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15 ブラックボックス

 晴れ渡る青空の下、陽光を浴びて煌めく東京湾に臨む、東京臨海副都心の青海地区。かっては海であった、埋立地である場所に、巨大な黒い箱の様な建物がある。

 一辺が百メートルの、この巨大な黒い箱こそ、アルカナ・グループの本社ビル……ブラックボックスである。ITバブル華やかなりし頃、株式市場に上場して大量の資金を掻き集め、一気に勢力を伸ばした際、勢いに任せて建てられたインテリジェントビルだ。

 青海地区から臨海副都心を見渡すと、巨大な球とジャングルジムを組み合わせたかの様なYCGビル(ユリテレビジョン本社ビル)や、硝子に覆われた巨大な門の如きテレコムセンタービル、四つのピラミッドをひっくり返した感じに見える東京ビッグサイトなど、個性的な建築物が数多く見える。ブラックボックスも、その一つである。

 最新のインテリジェントビルである為、ブラックボックスのセキュリティは元々、万全に近い。しかも、規格外犯罪殲滅局とプロビデンスの協力を得て、現在のブラックボックスは、数多くの警備スタッフと最新鋭の警備システムに護られている為、泥棒にとっては難攻不落の黒い城と化しているのだ。

 スリル&サスペンスの予告のせいで、マスメディアのスタッフや野次馬などが取り囲む、ブラックボックスのエントランスの前には、中に入ろうとする人々が、行列を作っていた。

「――何なんですか、この行列?」

 行列の最後尾に並んだ、二十代後半に見える、グレーのスーツ姿の男が、前に並んでいる男に問いかける。

「知らないのか? 五日前に始まったスリル&サスペンス対策の警備のせいで、出入りのチェックが異常に厳しくなってるんだよ」

「ああ、僕は……一週間程シンガポールに出張してたもので」

 グレーのスーツの男は、辺りを見回しながら、話を続ける。

「そう言えば、警備員や警官だらけですね、ブラックボックスの周り」

「出張帰りだと、虹彩と網膜の登録してないだろ?」

「虹彩と網膜? いや、指紋なら登録してますけど、そういうのは……」

 虹彩とは、目の瞳孔の周りの部分であり、網膜とは眼球の後方にある薄い膜である。どちらも人によって異なる個別のパターンを持ち、指紋より偽装し難い為、バイオメトリクス……生体認証の手段としての利用が広がっている。

「だったら、エントランスからは入れないよ。あの黒い車の中で、社員か家族三人以上に本人確認された上で、虹彩と網膜の登録をしてからでないとな」

 前に並んでいた、海老茶のスーツを着た小太りの中年男は、ブラックボックスに隣接する駐車場に停車している、黒い大型トラックを指差す。天井にパラボラアンテナが設置されている、特別仕様の大型トラックである。

「随分とまた……胡散臭い車だな」

「例の世界最高の名探偵が準備した、ハイテク機器満載の車だそうだ」

 黒いトラックを眺めながら、小太りの中年男は話を続ける。

「あんな感じの車が二十台程押し寄せて、スリル&サスペンスが予告状出した翌日には、エントランスだけじゃなくて、ブラックボックス全ての警備システムを、プロビデンスが準備した最新型の奴に入れ替えたんだ」

「警備システムを、全部? それは心強い」

「入れ替え以降は、虹彩と網膜スキャンによる認証で、入る事を許された本人と認証されない限り、ブラックボックスの中に入れない様になっている」

「翌日までに、警備システムごと入れ替えるなんて、流石は世界最高の探偵と言われるプロビデンス、やる事が派手ですねぇ」

「こっちは出入りが面倒になって、たまったもんじゃ無いけどな」

 小太りの中年男は肩を竦め、愚痴る。

「ま、ウチの社員でも無いのに、俺達と同等の本人確認と認証させられてる、出入りの業者連中に比べれば、マシなのかもしれないが」

 小太りの中年男の言葉通り、アルカナ・グループと付き合いがあり、ブラックボックスに出入りせざるを得ない会社の人間も、指紋や虹彩……網膜パターンなどの登録を、義務付けられている。無論、本人だと確認出来る、同僚や家族などの立会いの上で。

「それは、確かに。じゃあ、今から携帯で同僚呼び出して、虹彩と網膜を登録して来まず。色々と教えて頂いて、有難うございます」

 グレーのスーツの男は会釈すると、駐車場に向かって歩きはじめる。

(――ホントにまぁ、やる事派手だよね、世界最高の探偵さんは)

 虹彩や網膜の認証だけでなく、手荷物検査などの空港での防犯手続き的な検査が行われている、エントランス前に設置されているセキュリティゲートを眺めながら、小太りの中年男……に変身している花果王は、心の中で呟く。海老茶のスーツを着た小太りの中年男は、花果王がブラックボックス侵入の為に、変身している姿だったのだ。

 花果王が変身している外見の持ち主である、アルカナ・ホールディングスの社員は、出社途中に異様な眠気に襲われて、公園で眠り込んでいる。無論、自然な眠気ではなく、花果王が薬品を使って眠らせ、外見と社員証でもあるIDカードを奪い取ったのだが。

 ちなみに、花果王が先程、グレーのスーツの男に語った、ブラックボックスの警備体制についての話は、アズルランドからの帰国後、行った調査で得た情報なのである。

(ま、俺には通用しないんだけど、この手の検査装置は)

 小太りの中年男に変身している花果王は、余裕を持った表情で、検査の順番を迎える。銀行のATMに、鏡が取り付けられているかの様な外見の、虹彩と網膜パターンを同時に認証出来る、最新式の検査機器が設置されているセキュリティーゲートに入る。

 警備員の指示に従い、鏡を覗き込みながら十秒程待つだけで、認証は終了である。虹彩と網膜のパターンをスキャンし、チェックしている間に、他の警備員が手荷物……花果王の場合は黒いリュックを、検査機器と自分の目でチェックする。

「アルカナ・ホールディングス営業三課課長、上原裕也うえはらゆうやであると確認されました。通過を許可します」

 セキュリティーゲートのスピーカーから、人工的に合成された音声が流れ、花果王を通す為にゲートが開く。アルカナ・グループの社員や取引先の人間で、ブラックボックスに入る事を許されている人間だと確認されると、セキュリティーゲートのゲートが開くのだ。

 虹彩や網膜どころか、声紋まで同じ身体に変身出来る花果王にとっては、最新式の検査機器であろうが、誤魔化せて当たり前。まんまとセキュリティーゲートを通過した花果王は、警備員から手荷物のリュックを受け取る。

「USBメモリーが、随分多いようですが?」

「ああ、光学ディスクは読み込みが遅いんで、嫌いなんだ」

 花果王は警備員の問いに、平然と答える。

「――まぁ、荷物には特に問題は有りませんが、御菓子も随分と多いですね」

「メタボリックとか気にしちゃいるんだが、止められなくてね……」

 警備員の言葉に、腹の肉をつまんで、おどけた口調で言葉を返しながら、花果王はブラックボックスの中に入って行く。西暦二千十二年五月三十一日午前八時五十八分。厳重過ぎる程の警備体制の中を、誰にも疑われる事無く、堂々と。



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