声
朝昼は眩し過ぎるスポットライトのようにこの家を照らしだしていた太陽も、とうに夕日になりそして沈みかえった現在、この家に光りを注ぐものはない。
その暗闇の中、香奈の眼前……つまりは玄関の隅の方に、所々が溶けているかのような照りが見える鏡は存在していた。夕日も姿を隠してしまった今、暗闇に紛れ混むようにあるそれは当然のように香奈の不安を煽った。
『……そうか、これ夢なんだ。……やっぱりそうか、あの先生が嘘つく筈ないもん』
香奈にはもはやそう考えることしかできなかった。そう考えることによって彼女に都合の良い風に物事を運べるということもあったのだが、それと同等に目の前の鏡が信じられなかったのだ。
『……なんだか幻想的な夢。でも早く覚めないかな。どうしてこの夢にはお父さんとお母さんが出てこないんだろ』
彼女がその『夢』を幻想的と思っているのには現実から掛け離れた訳がある。それは爛れた鏡が自ら僅かに淡く発光していることにある。先ほど彼女が悲鳴をあげたのはそのせいでもあったのだ。
その鏡の出す淡い光は蛍火のように儚くそして陽光のように温かく優しいものであったが、この状況に置かれている今の香奈にとっては、それは血に染まった宝石のようにどこか魅力的な美しさを持っていて、またどこか本能に訴えかけてくるかのような不気味な恐怖感のようなものも持ち合わせているかのように感じられた。
『どうすれば夢から覚められるんだろう?』
素因である両親の死、そして幻想的な光景が誘因となり非現実的な世界を造りだした今、それは香奈にこれは夢でしかないと十分に断定させてしまう素材と化してしまっていた。
「悪夢から覚めたいのかい?」
決して大きな声ではなかったが高音で透き通っていたその声は広く香奈のいる空間に響き渡った。
「わっ!? …………なに? だれ、かいる、の?」
香奈はそこが自分の創り出した夢の中であると深く信じていたが、不意を突くかのようなその声に思わず動揺してしまっていた。
「この悪夢から覚めたいのなら鏡の中に入りなよ」
「えっ? なに? なんなの?」
香奈は未だにその音源を把握していなかったが、その囁きかけているかのような優しさを感じる声は、確かに香奈の目の前にある爛れた鏡から漏れているようだった。
本当に幼稚な表現ばかりかと思いますが、最後までお付き合いいただけたら幸いに存じます。




