婚約者に病弱な幼馴染がいたので、クレクレ妹をぶつけてみた
地味な色のドレスに古臭い宝飾品。
鏡に映る私は、子爵令嬢として最低限の体裁は保っているものの、華やかさがまるでない。
それはそうだろう。
だって、家族に愛されていないのだもの。
私、ベアトリス・ランバートは、都合のいい時にだけ使われる道具のような存在だ。
母が亡くなった日、父が連れてきたのは新しい家族。
愛人の女性と、私より三ヶ月年下の妹フローラ。
「お姉様、そのリボンとっても素敵っ!……ねぇ、フローラにちょうだい?」
「ベアトリス、お前は姉だろう? 早くフローラに譲ってあげなさい」
このような会話を、もう何回繰り返してきただろう。
半分だけ血の繋がった、たった三ヶ月違いの妹。
フローラは愛らしい容姿と舌足らずの甘え声で、私のものを次々と奪っていった。
ドレス、宝石、小物、そして父親の愛情も。
けれど私は、絶望なんてしない。
そんなのは期待するから傷つくのだ。
ならば最初から望みなんて持たなければいい。
近い将来、私は家を出るつもりでいる。
自立し自分の稼ぎで生きていこうと考えているのだ。
だから、学園では上位の成績を維持し、実務に役立つ資格を片っ端から取得してきた。
「お嬢様、あまり根を詰めすぎてはいけませんよ」
そう言って、温かい紅茶を運んでくれるのは、執事長のウォルターだ。
彼は、私が物心つく前からランバート家に仕えている超有能執事で、仕事ができない父に代わって、家や領地の切り盛りをしている。
白髪混じりの髪に小さなモノクル、柔らかな微笑みを浮かべる初老の紳士。いつも彼だけが私の努力を認め、唯一の味方でいてくれる。
「ありがとう、ウォルター。もし貴方がいなかったら、私はどうなっていたか分からないわ」
「私は、お嬢様の味方ですよ。どんな時でも」
そう言って彼は、いつもと同じ慈しむような優しい瞳で微笑んでくれるのだ。
ある日、父が意気揚々と私の部屋に乗り込んできた。
「ベアトリス、縁談だ! 相手は、アイゼンハルト伯爵家の嫡男レナード殿だぞっ!」
アイゼンハルト家は、我が家よりも格上の名門だ。
お相手のレナード様は十九歳。二歳年上の彼は、社交界でも爽やかな好青年と評判らしい。
聞けば、レナード様はあまり勉強が得意ではないそうで、伯爵は息子を支える優秀な嫁を探していたらしい。
つまり、私の成績が伯爵家の『お眼鏡にかなった』というわけだ。
最初の顔合わせの日。レナード様は、噂通りの好青年だった。顔も整っているし背も高い。
「初めまして、ベアトリス嬢。君のような聡明な女性と婚約できて光栄だよ」
彼はそう言うと屈託なく笑って、可愛い花束と流行のお菓子をプレゼントしてくれた。
………………嫌な予感がする。
あまりにも完璧な婚約者。
案の定、二度目の顔合わせの際、偶然を装って現れたフローラは、レナード様を見て目をギラつかせた。
「なんて素敵なお兄様なのかしらっ! 私、妹のフローラです。お姉様ばかりずるいわ…」
獲物を狙う肉食獣の視線。私は確信した。
この男も、クレクレの対象になったのだと。
予感は的中。それからのデートは、必ずと言っていいほどフローラが乱入した。
「お兄様、髪にネックレスが絡んで取れないの……」
「お兄様に食べてほしくて、ケーキを焼いたのよ」
レナード様も鼻の下を伸ばして「フローラ嬢は今日も元気だね」と満更でもない様子。
辟易した私は「外で静かに過ごしませんか?」と彼を連れ出した。
しかし、そこには新たな刺客が待っていたのだ。
「あら、レナード様!……ゲホッ、ゲホッ! こんなところでお会いできるなんて嬉しい………ゲホッ、ゲホッ」
現れたのは、レナード様の幼馴染だという元男爵令嬢のセシリア様。現在は、アイゼンハルト家の使用人をしているらしい。
彼女は、フラフラ倒れそうになりながらレナード様の腕にしがみついた。
こんな状態で使用人が務まるのかしら?と首を傾げそうになったが、何か事情があるのかもしれない。
「セシリア! 体調が悪いのにどうして外へ? さあ、僕に掴まって?」
レナード様は私のことなどすっかり忘れて、使用人である幼馴染を介抱し始めた。
えーと…………私、もう帰ってもいいかしら?
結婚して家を出るのもアリかも? なんて思ったりもしたけど、あれは駄目だ。
私は屋敷に帰り、ウォルターに愚痴をこぼした。
「それは、お嬢様には相応しくない御仁ですね」
ウォルターは苦笑しながら、私の好きなアールグレイを淹れてくれた。
「ベアトリスお嬢様は、この世界で一番、何よりも大切にされるべきだと私は思っております」
ウォルターの優しい言葉に癒やされながら、大好きなアールグレイを飲んだ。
「あんな男はお断りだわ。いっそ、フローラが嫁入りすればいいのよ」
私は、レナード様とのデートをすべてキャンセルして「体調不良ですので、代わりに妹を」と言って、フローラを送り込むことにした。
そうして、クレクレ妹と病弱な幼馴染は、真っ向から衝突したのである。
レナード様はどちらにも良い顔をして、「二人とも僕のために争わないでくれ!」と悦に浸っているらしい。
私はその間に着々と準備を進めた。
簿記、法務、薬草学。あらゆる資格を取った。
そして十八歳の誕生日——つまり成人したその日に、この家とは縁を切る計画だ。
成人すれば、それらの手続きをすべて自分だけで行えるようになる。
「私が家を出る時、一緒に来てくれる?」
冗談のつもりで聞いたのに、ウォルターはいつになく真剣な眼差しで答えた。
「もちろんです! ベアトリスお嬢様。私は、どこまでもお供いたします」
「ふふふ、それは心強いわね」
実務をすべて担っているウォルターがいなくなったら、散財癖のある母娘と無能の父しかいないランバート家は確実に没落するだろう。
もちろん、本当に一緒に来てくれるなんて思ってないけれど、少し想像しただけで胸がすく思いがした。
誕生日の一週間前。
久しぶりにレナード様がやってきた。
「ベアトリス嬢、そろそろ結婚の話を進めよう。父上に急ぐように言われてね」
私は耳を疑った。
「そのお話、まだ生きていたのですか? フローラやセシリア様とはどうなったのです?」
「あぁ、彼女たちのことか。二人とも僕を愛してくれているからね。愛人として迎えようと思っているよ」
彼は一点の曇りもない笑顔でそう答えた。
この人って……救いようのない馬鹿だったのね。
もはや怒りすら湧いてこない。
「私、浮気者と結婚するつもりはありません。この縁談はお断りします」
「なっ……! 君の家は我が家より格下なんだぞ? それに僕は、君の頭脳がなければ困るんだよ!」
本音をだだ漏らした彼は「また来るから!」と言って鼻息荒く帰っていった。
大きなため息が溢れる。
これは厄介だわ。妹を押し付けてフェードアウトするつもりだったのに。
まさか、姉妹両方を娶るなんて言い出すとは思わなかったのだ。
普通に嫌だし気持ちが悪い。
私の理想は、真面目で一途な男性なのだ。
それこそ怖いくらいに深く愛してくれる人がいい。
駄目な父親を見て育ったので、そこは譲れない。
「いっそ、今夜にでも出ていこうかしら?」
成人まであと数日だが、もう我慢の限界だ。
どこかに身を潜めていて、成人になったらすぐ書類を提出すれば家との縁は切れる。
荷造りをしていると、急に部屋の扉が開いた。
そこには余裕のない顔をしたウォルターが立っていた。髪も少し乱れている。きっと、様子のおかしい私に気づいて、急いで来てくれたのだろう。
「お嬢様、お手伝いします。共に屋敷を出ましょう」
「ウォルター……ごめんなさい。私、貴方を雇い続けるお金がないのよ」
「金など必要ないのです。ベアトリスお嬢様」
その低く響く声は、もはや聞き慣れた優しい老執事のものではなかった。
ただならぬ気配に背筋がゾクリとする。
バチンと何かが弾ける音がして、彼の姿を覆っていたまやかしの霧が少しずつ晴れていった。
目の前に現れたのは、月光を溶かし込んだような金の双眸を持つ、神々しいまでの青年だった。
「え?…………ウォル、ター……?」
「認識阻害の魔法を解くのは久しぶりだ。驚かせてしまったかな?」
青年は自らを『竜人』と明かした。
それは、この国が神として崇める尊い存在だ。
「貴女が誕生した瞬間、魂が悟ったのだ。私の番が生まれてきたのだと。それからずっと、君が大人になるのを待っていたんだよ」
ウォルターは、愛おしそうに私を見つめる。
「婚約者ができた時は、そいつの首を撥ねてしまおうかと思ったが、あまりのポンコツぶりに安心したよ。君があんなポンコツを選ぶはずないと思ったからね」
「ずっと………見ていたの?」
「あぁ、生まれた時からずっと見ている。だから、君の好みはすべて把握しているよ。どんな味が好きで、どんな男を理想としているかもね」
そう言って、少し意地悪そうに微笑む彼の眼差しは、全身の肌が粟立つほど美しかった。
そして何よりも、彼から溢れ出す逃げ場のない執着に胸がときめく。
「人間界など捨てて、私と共に天界へ来ないか? 貴女の望むものすべてを私が与えよう」
こんなのって、反則だわ!……私は、心の中で文句を言いながら、彼の胸に飛び込んだ。
長年私を支えてくれた優しい温もりは、姿が変わっても変わらない。
むしろ、この重すぎる愛こそが、私がずっと欲しいと願っていたものなのだ。
その後、長女と執事長が消えてしまったランバート家は、数ヶ月もしないうちに破産した。
レナード様は、金の使い込みが発覚して、廃嫡されたそうだ。フローラとセシリアが、競うようにおねだりをしたのが原因らしい。
平民落ちしたフローラと、何故か急に健康体になったセシリアは、場末の酒場で悪態をつきながら「お次は、もう少しマシな男を捕まえるわよ!」と、二人で協力し合って獲物を探しているらしい。
そして私は、豪華絢爛な宮殿のベッドの上で、愛する夫に抱きしめられながらアールグレイを飲んでいる。
「ねえ、ウォルター………いくら何でも愛が重すぎるって言ったの、覚えてる?」
「あぁ、覚えているよ。だが、君が悪い。君が可愛すぎるのがいけないんだよ。それに、これまでずっと触れるのを我慢してきたんだ。その埋め合わせはちゃんとしてもらわないとね?」
鼓膜を震わせる低音が耳元で優しく響く。
彼は、壊れ物を扱うように私を抱きしめ直すと、頭から肩へと順に口付けを落とした。
肌をなでる熱い吐息に思わず声が漏れる。
もう………本当に困った人ね。
そんな甘くて重い独占欲に包まれて、私のなけなしの理性は、深い幸せの中にとろりと溶けていくのだった。
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