検問
「復興財源については、どうお考えですか」
「俺は経済学者じゃないぞ。インタビューする相手を間違えちゃいねえか」
「いいえ、非常に興味深いお話しを伺えていると思ってます。被災者の方々を代弁するつもりで是非――」
「被災者の代弁か――見てくれで、物を言ってるだろ」
苦笑しながら由里をちらりと見る。小野木を初めて見た時抱いた印象に、彼自身自覚もあったのだろう。
「まあいい。俺はこの大震災は国家的危機だと思ってる。それなのに財源を増税や年金負担分の前借りで賄おうとしてやがる。違うだろう、祖国がなくなって金だけ残ったって何ともなりゃあしねえぞ。特定財源でも特別会計でも取り崩せばいいじゃねえか。霞が関の埋蔵金でもいい。奴等が野党だった時、散々言及したそれはどこへ行っちまったんだ? 無利子・無記名国債を発行するのもいい。税金を払いたくない大金持ちが先を争って買うだろうさ。一度すっからかんになっちまえばいいんだよ。国を作り直すいい機会だと思うがな。奴らの好きな言葉じゃねえか、抜本的改革ってヤツさ。これを契機にゼロから建て直すんだ。何だ? あれは」
小野木の指差す先には、回転灯を点灯させたパトカーが止まっていた。
「通行証? そんなもんが要るようになったのか――いつからだ?」
「先週からだよ、あんたの車も他県ナンバーだ。そういう冷やかしの連中が乗ってくる車のせいで支援物資を運ぶ車や作業車両が通れなくて迷惑してるんだ」
「冷やかしとはなんだよ。俺は被災してすぐこっちに入ってんだぜ? それにどこのボランティア団体にも登録してないから、そんなもん誰もくれやしねえし、聞いてもいねえんだぞ」
「だったら、何で登録しておかなかったんだ」
「現地に入ってんなら、あんらだって分かるだろう。言われた通り動いてちゃあ必要な所へ必要な援助なんてのは出来やしねえんだ。そんならせめて俺達だけでも小回りを利かそうと思ったんじゃねえか。ボランティアの地域格差の是正ってヤツだ。なあ頼むよ、この支援物資を待ってる人達が居るんだ」
「通す訳には行かんな。それは支援物資受付に持って行くといい」
「意地の悪い関所の番人みたいなこというなよ、報道関係者だぞ、このお嬢ちゃ……女性は」
「報道関係者も通してない」
そう言った警官の背後を、別の警官に誘導されてテレビ局の社名が書かれた車両が追い抜いて行った
「なんだよ? あれは」
小野木が憮然とした表情で通り過ぎた車を指差す。警官は一瞬気まずそうな顔をしたが、険しい顔に戻ってこう告げた。
「然るべき手続きを踏めば通行証がもらえるってことだ。ここに車を停められてちゃあ迷惑なんだ。さあ、行った行った。本当は昨日今日、物見遊山に来たんじゃないのか」
「何だと、この野郎」
手をひらひらさせて犬でも追い払うかのような警官に、小野木はドアに手を掛け飛び出して行こうとする。ひやひやしどうしだった由里は彼の腕を掴んで、なだめるように言った。
「他にもあるっておっしゃいましたよね? 報道されていない真実が。そちらを先にしたらどうでしょう」
「ちきしょう、覚えてやがれ」
由里に諭され、ようやくドアハンドルから手を離す小野木だった。素面で警官に捨て台詞を吐く男を初めて見た。鼻息も荒く方向転換をしようとした彼が、対向車線に停まったジープに目をとめ声を上げる。
「あっ、ジェイクじゃねえか、おーいジェイクー」
車から降り立った黒人兵士に呼びかける。米軍かしら? 『おーい』じゃあ通じないでしょうに――そんな小野木の行動に呆れたが、意外にも兵士は彼をみとめて歩み寄ってきた。
「Oh,Hi,June.Got a problem with something?(やあ、ジュン。ここでなにをしている?)」
「Loolit here,Dude.He says,You not authorized to go there――(聞いてくれよ相棒、奴はここを通さないって――)」
小野木は口角泡を飛ばす勢いで、身振り手振りを交えてまくしたてる。ジェイクと呼ばれた米兵は両手を広げたり肩をすくめたりしながら頷いていたが、ジープに戻ると同乗していた自衛官に何事か告げて小野木に向かって親指を立てた。自衛官は検問の警察官に歩み寄って、こちらを指差しながら話している。
「通っていい」
「おうとも」
粗暴な返事で、警官が移動したパイロンすれすれを走り抜けて行く。
「ったく、けったくそ悪い奴だぜ。ジェイクがいいっていえばいいのか? 戦後の進駐軍様かっつうの」
困ったオジサマね、駄々っ子みたい。なおも、ぶつくさ言い続ける小野木に、由里は仕方なくご機嫌伺いを仕掛ける。
「小野木さんは、英語が話せるんですね」
「ああ、アレか――嫁さんが中学の英語教師なんだよ。NHKの英会話と映画で覚えた俺の発音は相当いい加減だったらしく。再教育してやるってなもんで、お許しが出るまでずっと家庭内の会話を英語にされちゃってな。酷い目にあったぜ、俺は生徒じゃないってんだ」
眉尻を下げる小野木に、由里は思わず噴き出してしまう。
「なんだ、仙ちゃん笑えるんじゃねえか。昨夜からずうっと怒ったような顔をしてるから鉄の女なのかと思ってたぜ」
「意味もなく笑うのが嫌いなだけです、さっきの米兵はお知り合いなんですか?」
「ジェイクか? 以前、奴等が乗ってた車がエンコしてたのをカジさんが直してやったことがあってな。で、お前らもボランティアかって聞くから、そうだ、救援物資を運ぶなら手分けしてやろうってことになって、以来あちこちでちょくちょく顔を合わせてるうちに仲良くなったって訳さ。大きな声じゃ言えねえが、この車のガソリンも奴等からもらってる。緊急車両以外は売ってくれない時期があったんだ。しかし、アメ車ってのは湿度と埃に弱いもんだな。砂漠もハリケーンもある国なのに――」
「原発はどう思われます」
脱線しかける小野木を由里のフィールドに呼び戻す。自分の話したいことは放っておいても話し続けるが、そうでない話題には口をつぐむ。小野木はそういった種類の人間らしい。
「ん? お堅い話に逆戻りか、いいだろう。そうさな、人は豊かな生活を求める。その基盤となるのが、仕事だ。政治家は政治の場に、電力会社は原発にとしがみつく。それを脅かされれば誰だって必死になるだろう。一つでも炉心を残そうとしたのは当然だろうな。避難民が食糧を必死に求め。よりよい生活のために仮設住宅を求めるのだって同じことだ。出て行け、撤廃しろっていうけど、誘致してその恩恵に授かってたのは誰なんだ? ここを先途と、反対反対と叫ぶ連中は何でもっと前からやんなかったんだ。こんな時代だ、調べようと思えば原発の危険性なんていくらでも調べられたはずだろ? 事故が起き災難が自分の身に及んでから騒ぎだすんじゃ遅えんだよ。俺は肯定も否定もしない。あって困る人も居るが、なくなって困る人だって居るんだからな。ほれ、あっちを見てみろ」
彼が指し示す沿岸部の被害は尋常ではなかった。ガラスのなくなったコンビニの店内にはガレキがなだれ込み、何艘もの船が骨組みだけになった建物の間に横たわる。防波堤も防風林もなぎ倒され、建物の基礎さえ引き剥がされている。田植えの時期でない水田に張られた水は海水なのだろう、これが引く日が来るのだろうか? 言葉を尽くして語れるものではない半面、たった三文字に形容されもした。ひどい……と。