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第34話「学術都市の論争と、ピンク色に改竄された歴史書」

 大陸中から知識人が集まる『学術都市ソフィア』。

 図書館や大学が立ち並ぶこの街は、インテリたちの聖地だ。

 僕たちは、世界最高峰のソフィア大学・歴史学部長であるロゴス教授に招かれていた。


「よく来た、勇者一行。……座りたまえ」


 研究室の奥、書類の山に埋もれた神経質そうな男、ロゴスが眼鏡を押し上げる。

 彼の背後の黒板には、複雑な数式と戦場の見取り図がびっしりと書かれていた。


「単刀直入に言おう。……君たちの戦闘記録は、すべて『物理的かつ魔法的に不可能』だ」


 ロゴスが指示棒で黒板を叩く。


「例えば、このクラーケン戦。質量保存の法則を無視した加速。イグニス将軍戦における謎の筋力低下現象。そして極めつけは魔王戦……あの爆発規模が花火に変換されるなど、熱力学第二法則への冒涜だ!」


 ロゴスの目は鋭い。彼は科学と論理の信奉者であり、曖昧な奇跡を許さない。

 彼の胸元から伸びる『真理への執着』の糸は、セレスティアの功績を「捏造」と断定し、彼女を法廷に引きずり出そうとしていた。


「……えっと、それはですね、気合いというか、友情パワーで……」

「非科学的だ! 私は真実しか認めない。君が本当に英雄なのか、それとも稀代の詐欺師なのか……徹底的に解剖して検証させてもらう!」


 ロゴスが迫る。セレスティアが怯える。

 まずい。このままでは、僕の暗躍ペテンが全て白日の下に晒される。

 だが、隣で控えていた元参謀メルザが、静かに眼鏡を光らせた。


「(……ヴェイン様。あの男、邪魔ですわね。論理で口封じしましょうか?)」

「(いや、学者の相手は学者に任せよう。ただし、分野を変えてね)」


 僕はロゴスの背後に回り込み、彼の頭から伸びる『厳格な論理的思考』の糸を摘んだ。


「教授、君の計算は正しい。だが、変数が一つ抜けている」

「なんだと? 私の計算に穴など……」

「君は『愛』という名の無限エネルギーを考慮していない」


 ジョキン。


 『冷徹な史実の追求』の切断。

 そして、『過剰なロマンチシズム(恋愛脳)』への接続。


「この矛盾だらけの奇跡を説明できる唯一の解……それは、勇者と幼馴染の間に流れる『熱烈な愛の力』だ!」


 ズキューン!!


 ロゴスの眼鏡が割れた。

 彼の脳内で、無機質な数式が、バラ色のハートマークに変換されていく。


「……あ、愛……だと……? そうか、そうだったのか!!」


 ロゴスは黒板に猛烈な勢いで書き込みを始めた。


「クラーケンを引いたのは『二人の愛の共同作業』! 魔王の爆発が花火になったのは『二人の愛が世界を祝福したから』! すべての物理法則を凌駕するエネルギー、それは……ラブ・パワー!!」


 ロゴスは興奮のあまり鼻血を出し、セレスティアと僕を交互に指差した。


「素晴らしい! これこそが歴史の真実だ! 教科書を書き直さねば! タイトルは『魔王討伐戦記』ではない……『セレスティアとヴェインのラブラブ世界旅行記』だ!」


「えっ? えっ? あの、教授? 歴史書ですよね?」


 セレスティアが困惑するが、ロゴスは止まらない。


「第一章! 『出会いは運命の朝』! 最終章! 『魔王城での公開プロポーズ』! 脚注には二人のイチャイチャエピソードを全ページに挿入するぞ! これは売れる! 歴史学会がひっくり返るぞぉぉ!」


 ロゴスはそのまま徹夜で執筆作業に入ってしまった。


 ◇


 帰り道。

 セレスティアは真っ赤な顔で俯いていた。


「もぅ……歴史の教科書にあんなこと書かれたら、恥ずかしくて外歩けないよぉ……」

「まあ、詐欺師扱いされるよりはマシだろう?」

「ヴェインのバカ! ……でも、二人の旅行記っていうのは、ちょっと嬉しいかも……」


 彼女の小指から伸びる『恋の糸』が、また少し太くなった気がする。

 その背後で、メルザがロゴスの研究室から持ち出した原稿のコピーを読みながら、ニヤニヤしていた。


「……フフッ。この『壁ドンで物理法則をキャンセルするヴェイン様』の解釈、学会で発表してきますわ」

「……主様。私も歴史に残りたい。見切れ席でいいから」

 クロエが主張する。


 学術都市の危機は去った。

 後世の子供たちは、歴史の授業で「勇者の愛の力」について、顔を赤らめながら学ぶことになるだろう。


 次回、温泉回(二回目)。

 しかし今度は「混浴」という絶対的シチュエーションが、二人の理性を試しに来る。


(第34話 完)

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