終章
「復帰したお前が居ると分かれば、追っかけ渋滞が起きて地域の人に迷惑がかかる。雄一郎達が合流してくれるそうだ。慌てて戻る必要はないぞ」
無表情を取り戻したカジの言葉は冗談とも本気ともつかず、尚人を困惑させた。
「アルバム一枚作ったら戻るってば。それまで海地達の面倒を頼むよ」
「ああ、任せておけ」
じゃあ行ってくる。見送るカジを残し尚人と小野木の遺骨を乗せたRAV4は発進した。舞い上がる土埃の中、ルームミラーに映るカジはひとりではない。尚人の目には小野木の埃だらけの姿が映し出されていた。
「一体、これはどういうことなんだっ!」
ライバル社の写真週刊誌を投げ出して、デスクが吐き捨てた。
「協力者と行動を共にしていたのは私だけではありませんでした。デスクがお迷いになっているうちに、あちらが先に記事にしてしまったのではないでしょうか」
「じゃあこの炎上してるブログは何だ? ニックネームがAT-Lord、a thousand lord――仙道じゃないのか? ブログを起こすのは構わん。ただ社費で取材した記事を載せるのはモラルに欠けた行為と言われても仕方がないぞ」
デスクは液晶ディスプレイをぐいっと捻って由里に向けた。今もって膨大な検索数がある〝ポン太バンド NAO〟の検索ワードに引っかかるようにしておけば放っておいてもアクセスは上がる。あれだけのネームバリューだ――使わない手はない。上川の助言を取り入れ、尚人の許可を得て彼等の復活を匂わせる記事を織り交ぜた。山ほど寄せられるコメントは、とても返信する気になれないほどの件数だった。
「any time lord ―― 常に支配者――なのでは? スペルが違います。それより私が取材してきたものは記事になるのでしょうか? 早速まとめに入ろうと思うのですが」
「今は原発の方の動きが大きい。あっちに入ってる連中が送ってくる原稿の手直しを頼む」
「約束が違うように思われますが」
そう言ったものの、デスクの反応は予想された範疇を越えてはいない。由里はシナリオ通りの台詞を読み上げているだけで、そこには反発も諦観もなかった。
「状況が変わったんだ、君は言われたことをやって居ればいい。以上だ」
「わかりました。短い間でしたがお世話になりました。本日をもって退職させていただきます」
予め用意した退職願いを差し出す。「なっ……」呆気にとられたような表情のデスクを残し、由里はさっさと編集室を後にした。
「終わったわ」
緑のイメージカラーに彩られたカフェで待つ尚人は、見慣れたツナギと小野木のように短く刈り込んだ髪の飾らぬスタイルで街行く人々を眺めていた。伸ばし始めたばかりの無精ヒゲは端正な尚人の顔に決して似合うものではない。それでも客や店員の多くがちらちらと彼の様子を伺っていた。
「ここが日本の一号店なんだって?」
「ええ、お互い一からのスタートでしょう? 相応しいんじゃないかと思って」
「そうだな――行こうか」
暮れかけた歩道に二人の長い影が伸びる。軽く触れた指先が互いを求めて絡まり、どちらからともなくその手をきつく握り合っていた。
完