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12 ソリッド・ヒストリー

「いい加減、レクイエムを着信音にするのは止めろよ、縁起でもない」

 そう呟くグレアムの左手からは、何時の間にか拳銃が消えている。腕の良いマジシャンが、コインを消して見せるかの様な感覚で、グレアムは拳銃を消し去ってしまったのだ。

「君が、縁起を担ぐタイプだったとはね……」

 呟きながら、魁は電話の主を携帯電話のモニターで確認する。モニターには世界探偵協会の幹部、デヴィッド・フロストという名が表示されていた。深く溜息を吐いてから、魁は電話に出る。

「何の用だ? 今回の仕事なら、もう片付いたようなもんだけど」

「――そろそろ片付く頃合だと思っていたよ。それで、次の仕事の話なんだが……」

「おいおい、幾ら何でも気が早過ぎるだろ」

 魁の文句を無視し、デヴィッドは続ける。

「緊急にして最重要の仕事が、プロビデンス名指しで協会に来ているんだ」

「緊急にして最重要? どんな仕事だ?」

 余程の事件なのだろうと、魁は少しだけ興味を持ち、一応は仕事の内容を聞いてみる。

「アニヒレイターを知っているか?」

「ああ、懐かしのRPG『ファイナルクエストシリーズ』とかでも引用されてる、アズルランド神話に出て来る、実在する魔剣って奴だろ? アルカナ・グループがアズルランドから合法的に奪い去った、国宝クラスのお宝」

「日本時間の五月三十一日中に、そのアニヒレイターを盗み、アルカナ・グループを誅するという予告状を、スリル&サスペンスのスポークスマンが、先程発表したんだ」

「スリル&サスペンス……あの義賊団気取りの連中が、アニヒレイターをねぇ。それで、依頼主はアルカナ・グループか? だったら、今回の仕事は断らせて貰う」

 不愉快そうな口調で、魁は続ける。

「義賊団気取る連中も気に食わんが、アルカナ・グループも気に食わん。はっきり言って、ああいう汚い企業は、助ける価値が無い」

「確かに、私もそう思うよ、魁」

 意外にも、デヴィッドは魁に同意する。

「だが、今回の依頼主は、アルカナだけじゃない。うちの協会の大スポンサーである、ソリッド・ヒストリーの依頼でもあるんだ」

「ソリッド・ヒストリーがねぇ……」

 何かが気になるのだろう、魁は意味有り気に呟きながら、グレアムに目を遣る。グレアムは救急車を携帯電話で呼んでから、自分が撃ったビルに応急処置を施している。

 確実な歴史という意味の名を持つ、ソリッド・ヒストリーという団体は、莫大な資金を動かしている国際組織である。様々な福祉活動に多大な寄付をしている為、表向きは慈善団体だという事になっているが、その実態は世界最高の名探偵にすら完全には掴み切れない、謎の団体なのだ。

 魁が所属している探偵の世界的な組織……世界探偵協会は、創立メンバーにソリッド・ヒストリーのメンバーがいたり、多大な寄付を受けたりもしている。故に、ソリッド・ヒストリーによる依頼は、世界探偵協会は断り難いのである。

「最近、妙に多いんだよ……ソリッド・ヒストリーが、日本に探偵の派遣を依頼する件が」

「知っている。その事について、気になる点があったんで、色々と調べてもいたし」

 探偵仲間から、魁は最近、ソリッド・ヒストリーの依頼で日本に行ったという話を、何度も耳にしていたのだ。先日、レニー大統領が日本に行った際も、実はジャーナリストに扮し、世界探偵協会の探偵が、大統領一向に同行していたのである。

 それ故、魁はソリッドヒストリーが世界探偵協会の探偵を、日本に送り込んだ様々な事件に関する情報を集め、個人的に分析し、ある答えを導き出していた。証拠や確信がある訳では無い、推論の域を出ない答えなのだが。

「ま……そういう話なら今回の一件、引き受けてもいいけど、条件付きだな」

「条件というのは、何だ?」

「スリル&サスペンスは二人組という事になっているが、おそらくは数百人を越える、結束の固い盗賊組織で、使える予算も莫大だ」

「スリル&サスペンスが、数百人の盗賊団? そんな話を耳にしたのは初めてだ。確証はあるのか?」

「以前、スリル&サスペンスの犯行の手口を、興味本位で分析した事がある。連中は捜査機関の想像を越えたレベルの、大規模な犯罪組織だとしか考えられない。想像を超えたレベルだからこそ、逆に露見し難いレベルの……」

「君がそう言うのなら、そうなんだろう」

「――そんなスリル&サスペンスを相手にするなら、それ相応の経費……金が要る。それこそ、ハリウッドで大作映画が撮れる程のね。まぁ、どれくらいの大作かといえば、『スパイダーガイ』か、それとも『スターコンフリクト』か……いや、『アバターズ』かな。意表を突いて、ハリウッド版の『ガジラ』という線もあるかも……」

 まさにチャッターボックスという徒名に相応しい、どうでもいい様な喋りを、魁は続ける。

「それにしても酷かったね、ハリウッド版の『ガジラ』の出来は。肉食恐竜が暴れ回ってるだけの、映画だったし。やっぱり『ガジラ』は背中光らせて、口から光線出してナンボの怪獣な訳で……」

「いや、『ガジラ』の話は又の機会に」

 長くなりそうな魁の話を、やんわりと制止し、デヴィッドは話を続ける。

「金に関しては、問題は無い。ソリッド・ヒストリーが今回の依頼に関して出せる予算の上限は、ハリウッドで映画会社が買収出来るレベルの額だからな。人員についても、ソリッド・ヒストリーの関連組織から、好きなだけ人を引き抜いて使って良いそうだ」

「そりゃ、随分と景気が良い話じゃないの」

「――ここだけの話だが、今回の依頼は何かがおかしい。いや、ソリッド・ヒストリーの依頼は毎回、妙な部分があるんだが、今回は桁が違い過ぎる」

 デヴィッドは、自分の周りにいる者達に聞かれたく無いのだろう、小声で話を続ける。

「世界探偵協会での立場上、僕は君に依頼しなければならないのだが、友人としての本音を言わせて貰えば、今回の仕事……断った方が良いと思う。何か嫌な予感がするんだよ」

「忠告は有り難いんだが、提示した条件が通るなら、引き受けるのがポリシーなんだ。引き受ける事にする」

「そうか……だったら既に準備は整えてある。早速、今晩の飛行機で日本に飛んでくれ。世界最高の探偵の健闘と、無事な帰還を祈るよ」

 そう言うと、デヴィッドは電話を切る。

「無事な帰還なんか祈られると、逆に縁起悪い気がするんだが」

 携帯電話を懐にしまいつつ呟いた魁は、応急処置を終えて身柄を拘束したビルを、捜査官に引き渡しているグレアムに声をかける。

「グレアム、今夜の飛行機で日本に発つよ。後の事はCIAやFBIの公務員連中に、任せておきなさい」

 魁は近くにいるCIAの捜査官に、ウイルスの容器を手渡すと、ロビーの出口に向かって歩き出す。ロビーにいるCIAやFBIお捜査官達が、道を開けて魁に敬礼する。

 殺人ウイルス盗難事件を解決し、世界を救った回数を七回に増やした、世界最高の名探偵は、可憐な助手を従え、ロビーを後にする。日本に行き、アニヒレイターを義賊団スリル&サスペンスの手から、守り通す為に……。



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