Flower・life
小さな暗い倉庫。
ここが俺たちのスタジオ。
悪いが、今の俺はかなり気分が優れていない。
ソファに腰掛け、煙草を吹かし、無情に裏返していく幾枚もの写真を眺めているだけで心が安らいでいく。いつもの俺にしてはおかしい状況なのだが、初対面の奴らにしちゃあこんなもんだと思うかもしれない。
仕方ないんだよ、ある日を切っ掛けに俺は絶望してしまったのだから。
おっと、一応場の説明でもしておくか。
倉庫とは言え、室内は十分生活できる道具が揃っている。奥には仕分けされたほんの僅かな部屋がある。現に俺はほぼこの倉庫で生活しているからな。壁には幾つものポスターがあって、無造作にガムテープで張り付けられていた。
ほぼダークカラーに包まれているのには理由があった。横を向いたらすぐの所にドラム一式、その手前にはマイクが設置してある。ギターが揃えば皆も理解できるだろう。TVやライブなどで目にする、ロックバンドの形式になる。俺は、5人で結成されたビジュアル系ロックバンドのメンバーのボーカルなのだ。部屋が暗いのも、ロックバンドとしてのイメージを強める為かな。
俺たちはそれなりに世間からメジャーな存在だ。まだデビューして数年しか経っていないせいか、あまりTVなどの報道には告知されない。だが、客は多く、彼らの目は温かかった。これも、ある女のお陰________
不意に倉庫の扉が開いた。外からの白い光が眩しい。目を凝らすと、登場したのは髪を青とシルバーに染めた俺と歳の近い引締まった細身の男だった。ロッカー特有の襟の肌蹴たスーツを身に纏い、革靴を鳴らし、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「・・・・・どうも」
奴はそれだけを言い、ドラムの前に腰かけた。これがガイアのいつもらしい態度だ。
・・・いや、今日は彼なりに沈んでいるんじゃないかな。瞳がいつもと違うし、俯き加減も尋常じゃない。下を向けば前髪で表情はよく見えないが、何年も供に活動している俺にはオーラでなんとなく本日のの機嫌が解る。
「・・・・今日は何も着けてないんだ?」
静かに呟いた視線の先には俺の全身がある。
確かにいつも着けているチャームネックレスやリング、カラーコンタクトは今日に限って外していた。細かい所まで人のことを見ていることがガイアの長所というべきところだろう。
「ああ、偶にはね。窮屈だから外そうかと思って」
「ふぅん。珍しいね。いっつも着けてたじゃん」
そうは言うが、ガイアの口調はいつも淡々としていて、圧迫感がない。冷静な奴だからこそ、こういうときの物言いを受け流せられる。
「イメチェンだよ」
こう言うと、ガイアは口端を上げて頷いてくれた。
その時、先ほどドラマーが開けた扉をまたも大きく大胆に開き、ギターを手にし少年のような声をした人物がそれこそ大胆に入ってきた。
「チーっす!あんれぇ、今日はガイちゃん早いねぇ」
「僕は今さっき来たばかりだよ」
「そーなんだ。じゃあいつも通りってことだねぇ。あっ」
金髪の男の顔がこちらを見る。
「サトル、目の色ちゃうじゃん!どったの!?」
「ただのイメチェン」
「まっさかぁー?俺に嘘は通用しねーよ!」
・・・ここがガイアと違って空気の読めない所だ。
「へー。今日のサトル君はヤケに珍しい感じじゃん。煙草の吸い殻5本もあるしー?え、酒も飲んだの!?テーブルきったねぇし。ん?この写真らは・・・・」
それを表に返し、それに写る者を見た瞬間、彼のサングラスの奥の大きな瞳が硬直した。
「あっ・・・・そうね。なーるね。こりゃ、イメチェンしたくなんじゃねぇのッ!?」
「そういうこと」
俺はその写真を観ようともせず、無情に裏返した。
少年の心の保持者は不自然に動きながら、自分の場所に身を置く。
「セイジ、おまんの声、車ん中でもキャンキャン響いとったぞ?」
「あ、マジで!?ゴメンなァ、うるさくて。」
呆れたように背の高いロン毛の男がギターを背に担ぎ、やってきた。
「よう、ガイ、サト」
「どうも」
「ご無沙汰じゃない?ジンジョウが練習くるのさ」
「ジン、旅行だったんでしょ?いーよなぁー・・・・一応バンドメンバーなんだしさ、俺たちも連れてってくれりゃーよかったのに」
「残念だけど、旅行と言えど、郷に帰っただけや。つまんなかってよ?」
「でも大阪だろ?その辺停めてくれれば何処へだって行ったのに。ほら、大阪城とか」
俺の悪戯な笑みに、ジンジョウは苦笑した。
「さてと。蓮ちゃん、紅茶ー・・・・ハッ」
我に返ったジンジョウは、思わず口を押え、俺に振り返った。
「サトル・・・・・わりぃな・・・・」
「・・・・いいよ、別に。仕方ないって。ジンの口癖なんだから」
「堪忍なぁ・・・・・」
その瞬間に空気が重くなった。
最後に入ってきた第3ギタリスト・ケンジロウも立ち止まる他ない。
「なに、この空気」
「よっ、ケンちゃん。まーまー座りなって。サトルがお茶くれるって」
なんで態々この俺に振るんだよ、セイジは。
「はぁ・・・・仕方ないから淹れるよ。味は保障しねぇが」
「えぇって。そんなもん」
セイジもブンブン頷いてるし、ケンは場を理解できず微妙な表情をしている。ガイアは少し機嫌が戻ったようで、天井を見上げながら、座っている椅子を半回転させ、自らも半分回っていた。
台所に行ってポットに水を汲んでも、彼らの会話は聞こえた。
「ジン、ドンマイだったね。サトルの前で蓮華っちのこと口にしちゃ駄目じゃん」
「わかってんやけんど、ホント口癖で」
「確かに、昔っからジンって来た途端に蓮華に紅茶頼んでたもんな。今日もつい言っちまったんだろ?」
「やっぱ蓮ちゃん居ないと、なんか駄目やね。物足りないっちゅうのか」
「・・・・サトルも、蓮華ちゃんのことで結構まいってたみたいだよ」
「蓮華っちとの写真裏返す程だもんなー・・・・」
それくらいは、仲間も察してくれてたんだな。そうだよ。これも全部、蓮華にあるんだよ。
† †
蓮華は俺の彼女だった。まだ新人でいつでも競い合って奪い合ってた頃からの、俺たちWayfaterに対する初期ファンで、すぐに知り合った。
彼女は俺たちの様なビジュアル系のイメージは全くなく、寧ろ、世間の女の子たちよりも控えめで大人しい性格だった。心優しげなその笑みからは激しい音楽など程遠いような存在なのに、一番にWayfaterのことを応援してくれた。
暫らく、アーティストと観客という遠距離な関係が続いたある時、蓮華が俺に気があることを知り、交際が始まった。
今も居るこの倉庫で同居することになってからは、蓮華は本当に俺たちに尽くしてくれた。
毎日のように紅茶を入れ、皆を歓迎し、曲練習の後の休憩では、メンバーがゆっくり寛げる様に様々な工夫を熟してまで俺たちのことを思ってくれた。
しかし、そんな蓮華のことを詳しく知る者は誰一人としていなかった。そう、恋人であるこの俺でさえ。
一応アーティストであるため、恋人の公開は避けた。それ故か、彼女の両親とも会う機会もなく、友人だって全く目にしなかった。まるで、彼女は孤独に生きているように見えてしまった。朝早くからバンドのことを見に来ていた蓮華は、おそらく無職だったのだろう。
それでは、ライブに行く費用などはどうしていたんだろうか?俺と付き合う前は何処に住んでいたのだろうか?
そんなことを考えるようになったある日、収録の撮影先で、俺は聞いてしまったんだ、とんでもないことを。
その会話は、撮影場所のすぐ近くの展望台からだった。休憩の際に蓮華や仲間とともにそこに立ち寄ったとき人々の話し声が耳を掠めた。
『わっ!芸能人!?ウソ、マジで!?』
『キャー!!』
そんな言葉は全く気にしない。が、その後の言葉が俺の足を止めさせたんだ。
『・・・・?あれ、蓮華じゃない・・・・・・?』
『えッ・・・・・・・』
『本当だ、蓮華だ。なに、今度は芸能人と付き合ってんの?』
”今度は”・・・・?
『体弱いくせして、強いビジュアル系バンドなんかに守ってもらってるんだ、やらしー』
『八方美人だし、凄くモテてたけど何考えてるか全然わかんないし。』
『そうそう。あのバンドも騙されてるんだよ』
『結局逃げてった卑怯な奴がよ』
『なんでまた戻ってきたんだろうね~?』
大方、ここは蓮華の故郷だったんだろう。同じくらいの歳の男女がひそひそと話しているところを見ると、蓮華は過去に、虐められていたのだろうか。
ぶん殴ってやろうかとも思ったが、俺の立場から、逆に迷惑がかかると悟って何もできなかった。思わず蓮華のほうを見ると、噂されていた彼女は聞こえていないかのように景色を堪能していた。
その時、俺は思った。蓮華は慣れてるんだ、打たれ強い女なんだ、と。
そしてしばらく展望台を見学してから、自分たちのホテルへと戻った。部屋に入る前、蓮華に呼ばれた俺は、待ち合わせ場所に駆け込んだ。蓮華は、穏やかな表情で俺を微笑みながら見つめていた。
『で、用ってなんだ?』
俺が問うと、蓮華はその表情を変えず、しかし虚を衝くようなことを言い出した。
『聞いてたんでしょう、サトルは』
その一言から大体の状況は判断できたが、唐突過ぎて言葉を失ってしまった。蓮華は、知っていたんだ、彼らの会話を。
『私ね、本当は弱いの。物凄く。体も心も。それで虐められて・・・・・逃げてきたの、貴方の所に』
蓮華の言葉はまるでガイアのように冷淡で、俺自身悲しくなった。
『八方美人だっていうのも、わかってるの。誰に対しても微笑みかけて。きっとそこが駄目だったんだね、私って』
そんなことなかった。俺が見ている以上、蓮華は非の打ち所のない純情な気品のある女性だ。それから発する恋人の言葉にどんなに思っても、俺の発する言葉は不器用だった。
『他の奴らがどんなこと言おうと、俺は今のお前が好きだぜ』
自分でも何を言ったのか曖昧だ。でも、俺のそんな言葉で笑ってくれたから、何とか安心できた。
それにしても、俺は蓮華のことを何も知らないんだとつくづく感じた。
そんな日も過ぎ、俺たちは新しい曲作りに励んでいた。
悲しみなんて吹っ飛ばして楽しもうという激しい曲想にするつもりで、蓮華も思いのほか楽しみにしてくれた。
俺は蓮華のためならどんなに辛くても努力していこうと思った。
________が、俺の掛け替えの無いガールフレンド・蓮華の死は突然やってきてしまった。
例の曲がやっと完成して、蓮華に初公開する日のこと。
その日の蓮華は、極普通だった。そう、どこもおかしくなかった。いつも通り紅茶を用意し、いつも通りの微笑で俺たちを歓迎してくれた。
そして、曲がスタートした。
中間部くらいまでは、そのままの体制で聴いていた蓮華だったが、サビ部分に突入した時だ。これからが曲調が一気に激しくなるところ。
突入したその刹那_____
バタッ
急なことだった。蓮華は苦しむことなくただ目を閉じて床に倒れ込んだんだ。
勿論バンドのメンバーは尽かさず蓮華のもとへ駆け寄ったよ。
でも・・・・・即死だった。
何があったのかさえわからない。ただ倒れて、そして静かに息を引き取ったんだから。
その後、病院の検査によると、思わぬ事情が判明したらしい。
霊安室には、彼女の父親がいた。何故か母親はおらず、ポツンと唯一人愛娘を見詰めていた。
『君が、サトル君かい?』
『はい、五十嵐学と云います』
この時は流石に本名を明かした。それはそうだ。父親なんだから。
『蓮華はね、体がとても弱かったんだよ』
『はい、承知しています』
『母親はこの子を産んだとき死んで、そのせいか幼いころから入院退院を繰り返していてね、すっかり仲間外れにされて、この町に引っ越してきたんだよ』
『はあ・・・・・』
俺はそれしか言えなかった。何か言っても、無力だと感じたから。
『蓮華は心臓が悪かったんだ。過激な刺激がこの子の体に伝わると、呼吸混乱になって、窒息してしまう。だから医師にも病院から出てはいけないと言われてた』
『でも、蓮華さんは・・・・』
『そう、出ていってしまったのだよ。それも突然でね、一向に帰ってくる気配もなかった』
それは、蓮華にとって重度すぎるリハビリだったことだろう。それなのに_____そこまで考えた時、俺はハッとした。
過激な刺激・・・・・それはロックも含まれている。蓮華はそれを知ってて敢えて俺たちに近寄ったんだ。そして、今作っている曲があまりにも過激すぎて、呼吸混乱となり、窒息死した。その考えを察した彼女の父親は頷いた。
『蓮華は気持ちをスッキリさせる、それも歌詞のいいロックに魅かれていたんだね。一人ぼっちだったから尚更。どうせ死ぬのだったら大好きなロックを聴いて死にたいと思ったのか、少しでも刺激に耐えて、強くなろう思ったのか、それは蓮華にしかわからないけれど、蓮華が君のロックバンドに居て楽しんでいたのは事実だ。学君、蓮華に、生きる勇気を与えてくれて、ありがとう』
その言葉を聞いたとき、俺は自分に腹立たしくなった。
蓮華の親父は、俺の想定外の人物だった。蓮華が逃げ出すくらいだから余程辛くなる父親だと思っていたが、全く違う。
愛娘を一番に想い、少しでもいいから尽くしてやりたい、そう思って接してきたのだろう。
俺はなんて奴だ。
自分の娘を死なせた男に礼を言うなんて、そんな______そんな器の広い人、曹操いないじゃないか。
どうして、気付けなかったんだ?蓮華は、俺たちが歌っているとき、物凄く辛かったはずだ。
それなのに、微笑んで俺たちを癒してくれてた。あんなに優しかった蓮華に、俺は何をしてやっただろうか。考えるだけで、悔しい。
俺はその夜、何度も何度も泣いた。叫んだ。でも、どうしようもなかった。蓮華を失った代償は大きすぎたんだ。あの笑顔が二度と見れないのだとわかっていても、受け入れることができない。
自分だって死にたくなった。
葬儀を終えた後、俺は蓮華の遺品を整理していた。
そして見つけたのは、彼女との写真だった。その中にいる彼女は笑っていた。・・・・・苦しかっただろう?誰にも言わないで、我慢できなくなった時もあるんじゃないか?
俺は、その写真たちを裏返して罪滅ぼしするしかなかった。自分でもなにをやっているのかわからなかった。
そして、今朝の今さっきの状況へと発展したんだ。
† †
紅茶を淹れ終った俺は、仲間のもとへと運ぶ。
「はいよ」
「おおきに」
「サンキュー☆」
「・・・どうも」
「さてさて、お味のほうはと」
それぞれ口に運ぶと、何とも微妙な表情を浮かべる。
「ん~・・・・・・」
別に隠さなくたっていいだろ。表情に出てるんだから。
「いいよ、やっぱ蓮華じゃないとあの味は出せない」
「せやなぁ・・・・・でも、イケるよ男の味って感じで!」
空気は一層重々しくなる。ジンジョウこの野郎・・・・
「ジン、フォロー下手。雰囲気沈めてどうするんだよっ!」
「だってわからないねんもん・・・・・」
言葉が消え失せる。その中で、慣れているように淡々とガイアは口を開く。
「そう言えば、あの歌はどうするの。ファンに公開するの」
「え、あの歌って?」
睫毛の長い目を伏せて静かに呟く。
「蓮華ちゃんが亡くなったときの歌」
「あ、あぁ・・・・そうだよな。俺も気になってたんだよ」
続けてケンジロウが肯定した後に、セイジもまた俺のほうを見た。
「ここはサトルが決めてよ」
そうだな、蓮華が死んだ曲・・・・・言い方は物騒になるけれど別にファンに害は無い。
でも・・・・・俺たちの神経のほうが問題だ。アイツが倒れたサビ部分をきちんと演奏できるだろうか。
またあの状況が蘇ってくる。
それを悟ったなら、話は早い。
「・・・・公開はしない」
メンバーは少々驚きを見せたが、反論はしなかった。コイツらだってわかってるんだよな。
「わかった。でも、ライブの時期は変更できないし、とにかく曲を公開しなきゃいけないのは事実だぜ?」
確かにケンジロウの言うとおりだ。TVだって放映される。
簡潔に考え、俺は口を開いた。
「急いで新しい曲を考える。が、その間はバンドの力の増幅期間として今までの曲を使って行こう。いいな?」
バンドのメンバーは全員、頷いてくれた。
「そんじゃ、いくよ。1、2、3」
演奏が始まる。俺たちは以前公開した曲で力を維持していくことにした。
しかし_______
「ストップ、ストップ」
俺はそれに耐えられなくなって演奏を中断させた。
「何だよ、今の」
最悪だ。新人ロックバンドでもここまで狂った演奏をするところはない。全く音楽になっていなかった。音色も、奏で方も、気持ちも、何もかも普段通りじゃない。バラバラだった。
「・・・・・・・・」
仲間も、悟っていたのか気まずそうに俯いてじっとしている。ただ、ガイアだけは淡々とスティックを指先で器用に回転させていた。
その中、ケンジロウが思い切ったように声を絞り出した。
「やっぱ、駄目なんだよ・・・・蓮華がそこにいないと」
彼が顎でしゃくる位置には、いつもだったら蓮華がいるはずだ。当たり前のように微笑んでいるのは目に焼き付いているのに、現実にはそれは存在しない。さっきまで微笑んでいたような錯覚は見る見るうちに視界から消えていく。
「そう。物足りないっての?蓮華っちがそこにいてくれないと落ち着かないっていうか、いつもの俺たちじゃないっていうか・・・・」
セイジも肯定し、ジンジョウも頷く。
「こんなこと言うのも、よくあらへんかもしれんけど、もうあの時の演奏に戻ることなないと思う」
言葉は少々きつめだったけれど、確かに正論だ。プライドの高い俺だけど、今回は認める他なかった。
「じゃあ・・・・どうすんだよ、これから・・・・・」
後味の悪いまま、今日の所は解散した。あの後何をしても無駄だったしな。
俺一人、暗い倉庫で曲を考え続ける。
蓮華・・・・・・・
お前はどうして死んでしまったんだ?
理屈では説明しきれない、けれどしっくりとくる説明が欲しかった。
体が弱かったとか、そういうのじゃなくて・・・・・・あぁ、なんて言っていいのかわからない。悔しいよ、蓮華。ここにお前が居れば、俺はどんなに安らげることか・・・・。
気分転換に、外へ出かけたある日のこと。街の花屋で俺は立ち止まった。
「え・・・・・・」
思わず声が漏れてしまう。
「いらっしゃいませ、どのような花をお探しでしょう?」
店員がやってきて、狼狽しながら俺は尋ねた。
「あの・・・・この花って・・・・」
「蓮華ですか?〈心が和らぐ〉〈私の苦しみを和らげる〉〈感化〉という花言葉を持ち合わせておりまして、その可憐さから男性にも女性にも今大人気なんです」
蓮華と同じ字だった。サングラスごしでもわかる。まるで、蓮華の微笑みのようだ。
目の裏が熱くなったかと思うと、涙が頬を伝った。その涙は止まらなくて、どうしようもなかった。
「お、お客さん?大丈夫ですか」
「・・・はい。この花を、下さい」
街で買ったその花。蓮華の微笑みの象徴。
さっきまで残酷だった心情が急に明るくなった。これが、希望ってやつなんだろうか。
これならやっていける。そう思った時、俺は倉庫に向かって駆け出していた。
歌詞は、その晩に完成させることができた。あとは曲に付け、楽譜を作る。
大丈夫、できる。机に置いたレンゲの花が心なしか、蓮華が隣にいてくれている気がするから。
† †
TVの放映は、ライブよりも早くに開始された。
「はい、今回のゲスト:Wayfaterさんです!どうぞ!!」
アナウンサーと拍手とともに、俺たちは迎えられた。
「今回の新曲について教えてください。」
握っていたマイクを口元に運び、声を出す。
「はい。曲名はRENGEで、ロックバンドとしてはちょっとしっとりめのシリアスな曲に仕上げています」
「これは、身近にある花と大切な人をイメージしたそうですね?」
「そうです。身近にあるものがなくなったときの虚しさだとか、物足りなさだとか、深く考えると日常に存在するものが一番大切なんだという想いが込められています」
「なるほど。それでは披露していただきましょう。Wayfaterで、RENGE」
_RENGE_
もう見詰められなくて 触れられなくて
その香りも記憶の中だけに
その一輪の花びらが 俺に幸福を与えてくれた
何もない ちっぽけな俺だけど
オマエがいればそれだけで 乾いた心は満たされてく
ただ 深く可憐に 魅せつける風貌は
俺の瞳を 心を 全てを 包み込んでくれた
”初めがないと 終わりはない 下がいないと 上はいない”
そう明るく
”どんな日でも 明日の来ない日はない”
笑顔で勇気づけてくれたオマエ
けれど 何故だろう
求めすぎて 愛おし過ぎて
失った時は 儚く 虚空に散っていってしまった
その切なさ 空しさ 哀しさ どんなに果てしなかったことだろう
気づけなかった 理解してやれなかった
熱過ぎる刺激は オマエを殺す猛毒だったんだ
絶望の世界の始まりに この世の残酷さを知った
涙は枯れ果て 叫び続ける力もない 心の空洞を満たすものは無かった
オマエが居るだけでよかった
ただそれだけなのに
どんなにもがいても 叶わぬ願いだった
哀しみの向こうに やっと見つけた
”オマエ”と言う名の花を
幸福の花を
ふと涙 零れ落ちた 愛が満ち溢れる
オマエの笑顔が思い浮ぶ
今ここに居る オマエを大切に生きよう
もう二度と 枯らしたりはしない
you are empty flower life
my precious wish
someday see you again…
‡ ‡
ライブで、RENGEを披露した後、俺たちはファンに告白を試みた。
熱で包まれたライブ会場に声を響かせる。
「皆、今まで俺たちの曲を聴いてくれてありがとう!」
『キャー!!』
歓声が今日は特別に感じる。
「だが、それも今日までだ」
辺りがざわめく。
「俺たちWayfaterは、今日を持って解散する!!」
俺の告白で、ファンはパニックを起こすばかりだ。
「なんでだよ!!」
「もっと歌って!!」
済まない、ファンの皆。もう決めたことなんだ。
「皆とこうして一つになったことは永遠に忘れない!今までありがとう!!」
涙ながらに、ファンは認めてくれた。君たちに罪はない。しかし、これ以上演奏することは、自らの首を絞めているように感じるんだ。それは仲間も同じ。
バンドではなく、それぞれの道を歩んでいくことにした。
拝啓 蓮華
お前は今何処にいますか?
俺は、あの倉庫で一人暮らしています。
ところでセイジは、違うバンドに所属したみたいだ。その関わりやすいオープンなキャラで上手くやっているようだぞ。
ジンジョウは故郷に帰って、地場産業を嗜んでいる。メールをみたが、楽しそうでよかった。
ケンジロウは、地元のスポーツジムリーダーをやっている。体がずば抜けて鍛えられていたし、合ってたのかもな。
ガイアは、その独特なキャラからトーク番組のレギュラーに選ばれたようだ。一度見てみたら、核の様な存在で、見ているほうも笑えるよ。
俺はって?
ソロとして頑張ろうと努力しているところだ。頑張らないと。
セイジ、ジンジョウ、ケンジロウ、ガイアとも別れ、少し物足りない気がするけれど、全然平気。
レンゲの花が見守ってくれているから。
お前の生まれ変わりだと思っているから。
これからもお前の分まで、逞しく生きていきたい。
五十嵐学より
この度は、お読みくださりありがとうございます☆
ロックバンドなんて身近に存在しませんし、上手く書けなかった気もするのですが・・・・・・
いかがだったでしょうか?
是非、感想・評価お待ちしております!
_wokagura_