21 斬撃小町VSガーディアン・オブ・プロビデンス 02
「御託は取調室や裁判所で言うんだな! 無駄な抵抗は止め、大人しく……」
グレアムの言葉が終わる前に、閻が行動を起こす。先程壁からくり貫いた、円柱状の鉄筋コンクリートの塊を、一瞬の抜刀でゴルフボール大の賽の目切りにすると、左手に持った鞘をゴルフクラブの様に振り、コンクリート片を次々とグレアムに向けて、打ち始める。
唸りを上げて飛来する、砲弾の如きコンクリート片を、グレアムは手にした拳銃で撃ち抜き、全て破砕する。拳銃の音とコンクリート片が砕け散る音が、閉鎖空間である通路に反響して轟音となり、空気を震わせる。
砕け散ったコンクリート片は、煙の様にグレアムの視界を霞ませる。その視界が霞んだ隙を、閻は見逃さない。
陸上の短距離走者どころか、フィクション作品に出て来る忍者の如き素早さで、閻はグレアムに向かってダッシュする。グレアムの懐に飛び込んだ閻は、一瞬の抜刀でグレアムが手にしていた二丁の拳銃を両断しつつ、鞘でグレアムの腹を打とうとする。
その鞘による一撃は、確実にグレアムの腹を打ち、気絶に追い込む筈だと、閻と凰稀は確信していた。だが、閻が左手で振るう鞘は、グレアムの腹には届かなかった。
鐘を打つかの様な金属音が、通路に響く。金属に匹敵する強度を誇る、強化プラスチック製の鞘が、金属製の何かを打ったのだ。
閻はグレアムの腹に目を遣り、自分が何を打ったのか確認する。すると、閻の目に金属製の円盤が映る。
「盾……バックラーだと?」
驚いて目を見開き、閻は突然姿を現した、金属製の円盤の名を呟く。西洋風のファンタジー映画などに出て来る、英雄が腕に装着するタイプの円盤状の盾……バックラーが、グレアムの腹と鞘の間に現れ、鞘による打撃を防いだのだ。
更に、閻が驚くべき事が起こる。両断した筈の二丁の拳銃は消え去り、代わりに両手に刃渡り二十センチ程のトレンチナイフ(戦闘用ナイフの一種)が現れ、グレアムの両手に納まったのである。
グレアムは両手を交差する様に振るい、閻に斬りかかる。陽光に煌めく銀色の刃が、十字の軌跡を描きつつ、閻に襲い掛かる。
瞬時に身を翻し、閻はトレンチナイフによる奇襲をかわす。しかし、完全にはかわし切れず、スーツのジャケットが切り裂かれる。
「――成る程、確かに噂通り、妙な手品を使いやがるな、このオカマのガキ……」
驚きの声を上げながら、閻は春霞で自分のスーツを斬り裂く。既に社員姿の変装を続ける意味は無い上、スーツは動き難いので、邪魔だと思って斬り捨てたのだ。
そして、顔を覆っていた人工皮膚製のマスクとカツラを脱いで、スリル&サスペンスのサスペンスとしての顔を、露にする。もっとも、マスクの下には、顔の上半分を隠す青いドミノマスクを装着してあるので、閻としての素顔を晒した訳では無いのだが。
スーツとワイシャツの下に着込んでいたのは、メリハリのある身体のラインが出る、夏の青空の様な色合いのスーツである。見た目はマニッシュな普通のスーツなのだが、素材は祢済グループの技術開発部が開発した、外部から受けた衝撃を吸収する効果が著しく高い……つまり防弾や防刃、対爆効果が著しく高い合成樹脂、EAP製の繊維で編み上げられた生地で、仕立て上げられている。
EAPは並みの繊維並に軽く、伸縮性にも富んでいる為、動き易い。スリル&サスペンスの二人が纏うスーツは、ボディアーマークラスの防御能力を持ちながら、スポーツウエア並の動き易さも実現している、ハイテクスーツなのだ。
ちなみに、閻とグレアムが戦い始めた隙に、凰稀もサラリーマン風のスーツやマスク、カツラなどを脱ぎ捨て、スリル&サスペンスのスリルとしての、スーツとドミノマスクのファッションとなる。ちなみに、凰稀のマスクとスーツは、血の色の様に赤い。
凰稀は、床に散らばったプリズムレンズの欠片などを掻き集め、3Dプロジェクター本体と共に、リュックに急いで詰め込むと、閻に声をかける。
「何やってんの? バレたんだから、さっさとエンセファロンに下りないと!」
「そんな事言われても、こいつ……結構やるのよ!」
グレアムが振るうトレンチナイフを、春霞で付け根から切断しつつ、閻は凰稀に返事する。だが、そんな閻の目に、トレンチナイフの残骸が消え失せ、グレアムの両手の中に現れるジェットファイアの姿が映る。
二丁拳銃の銃口を、グレアムは閻の太股に向け、躊躇う事無く引き金を引く。銃口からダリアの花でも咲いたかの様に、マズルファイアが噴き出る。
閻は春霞の刀身で二発の銃弾を弾き、弾道を変えてしのぐ。そして、下段から薙ぐ様に春霞を振るい、二丁のジェットファイアの銃身を斬り落とす。
だが、ジェットファイアの残骸は、幻の様に揺らめいて消え失せ、代わりに銃身の長い散弾銃……ベレッタM3Pが出現する。目的は殺害では無い為、グレアムは閻の脚部だけを狙って、引き金を引く。
反響により、爆音の様に通路中に轟く銃声と共に、無数の鉛弾が閻の脚部に向けて、ばら撒かれる。まともな人間相手なら、確実に脚部を銃創だらけにし、身動きが出来ない状態に追い込める筈の、銃撃である。
だが、閻はまともな人間では無かった。目にも留まらぬ抜刀術で床を抉り、黒い新建材が敷かれたコンクリート製の床を、カーペットの様に捲り上げると、その捲り上げた床を防弾用の盾とし、鉛弾の雨を防いだのだ。
蜂の巣の様に穴だらけになった、捲り上げられた床を、閻はメジャーリーガーの様な見事なスイングで、鞘を使って殴る。すると、捲り上げられた床は砕け散り、無数のコンクリート片となって、グレアムに襲い掛かる。
並みの人間が食らえば、一撃で気絶するだろうコンクリート片の雨に襲われたが、グレアムは一撃も食らう事は無かった。何故なら、機動隊などが使う、ポリカーボネート製の透明な長方形の盾が二枚出現し、グレアムの身を護ったからである。
「――成る程、どういう理屈かは知らないが、武器やら盾やらを自在に出したり、消したり出来る訳か」
大雑把に、グレアムの持つ特殊能力の性質を見切った閻は、鞘に春霞の刀身を納め、抜刀術の構えを取りながら、続ける。
「こいつは手品というよりは、魔術や超能力の類だな」
ポリカーボネート製の盾が消え去り、代わりにべレッタの自動小銃……ベレッタCx4が、グレアムの手の中に現れる。
「こっちはパチモンの日本刀で、調子が出ないってのに、次から次へと好き放題に、武器出しやがって!」
薬でも飲まされたかの様な、苦々しげな表情を浮かべつ、閻は愚痴を吐く。
「そんな奴、憑鬼式使って、吹っ飛ばしちゃいなさいよ!」
壁に開けられた穴の前で、凰稀が閻を急かす。焦っているのだろう、壁に触れている凰稀の指先は、ピアノでも弾いているかの様に、速いリズムを壁に刻んでいる。
「こんなパチモンの日本刀で、憑鬼式なんか放てば、制御し切れなくて、下手すれば死人が出るってば!」
閻は苛つきを露にした口調で、凰稀の命令を拒否する。遠い昔に鬼から伝えられたという謂われを持つ、鬼伝流の武術において、盗賊や忍者などの、裏世界の者達に伝えられて来た、閻が操る鬼伝陰流の技の中には、憑鬼式と呼ばれる系列の技がある。
人間離れした威力や、摩訶不思議な性質を持つ技である為、鬼を己の身体に憑依させて放つかの如き技……憑鬼式と名付けられた一連の技は、習得や制御が著しく困難。達人である閻であっても、本物の日本刀を使わなければ、技を制御し切るのが不可能な程に。
本物の日本刀が無い今、この場で憑鬼式を放てば、グレアムだけでなく、離れた場所で物陰に隠れつつ、成り行きを見守っている警備員達や警官達を、殺傷しかねない。罪無き者を殺傷しないのを掟としている(後遺症や傷が残らない程度に痛めつける程度なら、目的の為には是とされているのだが)鼠党の閻は、制御し切れないと分かっていながら、春霞で憑鬼式を放つ選択肢は、選べない。
「本身があればねぇ……」
閻は愚痴るが、手元に本身……本物の刀が無い以上、春霞で何とかグレアムをやり過ごす他は無いのだ。閻は抜刀術の構えのまま、グレアムと睨み合う。
グレアム自身も、繰り出す武器が次々と破壊され続けている為、閻を攻めあぐねていた。グレアムは発射した弾丸を消せる為、流れ弾などで周囲の人間に被害を齎す可能性は低いのだが、魁に殺人を禁じられている為、選択出来る武器と戦法は、ある程度は制限されてしまうのだ。
選べる範囲内の武器や戦法で倒すには、閻は手強過ぎる相手だと、グレアムも短い戦いの間に察していた。そして、義賊としての掟に縛られる閻が、自分同様に本気で戦っていない事にも、グレアムは気付いていた。
「お互い、決め手に欠けるという訳か」
そう愚痴ると、グレアムは舌打ちをしつつ、自動小銃を構える。
「この戦いは長引くかもしれない! 先に行ってて! あたしは後から追いかけるから!」
「分かった!」
閻の言葉を聞いた凰稀は、壁に開けられた穴の中に、潜り込む。
「スリルが地下に下りるぞ! 追え!」
東側から駆けて来た十数人の警官達や警備員達が、凰稀の後を追って穴に殺到する。次々と穴の中に潜り込み、彼等は凰稀を追跡し始める。
閻は彼等の追跡を、妨害したいのだが妨害出来ない。何故なら、グレアムの自動小銃の銃口が、自分に向けられているからである。
凰稀への追跡を妨害しようとすれば、その隙をグレアムが見逃さないだろう事を、閻は分かっているのだ。それ故、閻はグレアムと睨み合いを続けながら、凰稀と凰稀を追う者達が、この場から去るのを待つしか無かった。
「――ようやく、邪魔な連中が消えてくれた。これでお互い、少しはやり易くなるだろう」
北側通路に、閻と二人残されたグレアムが、西洋人形の様に整い過ぎた顔に、不敵な笑みを浮かべつつ、閻に語りかける。
「本気を出せないのは、お互い様か!」
そう言い放つと、閻は瞬時に十メートル程の間合いを詰め、抜刀する。左から時計回りに右後方まで、一瞬で移動した春霞の切っ先は、グレアムを捉えられず、右側の窓と窓枠に、横一文字の切れ目を入れる。
グレアムは宙に舞って斬撃をかわし、閻の右腕を狙って自動小銃を連射する。薬莢と九ミリのパラベラム弾をばら撒きながら、自動小銃は金属音に似た銃声で、リズムを刻む。
常人なら確実に、腕を蜂の巣状にされた筈のタイミングで、連射されたパラベラム弾を、閻は即座に左側に飛び退いてかわす。そして、そのまま左側の壁を蹴り、降下中だったグレアムに向かってジャンプし、飛び蹴り放つ。
瞬時に自動小銃が姿を消して、グレアムは再びポリカーボネート製の盾を出現させ、閻の蹴りから自分の身を護ろうとする。だが、閻の飛び蹴りはグレアムの予想を上回る威力であり、グレアムは盾ごと吹っ飛ばされ、先程の斬撃で切れ目が入った窓にぶつかり、窓ガラスを割りながら、ブラックボックスの外に転げ落ちる。
「今だ!」
グレアムをブラックボックスから蹴り出した隙に、閻は壁に開けられた穴の前にダッシュする。しかし、穴の前に辿り着く寸前、銃声を耳にした閻は、身を翻して穴から離れる。
直後、穴の周囲に銃弾が降り注ぎ、壁に多数の弾痕を残す。閻の予想を上回る早さで、体勢を立て直したグレアムが、ブラックボックスの外から自動小銃で、銃撃したのだ。
「――オカマのガキの分際で、ここまでやるとはな」
そう呟いた閻の足元を狙い、グレアムが再び自動小銃を連射する。床を覆う新建材やコンクリートが、銃撃で弾け飛んだ飛沫が、ドライアイスのスモークの様に、北側通路の下部を曇らせる。
「本身があればねぇ……」
先程と同じ愚痴をこぼしつつ、素早い動きで銃撃を回避し続けながら、ブラックボックスの外に飛び出した閻は、遠くから自分に注がれる視線に、まだ気付いていない。




