、怪盗フォルトゥナです。スリルの方は、まだエレベーターシャフトの中ですよ」

「か、怪盗フォルトゥナだと? な、何で奴まで出て来るんだ?」

 魁の言葉を聞いて、驚いたのだろう、秀光は声を裏返しながら、聞き返す。

「アニヒレイターを盗みに来たんですかねぇ? それにしても、圷さんは運が良い。怪盗フォルトゥナが現れると、死ぬ筈だった人の命が、偶然にも救われるって話じゃないですか」

 気楽な口調で、魁は秀光に語りかける。

「ふざけるな! 貴様はそれでも、世界最高の探偵なのか!」

 秀光は怒りを爆発させ、通信回線越しですら五月蝿い程の大声で怒鳴り散らすが、魁は平然とした口調で言い返す。

「とりあえず、今は忙しいので……話は後にして下さい。これから私は、エンセファロンに下りるので」

「だったら、俺もエンセファロンに下りる。もう貴様達だけには任せておけん!」

 そう言い放つと、通信を切ったのだろう、モニターから秀光の顔が消え失せる。

「エンセファロンに下りるから、拳銃をチェックしていたのか。だったら私も同行する」

 ジャケットの下に装着しているホルスターから、ベレッタの物などに比べ、野暮ったいデザインの警官用自動拳銃……シグ・ザウエルP230を引き抜くと、魁とは比較にならない素早さで、弾倉の弾や拳銃の状態を確認してから、京はホルスターに戻す。

「怪盗フォルトゥナが現れた以上、来るなと言われても私は行く!」

「構いませんよ。この場は、氷川さんにお任せして宜しいですね?」

「それは構わないが……」

 何かが引っかかっている風な含みを持たせた、薊の物言いが気になり、魁はドアに向かって歩き始めていた足を止め、薊に尋ねる。

「何か、気になる事でも?」

「いや、その……ひょっとしたら、怪盗フォルトゥナが現れるのを、吾桑さんは最初から予想していたのでは? 怪盗フォルトゥナに関する情報も、色々と揃えている様だし」

「――結構、勘が良いですね。その通りですよ」

 楽しそうな笑みを浮かべて、魁は薊の推測を肯定する。

「何故、奴が出て来ると予測出来たんだ? 怪盗フォルトゥナはスリル&サスペンスなどと違い、犯行予告などしないというのに?」

「その問いに対する答えは……残念ながら、今はお話する時間が有りません」

 そう言うと、魁は再びドアに向かって歩き始め、京を伴って警備指揮室を出て行った。問いに対する答えが気になって仕方が無いといった風に、首を傾げている薊を残して。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ