13 アズルランドにて 02
「それでは次の質問ですが、アニヒレイターが願いを叶えずに暴走し、多数の人々を殺害するという可能性はあるんですか?」
花果王の問いを聞き、テリー博士は驚きの表情を浮かべる。
「――何故、そんな事を?」
「いや、ネットなどで噂になっているんですよ。アニヒレイターが暴走し、沢山の人々を殺害する可能性があるっていう話が」
無論、何仙姫の夢に関する話など出さず、花果王は話を誤魔化す。
「噂か……まぁ、噂の元になる様な話が、無い訳では無いのだが」
「つまり、その可能性はある訳ですか?」
花果王の問いに、テリー博士は頷く。
「アズルランド神話には様々なバージョンが存在するのだが、殆ど知られていないバージョンに、アズルランドの地方都市……ルドラに伝わる、『聖杓伝承』というのがあるんだ」
テリー博士は深刻な口調で、話を続ける。
「その伝承では、所有者がアニヒレイターに願いながら、必要とされる生贄を捧げなかった場合、アニヒレイターに宿る魔女が暴走して、所有者の肉体に宿って暴れ回り、数万人の命を奪うと伝えられているんだよ」
(数万人……何仙姫の夢の、二万人っていう犠牲者数は、非現実的な数字じゃない訳か)
何仙姫が語った夢の内容を思い出しながら、花果王は心の中で呟く。
「その伝承が事実なら、かなり危険な魔剣じゃないですか、アニヒレイター」
「その通りさ。ま……元から殆ど知られていない伝承な上、この話を事実だなどと主張した所で、誰も信じてはくれないだろうから、殆ど人に話した事も無いのだがね。たまに人に話しても、嘲笑われるだけだし」
(そりゃ、魔女が出て来る時点で、誰も信じやしないわな)
花果王は心の中で呟きながら、苦笑する。
「――では、仮に貴方が発見したアニヒレイターが、今後……暴走する事態に陥ったとしたら、どうやって止めたらいいんでしょうか?」
その質問をする為に、花果王はわざわざアズルランドに来たのだ。アニヒレイター暴走を阻止出来なかった場合、被害を食い止める方法があるかどうかを、訊き出す為に。
「考えてみたまえ、暴走する魔女という非現実的な存在を止める手段を、科学文明を発展させて来た我々が、持っていると思うかね?」
「つまり、無いという訳ですか?」
「現代社会には存在しないよ。アニヒレイターに宿る魔女の、暴走を止める方法は」
「現代社会には……ですか。まるで過去には、存在したかの様な言い方ですね」
テリーの言い方が気になった花果王は、テリー博士に訊いてみる。
「過去には存在したのさ。『聖杓伝承』に出て来る聖なる武器……ホワイトレイドルがね」
テーブルの上のノートパソコンを弄り、テリーは画面に古びたレイドル……料理用の柄杓の古びた写真と、その写真を元に再現されたらしい、コンピューターグラフィックスの白いレイドルの画像を表示させる。
「レイドルって……料理に使う、スープやカレーなんかを掬う奴ですよね? あの……私の事をからかってませんか?」
聖なる武器というイメージから懸け離れた、ホワイトレイドルのイメージを目にして、花果王は疑いの眼差しをテリー博士に向ける。
「いや、からかってなどいない。『聖杓伝承』においては、アニヒレイターに宿る魔女が暴走した際、この聖杓……ホワイトレイドルで勇者が魔女を殴りつけ、封じ込めた事になっているんだ」
「こ、このカレー鍋をかき回すのにピッタリな感じのレイドルが、アニヒレイターの魔女を封じ込めた?」
「ああ。第一次世界大戦前までは、その現物がルドラの教会で保存されていた記録が、残されているのだから、間違いは無い」
「あ、この資料……コピーさせて貰って構いませんか?」
テリー博士は頷いたので、花果王は懐から取り出した携帯電話に、パソコン接続用のクレイドルを繋ぎ、ホワイトレイドルに関する資料をコピーする。
「しかし、暴走したアニヒレイターを封じる程の凄い武器だというのに、ホワイトレイドルって、余り有名でないというか、全然存在を知られて無いですよね。本当にアニヒレイター以上の、しかも実在の武器なら、もっと有名になってる筈では?」
花果王の問いに、ラリーは頷く。
「そもそも、アニヒレイターが世界的に有名になったのは、その性質や付帯する物語、デザインなどが、ファンタジー系のフィクション作品にマッチしていて、様々な作品で引用されたからだ」
「それは、確かに。映画やゲーム……小説やアニメなどで、魔剣として色々と引用されなければ、アニヒレイターの存在は、アズルランド以外の国々の人には、余り知られる事も無かったでしょうから」
「つまり、神話における強力な武器であっても、フィクションに引用される形での魅力が無い武器なら、有名にはならないという事さ」
データをコピーし終えて、携帯電話を懐にしまう花果王に、テリーは問いかける。
「魔物や魔女……魔神や悪人を、新婚家庭のキッチンにありそうな、ファンシーな白いレイドルを手にして、英雄や勇者が薙ぎ払うフィクション作品があったら、君はどう思う?」
「――それは、様になりませんね。コメディならともかく」
「その通り、格好悪くて様にならないんだよ。ホワイトレイドルは、魔力を源泉とした、大抵の物を打ち消してしまう程に、強力な対魔物武器らしいんだがねぇ」
肩を竦めて、テリー博士は続ける。
「それ故、フィクションなどに引用される事も、皆無に近い状態だったのさ。『聖杓伝承』が殆ど人々に広まらなかった原因も、その辺りにあるんだろう」
「確かに、レイドルで戦うファンタジー物のフィクションなんて、見た事無いですね」
「一部の研究者や、ルドラの古い住人くらいしか、今では存在を知らない筈だ。このアニヒレイターすら封じる、聖なる武器の事は」
「でも、それ位に強力な武器が、何故に現代社会に存在しない……現存していないんでしょうか? 破壊不可能なアニヒレイターよりも強い武器だというのに」
「ああ、このホワイトレイドルは、魔物を封じる以外の用途は皆無に近い武器で、大して頑丈でも無かったんだ。だから、奉じられていた教会が、戦争で爆破された際、粉々になってしまったんで、現存していないんだよ」
(粉々になって破壊されたという事は、探して手に入る物では無いか。手に入るのなら、アニヒレイターの魔女の暴走を阻止出来なかった際の保険に、手に入れておこうと思ったんだが)
花果王は残念そうに、心の中で呟く。
「――つまり、ホワイトレイドルが現存していない以上、アニヒレイターに憑いている魔女が暴走した場合……」
「数万人の犠牲者が出るのは、避けられないだろうね、残念ながら」
何仙姫が夢見た不幸な未来を、肯定するかの様な言葉を聞いて、取材を終えた花果王は、テリー博士の研究室を後にする。
(そんな不幸な未来は、俺が消してやる! 絶対に運命を捻じ曲げてやる!)
花果王はアズルランドを発ち、日本へ向かう。何仙姫が予知した、不幸な未来の実現の阻止を、改めて心に誓いつつ……。
 




