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17 サムワンズ・アイ(誰かの目)

「何で俺が、贅肉だらけのオッサンに化けなきゃなんないのよ?」

 鼠色の野暮ったいスーツ姿の中年男……に変装している凰稀が、小声で愚痴る。

「今更、何言ってるの? ジャンケンで決めたでしょ、どっちが部長で、どっちが平社員に変装するか」

 傍らを歩く、ブラウンのスーツを着た青年……に変装している閻が、凰稀を小声で窘める。マクガフィン・エンターティメントのスマートフォン用コンテンツ製作部門に勤務する、部長と平社員という設定の人物に成り切り、ブラックボックスに侵入する事にした二人は、どちらも青年の平社員に変装したがった。

 それ故、どちらが平社員になるか、ジャンケンで決める羽目になり、ジャンケンに負けた凰稀は今現在、中年の部長に扮しているのである。

「全く、プロビデンスがでしゃばって来なければ、ここまで面倒な真似しないで、社員の誰かに変装して、潜り込めたんだけどね」

 凰稀は不愉快そうに、言葉を吐き捨てる。プロビデンスが絡む以前の警備体制であれば、スリル&サスペンスにとって、ブラックボックスへの侵入とアニヒレイターの窃盗は、そう難しくは無い筈だった。

 他のビルなどに比べれば、警備システムが新しいブラックボックスとはいえ、怪盗と呼ばれるスリル&サスペンスにとっては、突破するのが困難な警備体制では無かった。ところが、プロビデンスが絡んで来た為、難しく無い筈の窃盗が、かなりの難易度のものになってしまったのである。

 認証システムを指紋やIDカードなどの騙し易い物から、虹彩や網膜などの騙し難いシステムに、あっと言う間に入れ替えられただけでも、難易度は上がった。だが、それ以上に難易度を引き上げたのは、認証の元になるデータのスキャンを、家族や会社の同僚などに、本人確認を受けた上で行うという、サンプルデータ入手の際の徹底振りである。

 突破し難い最新の生体認証システムを採用し、データ入手まで徹底的に管理されてしまえば、通常なら認証を突破するのは不可能。それ故、スリル&サスペンスはブラックボックスに社員を出入りさせられる、マクガフィン・エンターティメントを買収して、アルカナ・グループの担当社員となり、ブラックボックスに潜り込む策を急遽立案し、実行に移し始めたのだ。

 一味であるマクガフィン・エンターティメントの同僚社員に確認された上で、男性社員の姿に変装した凰稀と閻は、魁が差し向けた探偵に、虹彩と網膜のスキャンを受けた。それ故、ブラックボックスに入る為のセキュリティゲートを、通過する事が可能である。

 義賊団とはいえ、法的には窃盗犯や強盗犯である凰稀や閻にとって、探偵や捜査機関などに、虹彩や網膜のパターンという個人情報を握られるのは、好ましい事態では無い。故に、凰稀と閻は祢済ホールディング傘下の研究所が開発した、ある小道具を使い、彼女達本来の虹彩や網膜のパターンをスキャンされるのを、回避した。

 小道具の名は、サムワンズ・アイ(誰かの目)。多数の人間からパターンを抽出して合成した虹彩の画像を、特殊な素子が密集しているレンズにプリントした、コンタクトレンズ風の小道具が、サムワンズ・アイである。

 網膜スキャンは、微弱な赤外線レーザーを網膜に照射して行う。網膜の血管部分と、そうでない部分では、赤外線レーザーの反射率が異なる為、網膜の毛細血管のパターンが、スキャン出来るのだ。

 ところが、サムワンズ・アイの表面に密集している微細素子は、この網膜の血管部分と、その他の部分の赤外線レーザーの反射率を、再現出来る。つまり、網膜スキャンによる生体認証を、誤魔化し切れるのである。

 そして、この微細素子で埋め尽くされた、コンタクトレンズ状のサムワンズ・アイには、多数の人間からパターンを抽出して合成した虹彩の画像が、プリントしてある。それ故、サムワンズ・アイは、虹彩認識による生体認証も、誤魔化す事が可能だ。

 凰稀と閻は、様々な人からパターンを集めて合成された、虹彩と網膜のパターンが設定された、サムワンズ・アイを装着している。実在しない人物の虹彩と網膜のパターンを、スキャンされた際も現在も、二人はサムワンズ・アイによって、与えられているのである。

 現在、もっとも厳重な生体認証という扱いの、虹彩認識と網膜スキャンを騙せる、このサムワンズ・アイ関連の技術と情報は、祢済グループの外には出されていない(それ故、魁すら存在を知らない)。悪人に悪用されるのを避ける為と、鼠党の義賊団だけが、利用する為にである。

 だが、サムワンズ・アイには、一つの欠点がある。それは、コンタクトレンズ風の形状ではあるのだが、素材となる素子の透過性が皆無である為、装着者は視界を完全に奪われてしまう事だ。

 つまり、エントランスのセキュリティゲートに向かう凰稀と閻は、実は何も見えていない。何も見えていない二人が、普通にセキュリティゲートに向かって歩けるのは、事前にイメージトレーニングを百回以上行った上、耳の中に装着してあるイヤホンによって、少し離れた場所で、望遠鏡を手にして観察している厳から、無線による音声で誘導されているからである。

 ちなみに、無線による音声誘導は、ブラックボックスの内部では行えない。ブラックボックスの外壁には、無線通信を阻害する塗装が施され、窓には無線通信を阻害するフィルターが貼られているので、外部との無許諾での無線通信は不可能なのだ。

 ブラックボックス自体の中継機を通せば、携帯電話などによる、外部との無線通信は可能である。故に、アルカナ・グループの許諾を得た通信は行えるので、通常の業務などには支障は無い。

「セキュリティゲートの前です、警備員にバッグを渡して下さい」

 イヤホンを通じて、厳が凰稀と閻に指示を出す。二人は厳の指示に従い、背負っていたリュック型バッグを、警備員に手渡す。

 警備員の指示と、イヤホン越しの厳の指示に従い、凰稀と閻は鏡の付いたATM風の生体認証システムが装備されている、セキュリティーゲートに入る。そして、警備員の指示通りに、虹彩と網膜のスキャンとチェックを、凰稀が受ける。

「マクガフィン・エンターティメント第一開発部部長、円城寺宗治えんじょうじむねはるであると確認されました。通過を許可します」

 スピーカーから人工的な音声が流れると、セキュリティゲートが開いて、凰稀の通過を許す。セキュリティゲートを通過した凰稀は、警備員からチェックを終えたバッグを受け取りつつ、閻がチェックを終えるのを待つ。

「随分沢山、ディスクが入ってますね」

 警備員に尋ねられた凰稀は、黒いノートパソコンや百枚以上の光学ディスクが入っている、黒いバッグを軽く叩きながら、言葉を返す。

「コンテンツ屋だから、サンプルのソフトやデータが、沢山必要なんですよ。最近はUSBメモリ流行りだけど、あれは小さくて無くし易いから、苦手でね……」

 凰稀に続き、問題無くセキュリティゲートを通過し、他の警備員から凰稀のと同様のバッグを受け取っていた、閻を指差しながら、凰稀は話を続ける。

「あいつの荷物も、ディスクばかりです」

 警備員との簡単な会話を終えると、凰稀と閻はブラックボックスの中に入って行った。その全てのやり取りが、魁や薊などの警備の責任者達に、監視カメラ越しに監視されている事になど、気付かずに……。



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