案内係
冷えた空気の漂う中、香奈が飛ばされた部屋は正に監獄という言葉がうってつけなほどなにもなく尚且つ決してきれいとは言えず、それにとても狭かった。
その中で香奈の驚愕に震える瞳が先ず先だって捉えたものは、銀で出来たシンプルなフォークを持った……クマのヌイグルミだった。
彼女が尻餅を着いている、温かみのカケラもない石の床にそれはちょこんと控え目に存在していた。
「ク、クマ?」
思わず香奈がそう呟いてしまったのにも納得ができる。なにしろ彼女は唐突にこの場所に来てしまったのだから。いやそうじゃなくとも、まん丸の手についた短い指でフォークをしっかりと握りしめるヌイグルミなど見てしまったら誰であれそう言ってしまうことだろう。
「そうだよ、クマだよ」
喋った。それも明らかに香奈の言葉に対応して喋った。それは石の床に直に置かれてある焼きたてのようなパンをフォークごと口に頬張りながら、どこから声を出しているのか、はっきりと確かにそう言った。
「うっ! な、な、なななななに!」
恐怖によって齎される計り知れない動揺に、香奈は戸惑い叫ぶことしかできなかった。なにしろヌイグルミに返事を返されるとは思っていなかったし、実際返されたこともなかったのだから。
「なにって……案内係のクマだよ?」
叫ばれたところで特に構う事をしようとしないそのヌイグルミは、さもそれが当然の答えであるとでもいった風にその首を傾げた。
「い、い、嫌あぁぁあああああ」
香奈はそれからなるだけ離れようと、地面に座り込んだまま、手と足を使って腰を引きずりながらヨタヨタと後退した。できるなら立ち上がり這う這うの体で逃げ出したかったのだが。
「嫌? じゃあ他の案内係に頼むの?」
そう言いつつ立ち上がったそれは口をモゴモゴさせながら、腰が抜けてどうしようもない香奈にテトテトと遅い足取りで近づいていった。
「嫌! 嫌あぁああ! こ、こ、来ないでえええ!」
その悲鳴にもめげることなくそれは着々と香奈に歩を進めていった。
「それも嫌? じゃあ……やっぱり僕と行く?」
それの手が香奈の細い腕を柔らかに包んだ。瞬間、香奈はそれの顔をマジマジと見つめ叫ぶのを止めた。どうやら危険なモノではないと判断したらしい。
「ク、ク、クマ、さ、さんは、な、なんなんで、すか!」
「僕? だから僕は案内係だよ? ここ、死の国のね」
一貫して穏やかな喋り方を通したそれは、香奈の手を凝視し言葉を紡ぐ。
「君、生きてるよね」




