第6話「重課金馬車と、見えない血の道」
王都の門を出て数時間。僕たちの旅は、勇者の過酷な冒険というよりは、貴族のピクニックと化していた。
「すごーい! 中がこんなに広いなんて! ソファーふかふかだし、冷蔵庫もあるよヴェイン!」
セレスティアが歓声を上げながら、馬車の中を飛び回っている。
外見は普通の馬車だが、内部は『空間拡張』の魔法が施されており、高級ホテルのスイートルーム並みの広さがあった。
「お気に召しましたか、勇者様。これは我が商会が誇る最高傑作、揺れ防止のサスペンション完備、完全防音の特注馬車ですわ」
対面の席で、ミレーヌが優雅に扇子を仰いでいる。
彼女は「補給係」という名目でパーティに加わったが、その実態はヴェイン(僕)専用のATM兼世話係だ。
「ありがとうミレーヌさん! これなら野宿しなくていいから、毎日お風呂に入れるね!」
「ええ、もちろんですわ。……ねえ、ヴェイン様? この紅茶、いかがかしら? 最高級の茶葉を取り寄せましたの」
ミレーヌはセレスティアへの返事もそこそこに、熱っぽい視線で僕にティーカップを差し出してくる。
彼女の胸元から伸びる『執着の糸』は、以前にも増して太く、僕の小指に強固に巻き付いていた。金への執着がそのまま僕への愛着に変換された彼女は、僕に尽くすことに快楽を感じているようだ。
「ありがとう、ミレーヌ。君のおかげでセレスに不自由させずに済むよ」
「ああんっ、ヴェイン様に褒められた……! もっと、もっとお役に立ちますわ!」
ミレーヌが身をよじって恍惚の表情を浮かべる。
その時、僕の視界が警告色に染まった。
馬車の進行方向、約1キロ先。街道沿いの林に、ドス黒い『殺意の糸』が数十本、密集している。
オークの群れだ。
通常の物語なら、ここで最初の試練として戦闘になり、セレスティアが苦戦しながらも成長する場面だろう。
(……くだらない。雑魚との泥仕合で、彼女の肌に傷がついたらどうする)
僕はカップを置き、立ち上がった。
「ごめん、ちょっとトイレ休憩。すぐ戻るから先に行ってて」
「えっ、止める? ヴェイン」
「いや、歩いて追いつくから大丈夫。少し運動したいんだ」
僕は笑顔で馬車を降り、扉が閉まると同時に表情を消した。
◇
馬車が遠ざかると、近くの木陰から音もなくクロエが現れた。
「……主様。オークの群れ、20体。指揮官個体あり」
「ああ、見えている」
僕はクロエの頭に手を置く。
彼女の尻尾が嬉しそうに揺れた。
「クロエ。君の速さなら、馬車が通りかかる前に全滅させられるか?」
「……10秒あれば」
「よし。だが、ただ殺すだけじゃ芸がない」
僕はオークたちから伸びる『未来の糸』を視る。
彼らは馬車を襲い、セレスティアを傷つける未来へと繋がっている。
僕はその糸を束ねて掴み取り――強引にねじ曲げた。
「君たちの獲物は馬車じゃない。……『仲間割れ』だ」
ジョキンッ。
因果の剪定。オークたちの殺意の矛先を、勇者から「隣にいる仲間」へと書き換える。
森の奥から、突然の絶叫と怒号が響き渡った。
指揮官のオークがいきなり部下を殴り殺し、それに激昂した群れが共食いを始めたのだ。
「……仕上げだ、クロエ。混乱している今のうちに、一匹残らず処理しろ」
「御意」
クロエが風のように消える。
直後、森の中で血飛沫が舞う音が連続して響いた。断末魔を上げる暇すらない、一方的な蹂躙。
数秒後、返り血一つ浴びていないクロエが戻ってきて、僕の足元に跪いた。
「……完了しました。主様」
「いい子だ」
僕は彼女の顎を撫でる。クロエは目を細め、うっとりと僕の指を甘噛みした。
暗殺者としての本能が満たされたのと、僕からの承認欲求が満たされたのとで、彼女はひどく艶っぽい顔をしている。
「さあ、戻ろうか。セレスティアがお茶菓子を食べ終わる前に」
僕たちは何食わぬ顔で馬車を追いかける。
前方では、何も知らないセレスティアが窓から顔を出し、呑気に手を振っていた。
彼女の行く手には、血の一滴も、小石一つも残されていない。
ただ、綺麗に掃除された道があるだけだ。
(第6話 完)




