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第18話  アピアリング

晩秋の陽光が湖畔を朱色と黄金色に染め上げていた。時折、冷たい風が吹き抜けるが、その冷たささえも季節の風情を感じさせる、心地よい響きだ。


アルトは特製のテーブルを広げ、静かに作業に没頭していた。手元には、緻密な木目を誇る古木の枝が置かれている。世界樹の創造主・リラから一押しでもらったこの枝は、神々が触れるだけで感嘆する芸術品だ。


「ふむ……この木目を生かせれば、もう少ししっくりくるかな」


静かな呟きが、湖面に映る紅葉の影に吸い込まれていく。


神界では「アピアリングの貸与に関する法制」が急ピッチで進められていた。貢献度の高い神から順に貸与され、譲渡すること、許可のない領土への降臨などは厳格な契約によって禁じられる、という。


「サーシャ、今日は新しいデザインの試作品ができるかな?」


隣に座っていたサーシャが、小さく頷いた。


「うん!お父さん、見て!この模様、キラキラして素敵だね!」


彼女が差し出したのは、サーシャの枝打ち材で作ったリングの粗品。愛嬌はあるが、まだ本筋ではない。


アルトはそっと肯定を返しつつ、リラからもらった古木へと視線を戻す。


「これでいいか。あとは仕上げを施すだけだ」


魔法創造の力による微調整が始まると、木の表面が、内に秘めた光を放つように静かに脈打ち始めた。金のような派手な輝きはない。主張せず、しかし誰もが「究極」だと認める佇まいは、真の審美眼を持つ神々の心を掴んで離さない。


このリングには、アルトの魔法による『不壊』の封印が施されている。どんな神の力をもってしても壊れることのない、畏怖されるほどの強度だ。


その様子を遠巻きに見ていたのがカイザーだ。古風な威厳を纏いながらも、今はただ、アルトの手元をじっと見つめている。


「ふむ……アルト様の器用さときたら、流石の一言じゃな」


「カイザー、様はつけないでいいって言ってるのに」


アルトは笑い、木材を磨くサクラとハクに視線を移した。


ハクはアルトの傍らで逞しく守り神の役割を果たしている。サクラは膝のあたりで、小さな毛糸玉のように静かに存在している。


「ねぇ、カイザー。気分転換だ。より広大な見晴らしの良い場所へ、サーシャを連れて行ってあげないかい?」


アルトの提案に、カイザーは「らじゃ!」と力強く応じた。


ふと、空気が張り詰めた。アルトの脳裏に、神界の騒がしい会話がフラッシュバックする。


『アルト卿、どうかお目にかかれ』 『御身の器は、まさに天界の器なり。ぜひ、神界へ』


神々は、彼の存在そのものを「新たな娯楽コンテンツ」として渇望していた。彼に触れ、その技術を享受したいと。だが、アルトは穏やかな生活を望む。だからこそ、神界の強烈な期待や世界の消費サイクルから意図的に距離を置いていた。


「さて。アピアリングも、貸与の範囲で十分すぎるほど整った。一度、ゼウス様への報告を……というわけではないが、流れで連絡を取っておこうか」


本来、超弩級の神器であるこのアピアリングを、「無償」でお手軽な高級工芸品のように提供している。


神々の世界での通貨単位は、ルルというのだが、彼にとってもはや意味を成さない。貢献度が規格外なので、ルルは増え続ける一方だからだ。


湖畔に広がる茜色の空と、彼らの軽やかな足取り。神々が求める「絶対的な存在」の役割は一旦脇に置く。今この瞬間だけは、彼は一人の青年に戻るのだ。


アルトは湖畔の縁を歩き始めた。夕日が赤や黄色に色づいた葉を照らし出し、湖面に燃えるような反射を作り出している。


「ほら、カイザー!あそこを飛んで!」


アルトの呼びかけに、カイザーは大きく飛び上がり、夕焼け空へと翼を広げた。その背には、軽やかにサクラとハクも乗り、サーシャが目を輝かせている。


法制度も、貢献度も、ルルの桁も。 すべては、この夕暮れの風の中へと溶けていった。


「……ああ、この季節の空気はいいな」


アルトは足を止め、湖畔の草の匂いを深く吸い込んだ。軽やかな風が頬を優しく撫でる。秋は終わりを告げ、次の季節を静かに待っている。


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