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Sacrifice(犠牲)

「そうか、帰るのか」

 レッカー車とFJクルーザー、たった三名の総動員で捜索活動をする小野木達を見つけるのに大した時間はかからなかった。黄色くボディをペイントされたレッカー車は、もの全て灰色の町では否応なく目立つ。

「はい、色々とお世話になりました。記事をまとめたらボランティアを募ってすぐに戻ってきます。避難所に足りない物資を教えて下さい。調達してきます」

 小野木は目を細めうんうんと満足そうに首を振る。ヘルメットから覗く髪とヒゲは強風で巻き上げられた埃でグレイに染まっていた。

「ありがとな。でも先ずは仙ちゃんのすべきことをしっかりやってきてくれ。俺達はずっとここで待っている」

 二人の会話が耳に届いた尚人がにこやかに手を振る。もう一方の手にはクレーンのリモコンが握られていた。空の荷台には海地大地の二人が陣取り、尚人からは死角になる場所から送られるカジの指示を兄弟ならではの連携プレーで伝えていた。

「上げろってさ」「了解っ!」

 建物の間口を塞いだ鉄骨が持ち上がる。

「上げるには上げても屋根が邪魔になってブームが振れないよ。そこからどう挿し入れればいい?」

 離れた場所に居るカジに届くよう尚人が声を張り上げる。ちょいとごめん、そう言って小野木が由里から離れる。吊り上げられた鉄骨に小走りで駆け寄ると、小野木は尚人を振り返って叫んだ。

「いいぞー、そのまま降ろせ。ゆっくりとな」

 ひと抱えもありそうな幅の鉄骨に小脇に抱えていた太いロープを掛けると、小野木は背中を向けて引っ張り始めた。

「嘘だろ……ばけもんか、ジュンさは」

 あんぐりと口を開けてズルズルと動き出す鉄骨と、背筋の盛り上がった小野木の背中を尚人は見つめる。段差に引っかかるとカジが長い鉄棒を差し込んでこじ上げる。少しずつではあったが鉄骨は確実に建物の中に挿し入れられて行った。

「あれって何十キロもあるんでしょう?」

「いや、何百キロだろうな。ったく、かなわねえよ。あの二人には」

 ジャッキを取りに戻った小野木のシャツは噴き出した汗に埃が張り付いて髪やヒゲと同化してしまっていた。にやりと笑うと尚人に向かって拳を振り上げた。

「鍛え方が違うんだよ、まだまだお前には負けねえぞ。こいつはかなり骨組みが危うくなってる。余震がくるとヤバイ、ガキどもを入れる前に天井の梁を釣り上げておけよ」

 建物を指差す小野木に尚人はおどけて敬礼した。

「了解っ、ヒゲ司令」

 クレーン作業と同時進行で小野木とカジがジャッキを咬み込ませる。挿し入れた鉄骨が台座代わりだ。入っていいぞ、との声に少年達はレッカー車を飛び降りる黄色いヘルメットを目深に被った。

「垂れ下がってる鉄筋に気をつけるんだぞ」

「あいさー、ヒゲ魔人」

「司令に魔人か……好き勝手呼びやがって、ちきしょうめ」

 由里は苦笑する小野木をにこやかに眺めていたが、やがて尚人の正面に立って言った。

「じゃあ私はこれで。明るいうちに戻って少しでも記事を整理したいの、出来るだけ早く戻るわね」

「うん、待ってる」

 絡み合う視線と断ち難い想いを引き剥がすようにして由里は愛車へと足を早めた。立ちくらみ? ゆらゆらと小さく揺れた足元が台地から持ち上げられようとしていた。余震なの?

「危ないっ!出ろ」

 小野木の大声に由里が振り返ると、建物に飛び込んで行く尚人の後ろ姿が目に入った。

「だめだっ! 入るんじゃねえ」

 小野木の制止より早く尚人が体をくぐらせる。クレーンで引き上げられたワイヤが緩み、軒庇が大きく傾いだ。ジャッキなど噛み砕いてくれんわとばかりに口を閉じようとする一メートル四方の開口部が怒号を上げて撓み始めた。小野木は壁に張り付いて後手で堪える。足を伸ばし支えになるような物を探るが土煙が上がるのみだった。

「カジっ!クレーンを上げろっ! 尚っ! 早くガキどもを連れだせっ」

「わかってるって」

 くぐもった声は聞こえるが尚人の姿は見えない。カジがワイヤーを巻き上げるより一瞬早く、軒庇はガタンと音を立てて小野木に覆い被さった。

「小野木さんっ!」

 カジの呼ぶ声に少し遅れて小野木の声が返ってくる。

「大……丈夫だ、ぐっ……慎重に上げろ。尚っ、ガキどもはまだか?」

「確保した。今出るよ。開口の保持よろしく」

「任せろっ!」

 由里は手で口を覆ったまま足が竦んで動けない。上辺の歪んだ開口部に少年の黄色いヘルメットが見えた。

「あと五秒堪えててくれ」

 続いてもう一つの黄色いヘルメットと共に尚人が頭を出す。彼等が抜け出ようとする隙間は四十センチほどに縮まっていた。

「よし、出たぞっ!」

 獲物を仕留め損なった廃屋の歯軋りが聞こえ、大きな衝撃音と共に口が閉じられる。立ち上がって走りだす尚人達を確認すると由里の膝から力が抜け、その場にしゃがみこんでしまった。良かった――間一髪のフィナーレにとめどなく涙が溢れだした。

「危ねえ、危機一髪だったな。おまえ等、怪我はないか」

「うん、どこも痛くない。危なかったなあ」

 少年の目線に合わせて体を屈め、無事を喜ぶ尚人の首に血の筋が伝った。今になって恐怖が襲ってきたのだろう。大地少年が大きな声で泣きだす。

「怖かったか? もう大丈夫だ。ヒゲ魔人のお陰だな」

「尚、耳の後ろから血が出てるぞ、消毒しておくんだ。今日はこれまでだな。その子達を送って避難所の様子も見てきてくれ。あの余震だ、怪我人が出てなければいいが」

「了解っ!」

 カジが放り投げるポリ容器を受け取ると、ザバッと首筋に振りかけて血を洗い流す。PVの中のNAOは繊細で、ともすれば神経質にさえ映った。目の前で別人のような振る舞いを見せる尚人から感じる逞しさに、由里は彼が年下であることを忘れていた。

「大丈夫?」

 余震も動揺も収まり、腰を折ったたままの尚人に歩み寄って覗きこむ。髪に覆われ傷の深さは分からないが、既に止まりかけた出血が大きな怪我ではないことを示唆していた。由里の口から安堵の息が洩れた。

「心臓が止まるかと思ったわ」

「もうダメかもって俺も一瞬は思ったけどね。彼女になってくれるって返事をもらうまでは死ねないよ、ジュンさは?」

 普段なら一番賑やかなはずの男の声が聞こえてこない。尚人は周囲を見回した。崩れ落ちた建物の前、ここからでは下半身しか見えない小野木と、その傍らに茫然と立ち尽くすカジの姿があった。


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