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条件

 

 「さぁ早く……この中へ」


 その誘い声は香奈を鏡の中へと導こうとしていた。しかし、その声を聞いても未だに香奈は身動き一つせず、甘く頭に響いてくるそれをただ茫然と聞いていた。


 「会いたいんだろう? ……家族に」


 香奈には、鏡の発した家族という温かな言葉がとても懐かしく想えていた。ということはやはり彼女は家族の死をどこかで認めているのだろう。


 「……会いたい、会いたい! どうすれば……」


 「この中に入ってごらん……望みは叶えられるよ」


 鏡から響いてくるその声はだんだんと小さくなりながら香奈に意思を伝えた。


 「分かった、入る! でもどうやって入れば……」


 「条件があるんだ……君がここに入るのならば呑んでもらわなくてはならない」


 その【条件】という言葉を聞いても香奈は微動だにせず、ただその鏡に入る方法を聞こうという気持ちだけが先走ってしまっていた。そのせいもあるのか鏡の次に紡いだ言葉は今までのそれより遙かに大きく、強く香奈の頭に叩き込まれた。


 「想い出を貰う」


 「…………なに?」


 言葉の切り出しが唐突すぎた。そのために、いやそうではなくても結果は変わらなかっただろうが、香奈はその言葉からそれに含まれた意味を見つけることができなかった。


 「君がここに入るのならば暫く君の想い出を預からせてもらう」


 「……どうして?」


 「もし、出たくなったのなら【戻りたい】と言ってくれさえすればいい……ただ、戻りたくないときに言ってしまってもすぐに戻すからね」


 香奈は彼女の疑問をかわされたことに少なからずとも苛立ちを覚えていた。それ故に鏡のその言葉を聞き流してしまっていた。


 「さあ、鏡の中に入って、触るだけで入れるから」


 「……触るだけ……」


 香奈は鏡の出すなめらかな音色に酔ってしまったかのようにふらふらとおぼつかない足取りで鏡に歩み寄り、そして撫でるように優しくそれに触れた……




 



この話にはコメディー要素は一切ありません。

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