糞ゲーニストのクリスマス【企画競作スレ】
予期せぬハプニングでクリスマスが終わってしまいました。
尻切れトンボですが、投下。規制中につき、スレへのお知らせは後日。
20XX年。
爆発的に広まった大容量コンピュータ機材と価格競争の恩恵を受け、ネットゲームは世に溢れた。それも従来の、画面に映るキャラクターを操作するタイプのものではない、自分自身がゲーム世界に入り込める、バーチャルリアリティ技術の応用から作られた新しいタイプのネットゲームだ。
ネトゲブームの到来により、ぞくぞくと新規参入のネトゲ会社が増え、星の数ほどのタイトルが生まれた。
時はまさしく大VRMMO時代。
しかし、作れば売れる、という時代背景は同時に、大量のクソタイトルをも生み出した。
致命的なバグを抱えたタイトル『話凍結RPG』や、INしたが最後、自力でログアウトが出来なくなる『遭難型RPG』などが某巨大掲示板などで話題となった。
糞と呼ばれるそれらのタイトルではあるが、世の中には奇人変人というものが必ず居るもので、果敢にこれらのゲームにチャレンジする猛者たちもまた、一定以上の数で存在する。
彼らは『アタッカー』あるいは、『ハンター』と呼ばれる、ネット世界での歪んだ英雄である。
彼らの活動はただひたすらに、良作と呼ばれるべき埋もれたタイトルの発掘にある。後に名作と呼ばれるまでに人気の上がった発掘品も一つや二つではない。
クソタイトルの海から、隠れた名作タイトルをサルベージする。それが、彼らの使命。そして、クソタイトルの中のクソタイトルに遭遇し、プレイし、見事脱出してのける。
キング・オブ・糞ゲーからの生還。それが彼らの裏側の名誉。
彼ら、命知らずなハンターたちはネトゲの海へダイブする。
主人公、武藤玲二もまた、そんな糞ゲーハンターの一人であり、今日も難攻不落の遭難型RPGに一人果敢に挑んでいた。
ただ、いつもと違うのは、今日がクリスマスだという事だ。
クリスマスといって、普段と何かが変わるなどという期待は薄い。シングル・イブの昨日も相変わらず糞ゲーの中で過ごしていたし、本番の今日だって、きっとこのまま終わってしまうだろう。
別に期待するような事は何一つなかった。
とぼとぼと、草原を歩きつづける。
広い。
とにかく、広い。そして見渡す限り、何もない。
間に合わせとしか思えないゾンザイなデコルテの草木が、ただ延々と続くフィールド。このだだっ広いフィールドのどこかに、ダンジョンの入り口があるという……。ダンジョン制覇以前の問題、ダンジョン発掘そのものが試練と言われる糞ゲータイトル。
乗り物はない。
ひたすら徒歩。
歩いて、歩いて、ひたすら歩いて。
突如湧き出るモンスターと交戦して、ひたすら歩く。
緑色の砂漠で力尽き行き倒れる事にももう慣れた。死亡回数も、もうじき記念すべき大台の四桁に突入するであろう。
ダンジョン入り口捜索で時間を費やし、数種しか出ない雑魚モンスターとの戦闘を繰り返し、じりじりとアイテムを消耗する。ここまでの道のりを思い起こすと、自然に妙な笑いが込み上げてきた。
「これは、今度こそ、俺は見つけだしたのかも知れない……、キング・オブ・糞ゲー、オンライン編。」
『あれ? 誰か居るの? 珍しい……。こちら、ミレニアム・タワー前に居ます、誰かさん、応答してくれませんかー?』
驚きのあまり、直立してしまった。
こんな風に通信が入ることなど、このタイトルに挑んでからこのかた、初めてのことではないだろうか。なにせ、スタート地点の街中でさえ、NPC以外に人を見た覚えがなかったのだ。
そんな状態で商売になるものなのか、と思うだろうが、これがなかなか巧く需要を突いている部分があり、わりと人気は得ていた。運営が続く程度には。
ゲームの内容ではない。専門チャットと個別でアバター同士が密会できるシステムが、人気なのだ。
このタイトルのプレイヤーは、ゲームのフィールドに降りることはせず、その入り口、集会所で活動することが主流だった。
『出会い系RPG』と呼ばれる一角である。
『もしもーし、誰かさん。マーキング持ってたら、一度こっちへ来て貰えませんかー?』
場馴れした声が、耳元でそう要求してきた。
通信は、まるで見えない端末が傍にあるかのように、自然に耳の近くで聞こえるようになっている。
各種のコントロールは意識することで、目前にパネルが現われて操作が出来るようになっている。白い半透明なパネルが突然出現し、プレイヤーが手元で操作するタッチに合わせて色を変えて視認追従を示した。自身がどのキーを触ったかを、色で教えるのだ。
現在地点をマーキング。これで、どこかへ移動しても、一度ならばここへ戻ることが出来る。
マーキング地点の設定が、一か所しかない事もこのタイトルの大きな不満点だ。一度別の場所へ瞬間移動すると、次の移動時には外れてしまう。つまり、どこかへ移動しても、次には必ずここへ戻らねばならない。……なにげに不便で不評なのだ。
ミレニアム・タワーは、プレイヤー拠点の一つである。
瞬間移動を使うと飛ばされる定位置の傍に、一人の女の子が人待ち顔で立っていた。
可愛い顔はほぼ作り物であろうから問題にしない。抜群のプロポーションも多分に盛ったり削ったりで信用出来ない。ファッションは清楚なワンピース型の衣装に軽装の防具、初心者によくあるパターンの組み合わせで、これまた参考にならない。
およそ、出会い目的だったものがロビーであぶれ、フィールドへ降りてみた、といったところか。
こういうプレイヤーも、このタイプのタイトルには時々見られる。だからこその『出会い系RPG』。
ハプニングイベントといっていい。
また、女の子といって喜ぶのは尚早だ。ネカマという人種の可能性も高い。そも、ロビーであぶれるということは、何がしかの問題を抱えているということなのだ。
「あっ、……『誰かさん』?」
「うん。」
極力、興味のないフリで様子を見ることにした。
☆
「うわ! もしかして、アタッカーさんとか!? このゲーム攻略中とかですかっ!?」
女の子は、文字通り飛び上がるというに相応しいジェスチュアで大仰に驚いてみせた。白々しい感じはしない、たぶん、本気で驚いたのだろう。こちらの正体に。
「悪いんだけどさ、話の続きはマーク地点に戻ってからで構わないかな?」
マーキング機能の不評は、短時間しか保たない点にもあった。
「あの、レイジニアさんは、ダンジョン発見とかした事あります?」
名前を教えあう必要はない。フィールドに降り立つと、頭上にデカデカと書き出される仕組みになっており、これも不評システムの一つに数えられている。
女の子の頭上には、ピンクの文字で『アリス』と書かれている。……星の数ほど『アリス』は居たが。
レイジニアという名は、本名、玲二のもじりであり、何の捻りもない。
「ここのダンジョン? 始めたばかりの頃に二度、見つけたけど、以降はさっぱりだなぁ。」
「うわぁ! やっぱり、ダンジョンあるんですね! 噂で、『そんなものは最初から無い』とか言われてたけど!」
ヒドイ話だ。だが、そのくらいに、このタイトルの糞ゲー具合はヒドイものだった。
苦笑を浮かべ、レイジニアは頭を掻いた。糞ゲーが糞ゲーであるほどに、自身を含むハンターたちは闘志を燃え上がらせる厄介な人種という自覚がある。
レイジニアは、某巨大掲示板のゲームスレッドでも使っているネームだ。無記名が普通だったものが、いつの間にやら半コテ状態がデフォとなり、そこではちょっとした有名人だった。
良作、名作のネットゲームを幾つか発掘し、タイトルを晒していたからだ。勲章は3タイトル。が、これは自慢になるほど多いというわけではない。名人は10個以上のタイトルを見つけ出していたし、こちらは名作と呼べるネトゲは一つしか見つけていない。
せめて、誉れある『キング・オブ・糞ゲーを発掘』の称号は手にしたいものだ、と野心を燃やしていた。
とにかく、暇さえあればネトゲにダイブ、という半ば狂った生活を送っている。
今年も残すところはあと6日。毎年、年末の大晦日にはその年の最優秀クソゲームが某巨大掲示板にて選出される。エントリーするにはあと4日がギリギリのラインと見られており、レイジニアは焦っていた。
なぜ糞ゲにダイブするのか? と聞かれれば、そこに糞ゲがあるからさ、と答える。
星の数ほどある糞ゲーム。これまで、膨大な時間と執念と血と汗と涙とその他諸々とをネットの海に浮かぶこの泡沫どもに捧げてきたが、一片の悔いもありはしない。
漢の浪漫、と一言で片付けてきたレイジニアだったが、今年のクリスマスは勝手が違いそうな予感がした。
出会い系RPGで、文字通り『出会った』二人。
アリスは文字通りの出会いを求めてこのゲームにダイブしたのか、そうと知らずにフィールドに降り立ち、偶然に出会っただけなのか。期待に満ちた瞳は意味深でミステリアス。
「友達登録していいですか?」
ふふ、とほほ笑みながら、アリスは可愛らしく小首を傾げてレイジニアを見つめた。
友達欄に名前が載れば、いつ何時ゲームにINしてもお互いが居るかどうかが確認出来る。だけではなく、いつでも何処でもチャットが出来る。二人だけの秘密の会話を。
含みがあるのか無いのか。友達登録など別段珍しくもなんともない、けっこうな有名人らしいレイジニアは、見ず知らずのプレイヤーからいきなり登録を求められる事もままあったりする。
それでも勝手に期待感は高まっていく。
なにせ今夜はクリスマス・ナイト。クリスマスと知って声を掛けてくる女の子が、その気なしとは考え辛い。そしてここは『出会い系RPG』。
出来過ぎだ。これはイケる。
メリークリスマス、サンタさん、ありがとう。
「僕もアタッカーなんですよー。ホラ、昨夜、書き込み見てません?」
今夜の予定を木端微塵に粉砕するリアルの事情が、轟音と共に押し寄せた。
某巨大掲示板の常連に名を連ねるハンターの一人が確かに『アリス』だった。『彼』はなにかとレイジニアを敵視し、勝手にライバル認定を下してきたDQNハンター……。
結末は、推して知るべし。