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四の姫お菓子を作る  作者: 十海 with いーぐる+にゃんシロ
3/7

エミルのお料理教室1

 

「うーん……」


 中級魔術師エミリオ・グレンジャーは当惑していた。

 魔法学院で学ぶ傍ら、今期から講師として初等科の訓練生たちを指導することになったのだが。

 担当は『薬草調理実習』。材料の採取から調理に至るまで、一貫して訓練生の手で行う薬草学の応用だ。

 もちろん、食べる所まで。


 場所は学院の薬草畑の真ん中に立てられた、実習用の工房だ。平屋造りの小屋の中には、オーブンのついた大きな炉や作業用のテーブルをはじめ、およそ調理と調合に必要な物がほとんど全て揃っていた。

 すぐ外には、新鮮な水の汲める井戸まである。


 テーブルには、先ほど訓練生たちが摘んできた赤いルバーブが積み上げられている。

 食用に適さない葉っぱの部分は既に除かれ、親指ほどの太さで、大人の腰のあたりまでの長さの茎が切り口から赤い果肉を覗かせていた。


 工房の中には、みずみずしい甘酸っぱい香りが満ちている。

 正にこれから、調理を始める所なのだが。


 訓練生たちはそろいの三角巾をきゅっと絞め、めいめいエプロンや前掛けを身に付けている。男子の中に時折、実習用の白衣を着た者がいたりするのもほほえましい。

 だがその中に若干一名、明らかに………他の訓練生より抜きんでて背の高い人物が混じってたりする訳で。

 できれば気がつかないふりをしたい所だが、到底無理だ。目立ちすぎてる。

 深いため息をつくと、エミリオは『浮きまくってる一名』に向き直った。


「何でそこに居るんですか、ナデュー先生」


 焦げ茶の艶やかなロングヘアーの前髪に、一房混じった鮮やかな赤。金色の瞳を細めると、召喚士ナデューはにっこり笑って首をかしげた。

 

「見学?」

「いや、そうじゃなくて……何でそっち側に居るんですか」

「私は薬草学は専門外だからね」


 ちゃっかり三角巾で髪の毛を覆って、エプロンを身に付けている。それも新婚さんかと突っ込みたくなるような、ふわふわのフリルつきのを……。

 お陰で女子の中に混じっていてもそれほど違和感はない。抜きんでて高いその背丈がなければの話。


「で、今日の献立は何?」

「食べる気満々ですね?」


 ナデューは素知らぬ顔で訓練生を見回し、晴れやかに言った。


「美味しいものを食べると幸せになれるよね!」

「はい!」

「はーい!」


(ああ……)


 この展開、予測しておくべきだったか。ま、いっか。幸い、材料はたっぷりある。一人増えても問題ない。

 小さくため息をついて、悟り切った笑みを浮かべるとエミリオはチョークを手に黒板に向かった。


「今日の献立は……」


 かりかりと書き終えると、再び訓練生たちに向き直る。


「ルバーブのパイです」


 ぱちぱちと拍手があがった。筆頭はもちろん、ナデュー先生である。


     ※


「じゃあ、まずはルバーブを切って。長さは小指の第一関節くらい」

「先生、皮はむかないでいいんですか?」

「いいんだ、そのままで。ちゃんとしたお菓子屋さんや、料理店ではむくけどね」


 訓練生たちは、真剣な顔でざくざくとルバーブを刻み始める。アンズに似た甘酸っぱい香りが一段と強くなった。


「刻んだら、砂糖と片栗粉をふって、しばらく寝かせる。その間にパイ生地作りだ」


 しょりっと小さな音がした。

 手を止めてエミリオはじとーっと目を細め、音の主を睨め付けた。


「先生。つまみ食いはやめてください」

「ごめん、あんまりいい匂いだったから、つい」


 小麦粉にクルミのみじん切りを加えて、分量分の砂糖と一緒に混ぜる。


「粉と砂糖はきっかり量ること。好みで調整してもいいけれど、君たちはこれが初めてだからね」

「調整って?」

「甘いのが好きなら、砂糖は若干多めに。逆に甘いのが苦手な人と食べるのなら、控えめに……あの、先生」

「ん?」

「今回は最初ですから、分量通りでお願いします」


 ナデューは肩をすくめて、口をとがらせた。その手にはちゃっかり砂糖壷が握られていた。


「ちぇー」

「焼き上がったら、ハチミツかけていいですから!」

「メープルシロップがいいな」

「はいどうぞ!」


 だんっと大瓶に詰めたメープルシロップをテーブルに載せると、ナデューはほくほくとした顔で確保した。

 気を取り直して続ける。


「ここからが勝負だ。手早く行こう」

「そうだね、皆ちょっと両手を出して!」


 ナデューに言われて、訓練生たちは素直に両手を出した。


「ちょっとだけひんやりするよ……」


 掲げられた両手に、いつの間にかナデューの肩の上に出現していた白い小さな竜が、ふーっと息を吹きかける。


「ひゃっ」

「冷たいっ」

「OKOK、これでいい。ご苦労さん、シュガー」

『どういたしまして』

 

 白いドラゴンは上機嫌。ナデューの肩の上で、ちょこんと首をかしげて作業を見守った。


「よし、それじゃ小麦粉とバターを混ぜるんだ。ささっと手早く、指でつぶして。パンやクッキーと違って練る必要はない。ぽろぽろするくらいで丁度いい」


 ぽろぽろと、ぽろぽろと口々に唱えながら生徒たちはバターを混ぜ始めた。


「何で、手、冷やしたんですか?」


 ニコラが問いかける。


「できるだけバターを溶かさないためだよ」


 エミリオが答える。


「パイ生地を作る時のポイントなんだ」

「使い魔に手伝ってもらうのも、有りなんですか?」

「もちろん!」


 ナデューがにこにこしながらうなずく。


「君たちは魔法訓練生だし、ここは魔法学院だからね!」


 陶器のパイ皿にバターを塗って、そぼろ状に混ぜた生地を敷き詰める。さらにその上に先ほど刻んだルバーブを載せて……


「火加減はどうかな?」


 にゅっと炉から首を出した火トカゲが、かぱっと赤い口を開けて一声鳴いた。


「っきゅ!」

「……OKですね」

「うん」


 温めたオーブンにパイ皿を並べて、巨大な砂時計をひっくり返した。


「後はひたすら焼き上がるのを待つ」


 砂時計の砂が落ちきる頃には、小麦とバターの焼ける美味しそうなにおいが漂っていた。

 オーブンを開けて確認する。


「どうかな?」

「ほんのり焦げ目がついてます」

「狐? リス?」

「狐……かな」

「よし、できあがりだ」


 ほこほこと湯気の立つルバーブのパイ。切り分けると、鮮やかな赤紫がこぼれ落ちた。


「わあ、きれい!」

「いいにおーい」


 皿にとりわけ、泡立てたクリームを添えて……


「いただきます!」


 メイプルシロップをこんもりかけたパイを口に入れると、ナデューは満面の笑みを浮かべた。


「んー、美味しい!」


 てちっと小さな竜が一口、お相伴に預かる。ぺろりと口の周りをなめ回し、満足げにうなずいた。


『でりしゃす』


 今日、初めて菓子作りに挑戦した子も多かった。生地の混ざり方も均一ではなく、焼き上がりもお世辞にもさっくりとは行かない部分が混じっていた。

 ルバーブの切り方も不ぞろいで、一流菓子店のパイには遠く及ばない出来栄えだったけれど……。


 その一言で、訓練生たちは嬉しそうに。そして誇らしげに、ルバーブのパイを口に運んだのだった。


     ※


 こうしてエミリオの初めての指導授業は無事に終わった。

 教室に戻る訓練生たちを送り出し、工房でレポートをまとめているとナデューがぽつりと言った。


「で、来週は何を作るのかな、エミリー」


 手を止めて、眉をしかめる。


「その呼び方止めてください」

「後輩たちの前では自粛したじゃないか、ね、エミリー?」


 確かにその通りだった。実習中はずっと『グレンジャーくん』。呼び慣れた乙女チックな呼び名は使わずにいてくれた。


「……バジルとオレガノのマフィンにしようかと」

「いいねーいいねー」


 浮き浮きしている。声がもうスキップしそうな勢いだ。


「食べる気満々ですね?」

「美味しいもの食べると幸せになれるよね!」

「………」


 今日は初めての指導授業で、内心ものすごく緊張していた。だけどこの人が居てくれたおかげで途中からすっかりいつものペースに戻っていた。

 そのことは感謝している。

 自分のことを気にかけてくれたんだろうか。それとも……単にお菓子を食べる機会を逃さなかっただけなのか。

 ちらっとナデュー先生の方を見る。金色の瞳がすうっと細められた。


「ね、ね、エミリー。マフィンにヒヨコ豆は入れる?」

「入れて欲しいんですね」

「うん!」

「……わかりました」


『ヒヨコ豆、追加』手元のノートに書き込むと、エミリオはくるっと丸で囲んだのだった。


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