20 斬撃小町VSガーディアン・オブ・プロビデンス 01
「――閻、まだなの?」
ノートパソコン風の機械を操作しながら、凰稀は小声で背後にいる閻を急かす。場所は第四エレベーターの裏側にある、ブラックボックス一階の北側通路。
「もう少し……組み立てが難しいのよ、これ」
窓から射し込む陽光に煌めく、銀色の素材を弄り回しながら、床に座り込んでいる閻は返事をする。ブラックボックスは一見、窓が無い様に見えるのだが、外部からは黒い壁の様に見えるものの、内側からは普通に外が見える、特殊な素材で窓が作られているだけで、普通のビルと同程度の数、窓は存在するのだ。
射し込む陽光に煌めく素材は、少し前まではCDROMに偽装してあった物だが、今は解体され、銀色のパーツ群と化している。閻は銀色のパーツを組み上げ、細長い板状の何かを作り出そうとしている。
ちなみに、ノートパソコン風の機械を操作する凰稀や、何かを組み上げている閻の姿は、北側通路を監視している警備員や警官、監視カメラ越しに監視している者達の目には、映らない。何故なら、二人の姿は立体映像に隠されているからである。
凰稀が操作しているのは、3Dプロジェクター……立体映像を空間に投影する装置。事実上、スリル&サスペンスというより、鼠党の技術開発部と化している、祢済グループの技術開発部が開発した、ハイテクの塊だ。
通路の床に、凰稀と閻を取り囲む様にばら撒かれている、DVDROM風のガジェットは、光学素子に覆われた、投影用のプリズムライト。プリズムライトの表面には、大量の微粒子が付着していて、起動と同時に周囲の空間に大量の微粒子を撒き散らす。
ばらまかれた微粒子を三次元のスクリーンとして、凰稀が操作する本体から送られた立体映像のデータを、プリズムライトが投影するのである。微粒子のゆらぎから、近距離では実像ではないと気付かれる可能性が有るが、ある程度の距離があったり、防犯カメラ越しなら、見ている者の目を十分に誤魔化せる、3Dプロジェクターなのだ。
それ故、3Dプロジェクターを操作する凰稀や、何かを組み上げる閻の姿は、周囲からは見えず、立ち話に興じている二人の立体映像が、代わりに見えるのだ。この立体映像の元となったデータは、ブラックボックス内の資料を入手し、その資料を元に実物大で作り上げたセットの中で、変装した凰稀と閻が立ち話する姿を撮影して作られた。
本物同然のセットを駆使して作られた立体映像には、見る者の目を完全に欺けるだけのリアリティがある。だが、消費電力が高い為、携帯出来るサイズのバッテリーでは、五分程度しか動かせないという欠点がある。
3Dプロジェクターで稼げる五分間を、スリル&サスペンスは、何の為に使っているのか? その答えは、閻が組み上げ終えた物の形状を見れば、誰の目にも明らかだろう。
「出来た!」
小声ではあるが、嬉しげな声を上げた閻の手には、鞘とセットになった日本刀の様な物が握られていた。その日本刀の様な物で、何度か閻は素振りをして、具合を確かめてみる。
「組立式日本刀二十七号春霞。見た目はともかく、やっぱ強化プラスチック製は、軽過ぎてしっくり来ないなぁ……刀はやっぱり、金属じゃないと」
不満そうに呟く閻が手にしているのは、金属探知機や人による検査が行われている場所に、閻が日本刀を持ち込める様にする為、祢済グループの技術開発部が開発した物だ。十枚のCDROMに偽装したパーツを分解して組み上げると、一振りの強化プラスチック製の日本刀になるのである。
二十七号という形式番号から分かる通り、既に相当な数のバージョンを重ねているのだが、未だに閻が納得出来るレベルの物は、開発されていない。
「贅沢言ってないで、さっさと壁に穴開けてよ! バッテリー持たないし、人が来ちゃうかも知れないじゃない!」
「――了解!」
凰稀に急かされた閻は、エレベーターシャフトがある側の厚い壁に向かって、身構える。春霞の刀身を納めた鞘を左手で握り、脚を開いて腰を落とし、右手を柄に添える。
エレベーターが上階で止まっているのは、気配と音で閻には分かる。事前にブラックボックスを設計した建築事務所から盗み出した情報で、エレベーターシャフトの周りが、二メートル厚の鉄筋コンクリートである事も、閻は知っている。
間合いと素材、通常の刀より劣る春霞の斬撃能力を計算に入れつつ、閻は右手を握り込み、新建材に覆われた壁に斬りかかる。並みの人間には見切れぬ程の素早い動きで、壁に触れた春霞の刀身は、一瞬で鞘に納まる。
そして、閻はゆっくりと春霞を鞘から抜くと、壁に突き刺す。閻が春霞を捻りながら引くと、ワインのコルクを引き抜くかの様に、春霞が刺さったままの、円形にくり貫かれた壁が、抜け始める。
一瞬の斬撃で、閻は二メートル厚の壁に、直径一メートル程の穴を開けてしまったのだ。
「お見事!」
見事な閻の手際に、凰稀が賞賛の言葉を口にした直後、銃声が北側通路に響き渡り、床の上のプリズムライトが、全て砕け散る。稲妻の様なスパークが飛び散り、3Dプロジェクターは機能を停止し、スリル&サスペンスの姿を隠していた、立体映像が消え去る。
二人は銃声が響いた側を向き、身構える。閻は春霞を鞘に納めたまま、抜刀術の構えを取る。
「――その壁の穴を通って地下に下り、エンセファロンに侵入するつもりだった訳か、スリル&サスペンス!」
凛とした声の主が、北側通路の西側から響いて来る。ゴシック・ロリータ調の黒い派手なワンピースに身を包んだグレアムが、三十メートル程離れた所から叫んだ声だ。
グレアムの両手には、小さな拳銃……ジェットファイアが握られていて、二丁拳銃の銃口は、凰稀と閻を狙っている。
「あのオカマのガキは、ガーディアン・オブ・プロビデンスのグレアムじゃないか! 確か、妙な手品を使うって噂の」
凰稀の言葉を聞いて、グレアムは気色ばみ、怒鳴り声で言い返す。
「僕はオカマじゃない! 単に仕事上の都合で、女装している場合が多いだけの話だ!」
「探偵として潜入捜査したりする場合なら、女装の意味もあるだろうが、今回は警備の仕事だろ? 何で女装してるんだよ?」
嘲る様な凰稀の問いかけに、閻も同調する。
「あれは絶対、個人的な趣味ですね」
「――貴様等の話に付き合うのは、時間の無駄だし、精神衛生に悪そうだ」
呆れ顔で深い溜息を吐いてから、グレアムは話を続ける。
「貴様等の動きは、アイ・オブ・プロビデンスの指示により、マクガフィン・エンターティメントを買収した辺りから、全てマークされている!」
凰稀と閻は、驚きの表情を浮かべる。ブラックボックスに侵入してからではなく、マクガフィン・エンターティメント買収の時点で、既に目を付けられていたというのは、二人にとっては予想外だったのだ。
「流石は世界最高の名探偵、アイ・オブ・プロビデンスの吾桑魁! 全て見通していた上で、逮捕に足るだけの行動を起こすまで、泳がせていたという訳か」
器物損壊罪の明確な証拠である、壁に開けられた大穴を一瞥しつつ、凰稀は続ける。
「だが、泳がせていたという事は、アイ・オブ・プロビデンスは俺達の正体……実名などは、掴んでいない訳だな」
凰稀の言葉に、閻は頷く。
「掴んでいたなら、泳がして犯罪の証拠を押さえた上で逮捕などという手順は踏まずに、アジトに踏み込むなり何なりの方法で、あたし達の身柄を押さえるだろうからね」
もしもスリル&サスペンスが祢済家の人間だという事まで見抜いていたのなら、祢済グループを片っ端から家宅捜索し、過去の盗みの証拠を押さえようとする筈。そうせずに、わざわざスリル&サスペンスに違法行為を犯させ、証拠を押さえた上で逮捕しようとしている事は、逆に言えばスリル&サスペンスの正体までは、魁が見通していない根拠となると、凰稀と閻は考えたのだ。




