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童貞オイリー、娼館でざまあされる

掲載日:2026/01/01

第一部:薄汚れた光の中で



ギラギラと湿った蛍光灯が、寂れた娼館の薄汚れたカウンターを照らしていた。壁は剥がれかけ、床はベタつき、香水とも酒ともつかぬ混じった匂いが空気を支配している。


り高橋智也。35歳。童貞。肌はオイリーで常にテカり、清潔感は限りなくゼロ。普段は陰キャの引きこもりで、同僚や友人ともほとんど接点がない。だが、ある日「俺も女性を知るべきだ」と謎の使命感に駆られ、行きつけの娼館に初めて足を踏み入れた。

カウンター越しに迎えるのは、白粉を厚く塗った娼婦たち。彼女たちは長年の経験で、初めて来る童貞を瞬時に見抜く。

「え…っと、初めて…ですか?」

「そうよ、顔から全て滲み出てるわ」

鋭い指摘に、智也は顔を真っ赤にして俯くしかなかった。

席に案内されると、薄暗い個室に通される。古びたソファ、油で光る床、そして天井から垂れ下がる蜘蛛の巣――すべてが退廃的で、智也の心をざわつかせる。



「本当にここで…いいのかな…」



声にならない声を漏らす彼を、娼婦は冷たく笑った。



「お前みたいなの、何人も来ては潰れていくのよ」



智也はテーブルに置かれたメニューを見ても、何を選んでいいかわからない。値段表よりも自分の存在の惨めさが先に目に入るのだ。



「君、皮膚テカってるわね」



娼婦は無遠慮に指摘する。智也のオイリーな肌は、蛍光灯の下でいや増すばかりだ。



「そんな…自分でもわかってます…」



智也は必死に平静を装うが、言葉は震え、手は脂で滑る。

その様子を見て、娼婦は軽くため息をつく。




「初めてだからって遠慮する必要はないけど、現実は甘くないわよ」




智也は「現実」とは何かを理解する前に、彼の心臓は早鐘のように打ち始める。


個室のドアが閉まり、娼婦は智也の前に座る。距離は近く、匂いが直に鼻をつく。智也はオイリーな手をぎこちなく机に置く。




「さあ、どうするの?」

「えっと…えっと…」



何もできない。頭の中は真っ白で、思考は脂のように重く、手足も動かない。

娼婦は少し首をかしげ、そして笑った。




「やっぱりね…」




その一言に智也の自尊心は崩壊する。

ここで智也が持つ「童貞オイリー」の特徴は、物理的にも心理的にも敗北を示している。彼の汗、脂、そして逃げ場のない惨めさ――すべてが娼婦の目には手の内を晒した獲物のように映る。



その夜、智也は何も得ずに帰宅した。財布は空になり、心はボロボロ。だが、同時に一つの真実を理解した。





「女性は…俺の想像以上に手強い…」




娼館の灯りに照らされた自分のオイリーな顔を鏡で見ながら、智也は初めて自分の惨めさを直視する。



「これが…俺の現実か」



そうつぶやき、脂ぎった手で顔を押さえる。その瞬間、智也は気づく。努力も準備もなしに、世界は簡単に自分を踏みつけるのだ、と。





第二部:またもや娼館に挑むオイリー



智也は前回の惨敗を胸に、再び寂れた娼館の前に立っていた。

「今度こそ…」

オイリーな顔を手でぬぐいながら、彼は小さく息をつく。外は寒く、灰色の空気が街を覆っている。だが彼の心の中は、寒さどころか熱い戦意で沸いていた。

前回の惨めな記憶がフラッシュバックする。手の震え、脂でテカった額、娼婦の冷たい笑い声…あの夜の自分は、まるで存在そのものを否定されたかのようだった。



「でも、俺は…あきらめない…」




智也はそうつぶやき、扉を押した。

中に入ると、薄暗い光と埃っぽい匂いが迎えた。前回よりもさらに退廃的な空間が広がる。カウンターの向こうには、顔に厚く白粉を塗った娼婦が座っていた。智也を見るなり、娼婦は目を細めた。



「また来たのね…あんた、前より油っこくなったんじゃない?」

「う、うるさい…」




智也は赤面して言い返すが、皮膚の脂は止められない。指先までじっとりしている自分を認めざるを得ない。

娼館の奥に案内される。前回の惨めさを思い出し、智也は足取りが重い。しかし、心のどこかで「今回は違う」という意地もあった。薄汚れたソファに座ると、娼婦が近づき、甘くも冷たい声で囁く。



「さあ…どうするつもり?」



智也は手の脂を気にしつつ、言葉を探す。頭の中は空白で、理性も羞恥心も入り混じり、思考は脂のように重くねっとりとしていた。前回の敗北を思い出し、彼は必死に心を落ち着けようとする。

しかし、娼館の空気は容赦なかった。隣の部屋からは別の客と娼婦の声が漏れ、淫らで生々しい音が智也の鼓膜を打つ。胸の奥から緊張と興奮が混ざった感覚が湧き上がり、脂ぎった手のひらはさらに汗ばんでくる。




「お前…本当にやる気あるの?」




娼婦の目が鋭く光る。智也は必死に頷く。

「はい…今回は…負けません…」

だが、理性はもう限界だった。脂ぎった肌は光を反射し、緊張と羞恥の赤みが混ざって、彼の顔はまるで昼間の蛍光灯の下で輝く油絵のようになっていた。

智也は自分の手を見つめ、どうにか行動に移そうとするが、前回の記憶が邪魔をする。ぎこちない動作、震える声、何もできずに見つめるだけの自分――その惨めさは、彼に再挑戦の勇気を与えると同時に、打ちのめす。



「よし…今回は…」



智也は深く息を吸い込み、手を差し伸べた。しかし、娼婦は軽く笑い、冷たく指摘する。




「まだまだね、甘いわ…」




その一言で、智也の心は再び揺れ動く。だが同時に、小さな火花も生まれた。前回の自分を超えたい、惨めさを笑い飛ばしたい、そういう気持ちが彼を支配する。

薄暗い娼館の中で、脂ぎった智也は孤独に戦い続ける。周囲の淫らな声と匂い、そして自分のオイリーな存在感…すべてが混ざり合い、彼の初めての挑戦は、まだ序章に過ぎないことを示していた。

智也はまだ何も手に入れていない。しかし、その失敗と羞恥の中で、確かに何かが芽生えつつあった。次は、もう少し自分を信じてみるべきだと、脂の光を浴びながら彼は思ったのだった。



第三部 処女さくらと出会う



智也は薄暗い娼館の奥で、またもや戸惑いながら足を踏み入れた。前回の惨敗にもかかわらず、彼の胸の奥には微かな期待があった。




「今度こそ…誰かに出会えるかもしれない…」




そのとき、薄暗い部屋の片隅に、ひっそりと座る少女の姿が目に入った。肩までの黒髪、真っ白な肌、そして何よりも、まだあどけなさの残る目。智也は一瞬息を呑む。



「あなた…初めて?」




少女はかすかな声で尋ねた。その声は震えていて、まるで氷の上に立っているような緊張感があった。

智也は思わず頷く。



「あ、ああ…そうだ…」



自分と同じ“初めて”を抱える存在に、胸の奥で奇妙な連帯感が生まれる。

少女の名前はさくら。智也と同じく、まだ誰とも交わったことのない純粋な処女だった。二人の視線が交わる瞬間、娼館の薄暗い空気が少しだけ温かく感じられた。




「怖いよね…」



さくらは小さく笑った。その笑顔は、智也の胸をぎゅっと締め付ける。




「う、うん…怖い…でも、なんだか…安心する」




智也は自分でも驚くほど自然に言葉が出た。さくらの存在が、娼館の淫靡さを少しだけ忘れさせてくれる。

二人は互いに見つめ合いながら、少しずつ距離を縮めた。脂ぎった手のひらはまだ震えていたが、さくらの手もまた緊張で震えていることに気づく。




「私…どうしたらいいのかわからない」

「俺も…だ」




声を潜めて、二人はそっと手を触れ合わせる。その瞬間、智也の中で何かが弾けた。震える手の温もりが、これまでの孤独や惨めさを一瞬で溶かしてしまう。

さくらもまた、智也の存在に心を許し始めていた。娼館という淫らで不気味な空間で、初めて“自分と同じ人”に出会えたことが、奇跡のように感じられた。

二人はソファに並んで座る。智也のオイリーな手は少し恥ずかしかったが、さくらもまだ純粋な初めての手つきで、それを受け入れてくれた。視線を交わすたび、心臓は早鐘のように打つ。




「ねえ…触れてもいい?」




さくらの声は小さく、でも確かな決意がこもっていた。智也は頷き、そっと手を伸ばす。二人の指先が絡む瞬間、互いに熱い鼓動が伝わる。

その夜、娼館の薄暗い部屋は、二人だけの世界になった。淫らな声や匂い、過去の惨めな記憶は、さくらと智也の間に立ちはだかる壁ではなくなった。二人の初めて同士の感覚が、すべてを包み込む。

智也は自分の脂ぎった肌を恥ずかしく思いながらも、さくらの手の柔らかさに触れ、心が少しずつほぐれていくのを感じた。さくらもまた、智也のオイリーな存在を受け入れ、恐怖や羞恥を超えた温かさを見出す。



「一緒に…頑張ろう」




智也の言葉に、さくらは微笑む。



「うん…一緒に…」




娼館の薄暗い光の下、二人は初めて互いを認め合い、心の奥底で繋がった。孤独と羞恥の中で芽生えた奇妙な絆。それは、これから始まる二人の物語の序章に過ぎなかった。

その夜、智也はさくらと出会ったことで、これまでの惨めさも、脂の重さも、少しだけ意味を持つように思えた。二人の処女同士の初めての出会いは、寂れた娼館の中で、ひそやかに花開いたのだった。




第四部:さくらとの交わり



薄暗い娼館の一室で、智也とさくらは互いの存在を確かめ合うように向き合っていた。お互いの手が触れ合うたび、初めての感覚がじんわりと広がっていく。

智也のオイリーな手は、さくらの柔らかい肌に滑る。最初はぎこちなかったけれど、二人の呼吸が徐々に重なり合い、羞恥や恐怖は甘い期待に変わっていった。




「智也…ちょっと怖いけど…でも、触れてほしい」




さくらの声は震えていた。智也は頷き、そっと指先を滑らせる。熱を帯びた手のひらがさくらの肌に触れる瞬間、二人の心は同期するように跳ねた。

互いに初めてを共有することで、羞恥心は逆に快感のアクセントとなる。智也のオイリーな指先は、さくらの柔らかさに触れるたびに、じんわりと熱を帯びる。さくらもまた、智也の体温に触れ、羞じらいながらも徐々に受け入れていった。





「智也…もっと…」





さくらの小さな声に、智也の胸は高鳴る。お互いに初めての快感を知らぬまま貪り合う二人。恐怖と快楽が入り混じる複雑な感情が、部屋を満たしていく。

智也は自分の脂ぎった体を恥ずかしく思いながらも、さくらの体の柔らかさや温もりに触れることで、羞恥は快楽に変わっていった。さくらもまた、智也の存在を全身で受け入れ、互いの体温と鼓動を感じながら、心も体も溶け合う。

初めて同士の交わりはぎこちなく、しかし互いを深く求める気持ちは確かだった。指先が肌をなぞるたびに、二人の体は微かに震え、唇や視線を交わすたびに胸は熱く高鳴る。




「さくら…気持ちいい?」




智也の問いに、さくらはうなずきながらも、かすかに顔を赤らめる。



「うん…智也…気持ちいい…」




その言葉が智也の耳に届くたび、体の奥から熱い衝動が湧き上がる。お互いに初めての快楽を貪ることで、羞恥も孤独も、すべて忘れられる瞬間だった。

二人は互いの快感に没入し、時間の感覚も忘れる。指先や唇、体の接触が、羞恥と快感を複雑に絡め取り、二人だけの世界を作り上げる。

智也の手はさくらの柔らかい体に触れ、さくらの手は智也のオイリーな体に滑る。互いに初めての体験を共有し、羞恥心を快楽に変えながら、夜はゆっくりと過ぎていく。




「智也…もう…我慢できない…」




さくらの息が荒くなる。智也もまた、全身で快感を受け止めながら、初めての興奮に身を任せる。二人の体は熱く交わり、羞恥と快楽が交錯する瞬間が連続して続く。

初めての交わりに戸惑いながらも、互いの存在が快楽の支えとなり、羞恥心を凌駕していく。オイリーな体も、初めての触れ合いも、すべてが二人にとって特別な体験となった。

その夜、智也とさくらは互いの快感に身を委ね、初めての体験を分かち合った。羞恥や恐怖を超えて、二人だけの快楽の世界が生まれた瞬間だった。

娼館という寂れた場所であっても、二人の初めての夜は、恐怖よりも快感が勝る、特別で濃密な時間となった。





第五部:椿が落ちる




朝の薄明かりが娼館の窓から差し込む。智也とさくらは、昨夜の熱に包まれたまま、重なり合った布団の中で静かに息を整えていた。

だが、その幸せは長くは続かない。さくらの部屋に、娼館の主人である椿が入ってきた。彼女の視線は鋭く、二人の距離を無言の力で分断する。




「お客さんの時間は終わりよ」




椿の言葉は柔らかく響くが、重みがあった。智也とさくらは互いの顔を見つめ、言葉を交わすこともできず、ゆっくりと距離を取らざるを得なかった。

その瞬間、昨夜の濃密な体験は、娼館という現実の中で色褪せる。お互いの「初めて」は、ただの記憶として胸に残るだけで、二人の間に存在し続けることはできなかった。

智也はさくらの手をそっと握り、さくらもまた、震える手で応える。だが、椿の目は冷静で、二人の甘い余韻を許さない。快楽と羞恥に塗れた夜は、娼館の現実に覆い隠されていった。




「…また会えるかな」




さくらの小さな声が、智也の胸に刺さる。二人はお互いの目をしばらく見つめ合った後、無言で距離を離すしかなかった。

その瞬間、二人の初めては完全に奪われた。肉体の快楽は一瞬で消え、残るのは甘く切ない記憶だけ。椿という現実の存在が、二人の間に横たわり、初めての体験を現実のものにさせない。

娼館の冷たい空気が、二人の余韻を包み込み、快楽と羞恥の混ざった夜は静かに幕を閉じた。智也とさくらにとって、あの初めての夜は、もう二度と同じ形で取り戻すことはできない特別な記憶として、胸に刻まれるだけだった。




第六部:悲しい運命




智也は、昨日の夜の熱をまだ体に残したまま、寂れた娼館の廊下を歩いていた。木の床は軋み、古い電球の明かりが薄く揺れる。空気は埃っぽく、かすかな香水の匂いが混じっている。さくらの部屋の扉は閉じられ、もう二度と開かないような静けさが漂っていた。




「…これで、終わりなんだな」




小さく呟く智也の声は、自分の胸の奥で鳴る喪失感を抑えることはできなかった。さくらもまた、自分の部屋でその余韻に浸りながら、同じことを思っていたに違いない。二人はもう、娼館のルールから逃れることはできない。ここでは、どんな感情も、どんな初めても、長く続くことは許されなかったのだ。

朝の光が差し込む窓際で、さくらは窓の外を見つめていた。外の世界は自由で広いのに、彼女の足はここ、娼館の薄暗い部屋から一歩も出られない。智也と一緒にいたい気持ちはあれど、現実の制約はそれを許さない。




「智也くん…また、会えるのかな」




さくらの声は小さく震えていた。智也はその声を聞きながら、答えることができない。言葉で慰めても、状況は何も変わらないことを知っていたからだ。

二人は、昨日の夜に交わした甘い記憶を胸にしまい込み、言葉少なに互いの手を握った。その温もりが最後のつながりであり、もう二度と触れられない現実を痛感させた。

娼館の廊下を歩く智也の耳に、椿の声が響く。




「次のお客さんの準備をしておきなさい」





その短い言葉に、二人の時間は切り取られ、過去になった。智也は椿の冷たい視線を避けるように目を伏せ、ゆっくりと部屋を後にした。


さくらもまた、自分の部屋で身を縮め、涙をこらえる。昨日の夜に味わった快楽は、もう二人のものではなく、娼館の記憶として閉じ込められてしまったのだ。恋愛ではない。互いに惹かれ合ったとしても、この場所ではそれを持続させることはできない。


智也は廊下の奥で立ち止まり、振り返った。さくらの部屋の扉は固く閉ざされ、もう二度と開かない。心の中で「さくら…」と呼ぶが、応える声はない。手を伸ばしても届かない距離に、初めて、現実の非情さを思い知った。


二人の初めては、この娼館の薄暗い空間の中でだけ輝き、そして消えていった。互いの体と心が重なった瞬間は、甘美で、激しく、そして儚かった。だが、現実の時間は容赦なく二人を引き離す。智也は深く息を吐き、さくらも小さく肩を震わせたまま、泣くこともできない。涙をこらえ、ただ静かに運命を受け入れるしかなかった。


廊下を歩きながら、智也は思った。外の世界では、まだ彼女と出会う可能性はあるかもしれない。しかし、この娼館という制約の中では、もう二人の時間は終わった。さくらの存在は、自分の胸の中でだけ生き続ける。快楽も、初めても、甘い記憶も、すべてが過去のものとなる。




「…さようなら、さくら」




智也は心の中でそう告げる。さくらもまた、同じように小さく自分の胸でつぶやいているはずだ。二人の心はまだ互いを求めている。しかし、娼館という現実が、その思いを許さない。


その夜、二人は別々の部屋で眠りについた。窓の外には冷たい風が吹き、娼館の屋根を叩く雨音が響く。甘く切ない記憶が、二人の胸に重くのしかかる。智也もさくらも、互いの温もりをまだ忘れることはできない。しかし、この場所では、それを取り戻すことはできないのだ。

翌朝、智也は荷物をまとめ、娼館を去る準備をした。さくらもまた、自分の部屋で静かに身支度を整える。二人の運命は、この瞬間で決まった。再び出会うことはあっても、昨日の夜のような甘く激しい時間は二度と戻らない。

智也が廊下を歩くたび、さくらの影が扉越しに揺れる。互いに最後の視線を交わすが、言葉はない。涙もない。ただ、静かに運命を受け入れ、別れを告げるしかない現実がそこにあった。

外に出ると、冷たい冬の空気が智也を包む。さくらもまた、窓の外を見つめ、同じ冷たい風を感じているはずだ。互いに触れられない距離に、心だけが甘く切なく引き裂かれる。娼館という空間が、二人の愛情も快楽も、記憶としてしか残さないのだ。

二人の初めては終わった。だが、心の奥底には、互いの存在が確かに刻まれた。悲しい運命に翻弄されながらも、その記憶だけが、二人を静かに支えていた。





エピローグ:記憶に残る時間

娼館を去った智也は、外の世界に戻ったものの、心の中にはまださくらの影が濃く残っていた。通りを歩く人々や、寒風に吹かれる街路樹の音にも、あの夜のさくらの声や息遣いが混ざって聞こえる。




「…こんなに、離れても…」




智也は小さくつぶやく。手を伸ばしても届かないことを知りながら、心の奥ではまだ彼女の温もりを求めていた。通りすがる人々の笑い声や、商店の明かりが、昨日の熱の余韻を思い出させる。甘く、激しく、そして儚い。

一方、さくらも自分の部屋で同じように心を揺らしていた。窓の外の街は、外の世界の自由を象徴するかのように広がっているのに、彼女の心はあの娼館の薄暗い部屋に留まっている。智也と交わした初めての夜は、彼女にとって宝物であり、同時に失ったものの痛みでもあった。




「智也くん…また、会える日が来るのかな」




さくらは窓際に手を置き、外を見つめながらも、答えのない問いを自分に投げかける。胸の奥で、昨日の快楽がまだ熱を帯びて残っている。触れ合った感触、囁き、重なった体の感覚。それは決して消えることのない記憶となり、悲しい現実を彩っていた。


二人は物理的には離れているが、心の中ではまだ互いを求めている。街の雑踏や日常の騒音の中で、互いの存在を思い出すたび、胸にぽっかりと穴が空くような感覚に襲われる。しかし、その痛みもまた、昨日の夜の甘美さを強くするものだった。


智也は一度、さくらと過ごした部屋のことを思い出した。窓から差し込む淡い光、床に残る埃の匂い、触れ合った瞬間の熱。それは現実の記憶であり、二度と戻ることのない瞬間だ。だが、心はまだそこに留まり、彼女の存在を忘れようとはしなかった。


さくらもまた、同じことを感じていた。窓から街を見下ろしながら、智也の笑顔や手の感触を思い出す。その痛みは胸を締め付けるが、それでも思い出すことで、二人の時間は永遠のものになる。悲しみの中にこそ、甘い余韻が残るのだ。

日々は流れ、娼館のルールは二人を引き離したままだ。だが、記憶の中でだけ、二人はまだ隣にいる。智也の心の奥底でさくらは笑い、さくらの心の奥底で智也は手を伸ばしている。触れ合った温もりは過去のものになったが、心の中では鮮やかに残り続けていた。


そして、ふとした瞬間に思い出す。街の匂いや、夜の静けさ、薄暗い部屋の匂い。全てが二人の思い出を呼び覚まし、甘く切ない余韻となる。智也もさくらも、その記憶を抱きしめながら、現実の生活を生きていくしかないのだ。




「また、どこかで…」




智也は独り言のようにつぶやく。さくらもまた、夜の静けさの中で小さくつぶやく。二人の声は、空間の中で交わることはない。しかし、記憶の中でだけ、二人の心はまだ重なり合い、初めてを共にした夜の甘美さを静かに温め続けていた。


悲しみと切なさの中にこそ、二人の初めては色あせず、永遠に輝き続ける。娼館という現実が二人を引き離しても、心の奥底ではまだ互いを抱きしめている。甘美な夜の余韻は、二人の胸に深く刻まれ、人生の中で静かに生き続けるのだった。


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