18 第二エレベーター前
「アナタは、この先のエリアに入る事を許可されていません。担当者から許可を得た上で、再度認証を受けて下さい」
素っ気無い合成音声が、セキュリティーゲートのスピーカーから流れる。場所はブラックボックスの中心部から、地下に行く為のエレベーター……第二エレベーターの前である。
基本はIT企業であるアルカナ・グループの、基幹ともいえるサーバー群は、全てブラックボックスの地下……エンセファロン(ラテン語で脳という意味)と命名されたエリアに、隔離されている。エンセファロンは当然の様に、ブラックボックス内でも、最も厳重な防犯警備がなされているエリアなのだ。
アニヒレイターがエンセファロン最下層の金庫室に保管されている事を、事前に調べ上げていた花果王は、上原裕也の姿に変身したまま、エンセファロンに入る為のセキュリティゲートの、生体認証を受けたのである。
(本社の営業課長でも、許可無しにはエンセファロンに入れないのか。厳しいな……)
本社の課長レベルなら、エンセファロンに入れるだろうと考え、花果王は裕也に目を付け、気絶させて入れ替わったのだが、残念ながら花果王の目論見通りには行かなかった。自分の見通しの甘さを、花果王は反省する。
「失礼ですが、社員証を拝見させて頂きます」
エレベーター前のセキュリティゲートを担当する、紺色の制服に身を包んだ警備員が、花果王に丁寧な口調で要求する。だが、警備員の背後には、拳銃のホルスターに手をあてている警官三人と、スタンガンらしき非殺傷武器を手にしている三人の警備員がいて、無言で花果王に圧力をかけてくる。
この場は通常なら、指紋認証と声紋認証を行うセキュリティゲートを、二人の警備員が警備しているだけである。しかし、現在は指紋と声紋の認証に加えて、虹彩認識や網膜スキャンが追加された上、警備員が三人に増え、警官も三人配備されているので、警備の厳重さは通常時を遥かに上回っている。
「――どうぞ」
花果王は素直に、裕也から奪い取ったIDカードである社員証を、警備員に手渡す。
「おかしいな、ちゃんと許可は得てる筈なんだが……何かトラブったのかな?」
涼しい顔でしらばっくれる花果王の前で、警備員は受け取った社員証を、携帯用の読取装置でスキャンする。カードに記録された個人情報と、エンセファロンへの入場が許可されている人間のリストを念入りに照合しつつ、警備員は花果王の外見を、読取装置のモニターに表示された、裕也の画像と比較する。
「申し訳有りませんが、上原課長にエンセファロンへの入場許可は、現在発行されていませんので、お入れする訳にはいきません」
三十前後の背の高い警備員は、花果王に話しかけながら、社員証を返却する。
「仕方が無いな、もう一度確認してくるよ」
面倒臭げに肩をすくめ、溜息を吐くと、花果王は踵を返して警備員達に背を向け、セキュリティゲートの前を、そそくさと後にする。
(エンセファロンに自由に入れるレベルの、アルカナ・グループ内で偉い立場の奴を見付けて、そいつに成り済ますか。いや……警備担当のお偉いさんとかの方が、今は自由に動き回れるのかも)
思案しながら、花果王はSF映画に出て来る宇宙船内部の様な、無機質で近未来的な内装のブラックボックスの通路を、足早に歩き続ける。
 




