表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/41

第36話「たった一つの布団と、絶対不可侵の結界」

 風呂上がり、少し火照った体を夜風で冷ましながら、僕たちは宿の帳場フロントに立っていた。

 そこでは、宿の女将(実はミレーヌ商会の息がかかった従業員)が、申し訳なさそうに、しかし目は笑いながらこう告げた。


「申し訳ございません、お客様。手違いで他の部屋が全て埋まってしまいまして……。空いているのは、こちらの『特別室・連理れんりの間』のみとなります」


「えっ? そ、それって……?」

「はい。カップル様専用の、お布団が一組だけ敷かれたお部屋でございます」


 セレスティアが「ひゃうっ!?」と変な声を上げる。

 もちろん、これは僕とミレーヌが事前に仕組んだ茶番だ。本来なら宿は貸切なのだから。


「仕方ないね、セレス。野宿するわけにもいかないし」

「う、うん……。そうだよね、仕方ないよね……(ドキドキするぅ……!)」


 セレスティアは真っ赤な顔で自分を納得させている。

 僕たちは案内された部屋へと足を踏み入れた。


 ◇


 8畳ほどの和室。

 その中央には、真っ白な布団が二枚、ぴったりと隙間なく並べられていた。いや、これは実質「一枚の巨大な布団」だ。枕の距離が近すぎる。


「ち、近い……! これじゃ寝息がかかっちゃうよ……」


 セレスティアがモジモジと正座する。

 風呂上がりの浴衣姿、うなじから漂う石鹸の香り。そして「混浴」の興奮が冷めやらぬままのこのシチュエーション。

 最高の舞台だ。

 

 ――ただし、観客がいなければ、だが。


(……やれやれ。害虫駆除の時間だ)


 僕は部屋の四隅に視線を走らせた。

 天井裏、床下、そして隣の部屋との襖の隙間。そこから無数の『覗きの糸』が伸びている。


 天井裏にはクロエ。『主様の寝顔、録画する……』

 床下にはヴァレリー。『二人の重み……軋む床板になりたい……』

 襖の向こうにはミレーヌとオメガ。『初夜のデータ、高値で売れますわ』『心拍数上昇ヲ検知シタラ即座ニ突入シマス』


 彼女たちは、ここぞとばかりに監視体制を敷いていた。これでは落ち着いてイチャイチャもできない。


「セレス、ちょっと待ってて。……蚊がいるみたいだ」


 僕は立ち上がり、部屋の中央で指を鳴らした。

 空間に張り巡らされた『監視の因果』をまとめて鷲掴みにする。


 ジョキン。


 『外部からの干渉』の完全切断。

 そして、『認識阻害結界(二人だけの世界)』の展開。


「君たちの役目は監視じゃない。……それぞれ自分自身の『欲望』と戦うことだ」


 僕は切断した糸を、彼女たち自身の脳内へと逆流させた。


 ――天井裏のクロエには、『最強の猫じゃらしが目の前で揺れ続ける幻覚』を。

 「にゃっ!? これ、気になる……! 取れない……!」(バタバタ)


 ――床下のヴァレリーには、『高級羽毛布団に包まれ続けるという極上の安らぎ(彼女にとっては拷問)』を。

 「やめろぉぉ! フカフカすぎる! 体が癒やされてしまうぅぅ! もっと硬い床をくれぇぇ!」(悶絶)


 ――襖の向こうのミレーヌとオメガには、『国税局の強制捜査が入る幻覚』と『システム強制アップデート中の砂時計画面』を。

 「いやぁぁっ! 裏帳簿は見ないでぇぇ!」(パニック)

 「……更新プログラムヲ構成中……残り99時間……」(フリーズ)


 ドタバタという音が遠ざかり、部屋は完全な静寂に包まれた。

 これで、この部屋は宇宙から隔離されたも同然だ。


 ◇


「……蚊、いなくなった?」

「ああ、退治したよ。もう誰も入ってこない」


 僕は電気(行灯)を消し、布団に入った。

 隣にはセレスティアがいる。

 暗闇の中、彼女の緊張した呼吸音が聞こえる。


「……ヴェイン、起きてる?」

「うん」

「私、眠れないかも。……心臓がうるさくて」


 布団の中で、彼女の手が恐る恐る伸びてきて、僕のパジャマの袖を掴んだ。

 その小指の『恋の糸』は、暗闇の中で淡くピンク色に発光し、僕の小指へと絡まりつこうとしている。


「こっちにおいで」


 僕は彼女の手を取り、引き寄せた。

 枕の距離がゼロになる。

 おでことおでこが触れ合う距離。


「……っ! ヴェイン……」

「何も心配いらないよ。僕たちは『家族』以上の関係になるために、ここに来たんだから」


 僕は彼女の額に、優しく口づけた。

 それだけで、セレスティアの体から力が抜け、代わりに蕩けるような安堵感が広がっていく。


「……うん。ヴェインの匂い、落ち着く……」


 彼女は僕の胸に顔を埋め、そのまま腕を回してきた。

 今夜はそれ以上、何もしない。

 ただ、互いの体温と鼓動を感じながら、同じ布団で眠る。それだけで、「幼馴染」という殻を破るには十分すぎる儀式だった。


 ◇


 翌朝。

 小鳥のさえずりと共に目を覚ますと、僕の腕の中にはスヤスヤと眠るセレスティアがいた。

 そして、部屋の外はカオスだった。


「にゃ……猫じゃらし……疲れた……」と力尽きたクロエ。

「健康になってしまった……屈辱だ……」と肌がツヤツヤになったヴァレリー。

「税務署は!? 税務署は帰りましたの!?」と錯乱するミレーヌ。

「……再起動完了。……朝デスカ?」とポンコツなオメガ。


 僕たちは彼らを跨いで、爽やかに宿を出発した。

 セレスティアの顔は、昨夜よりも少し大人びて、そして僕を見る目が明らかに「雄を見る目」に変わっていた。


「ねぇヴェイン、次はどこに行くの?」

「そうだね。……少し、昔話をしようか」


 旅は続く。

 次なる舞台は、僕とセレスティアが出会う前――僕がまだ「ただの転生者」だった頃の記憶が眠る場所。


(第36話 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ