01 怪盗フォルトゥナ参上 01
確か、アメリカで初めて黒人が大統領になった頃に書いた、2012年の近未来を舞台にした話なのですが、気付けば既に、その舞台となる時期を過ぎ、少しだけ過去を舞台とした話になってしまいました。
青空の彼方から飛来した白い海鳥が、初夏の眩い陽光を反射して煌めく、青い海原に舞い降りて来る……。羽田空港沖合いの海上に、飛行機が降下する光景は、そんな印象を見る者に与える。
海上に降下するからと言って、飛行機の種類が飛行艇な訳では無い。関東のエアポートを略し、カントレアという微妙な愛称を付けられてしまった第二東京国際空港が、東京国際空港……羽田空港沖合いの海上に浮いている為、飛行機が海上に降下する様に見えるのである。
第二東京国際空港は、海上に浮いている人工の浮島なのだ。水に浮くブロック……浮体ブロックを大量に結合して建造した人工浮体構造物、いわゆるメガフロートとして、第二東京国際空港は建造されたばかりだった。
空を揺らすかの様なジェットエンジンの轟音を響かせながら、第二東京国際空港に降下中の白い飛行機は、只の飛行機では無い。ボーイング747を改造した機体……VC25である為、普通の旅客機にしか見えないのだが、アメリカ合衆国大統領専用機なのである。
五月初頭に東京で開かれる日米首脳会談の為、家族同伴での来日を決めた、黒人初の大統領レニー・ダグラスは、メガフロート工法に興味を持っていた。それ故、来日の際に利用する空港として、開港したばかりの第二東京国際空港を選んだのだ。
流木にとまって翼を休めようとする海鳥の様に、VC25は降下する。人工の浮島の上に敷設された鼠色の滑走路に、VC25はスムーズに着陸し、スピードを徐々に落としながら、乗客を降ろすローディングエプロンに辿り着き、停止する。
ローディングエプロンから、隣接しているターミナルビルまでの通路には、大統領を歓迎する為の華美な装飾が施され、多数の警官達や空港職員達、マスメディアの取材スタッフ達が並んでいる。総勢五百人程の人々が、大統領一行を出迎えているのだ。
VC25のドアが開くと、ダークスーツを身に纏ったシークレットサービス達が数名、警戒しながら、タラップを降りて来る。続いて、ブラウンのスーツに身を包んだ、四十代中頃に見える、背の高い壮健な黒人男性が、機内から姿を現す。
「ここが海の上だとは、信じられないね。NFLの試合が、一度に二十試合は出来そうな広さじゃないか!」
潮風を浴びながら、空港を見回した黒人男性……アメリカ大統領のレニーは、傍らに立つ、シックなクリーム色のスーツ姿の黒人女性に、語りかける。レニーより少し若く見える女性は、レニーの妻のハル・ダグラス。
「広さだけなら、そうでしょうね。潮風が強過ぎるから、アメリカン・フットボールの試合場には、向かないと思うけど」
ハルは潮風に流される長い髪を手で押さえながら、レニーの言葉に応える。豊かなハルの胸元は、二カラット程のダイヤが煌めく、シルバーのネックレスに飾られている。
「あ、スシニャンだ!」
大統領夫妻の間に立っている、白いワンピース姿の少女が、滑走路を移動中の旅客機に描かれた、頭に鉢巻を巻いているトラネコのイラストを見て、はしゃぎ出す。彼女は大統領夫妻の一人娘、ジェシカ・ダグラス。
スシニャンとは、世界的な人気を博している、日本のアニメキャラだ。一流の寿司職人気取りの猫のスシニャンが、オリジナリティ溢れる不味い寿司ばかりを握り、客に食わせる不条理な設定が、受けているのである。
ジェシカが目にした旅客機は、イメージキャラクターにスシニャンを採用している航空会社の機体だったのだ。ジェシカは大きな瞳を輝かせながら、スシニャンが描かれた旅客機を眺めつつ、タラップを降りる。
「ようこそ日本へ……カントレア空港へ!」
タラップを降りて、賑々しく飾り付けられた通路を歩き始めた大統領一行を、日本においてシークレットサービスに相当する、スペシャルポリス達に警備された、小太りの中年男が出迎える。紺色のスーツに身を包む、この脂ぎった肌の男は、内閣総理大臣の御法川凡人。
凡人も妻と子供を伴っていた。凡人はレニーと、凡人の妻はハルと、それぞれ親しげに握手を交わす。そして、紺色のブレザーを着た、ポニーテールが似合う可憐な少女が、ジェシカに歩み寄る。胸にスシニャンのぬいぐるみを、抱いたまま。
「娘さんへのプレゼントです。瀬理名、ジェシカさんに……」
娘であるポニーテールの少女……御法川瀬理名に、凡人は声をかける。
「娘さんがスシニャンの大フアンだと聞いたので、先週発売された限定モデルのスシニャンを、贈り物として用意しておきました」
「ありがとう、凡人! 娘は喜ぶよ!」
レニーが述べた感謝の言葉通り、瀬理名からスシンヤンのぬいぐるみを手渡されたジェシカは、満面の笑みを浮かべる。そして、感謝の言葉を口にすると、瀬理名に抱きついて、頬にキスをした。