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第33話「怪盗紳士の予告状と、逆転の贈り物(ギフト)」

 大陸横断鉄道、豪華寝台列車『シルバー・エクスプレス』。

 ミダスから巻き上げた資金で貸し切ったこの列車は、走る王宮とも呼ばれる優雅な空間だ。


「ん〜っ! 列車の旅ってロマンがあるね! 駅弁も美味しいし!」


 展望車で景色を眺めながら、セレスティアが舌鼓を打つ。

 平和な旅路。だが、テーブルの上に置かれた一枚のカードが、その空気を凍りつかせた。


『今夜12時、勇者セレスティアの「最も大切なもの」を頂きに参上する。――怪盗ジャック』


 世界中を騒がせている神出鬼没の大泥棒だ。彼は美しいもの、希少なものをコレクションするためなら手段を選ばない。


「大切なもの……? まさか、私の限定プリン!?」

「いや、普通に考えて聖剣か、あるいは君自身(身柄)だろうね」


 僕は冷静に分析する。

 セレスティアの小指から伸びる『被収集コレクションの糸』。それは彼女が「生きた美術品」として、怪盗の隠れ家でガラスケースに入れられる未来を示唆していた。


「……主様。侵入ルートは屋根。私が迎撃する?」

 クロエが天井裏に潜もうとする。

「あら、怪盗の懸賞金は高額ですわ。生け捕りにして追加ボーナスとしましょう」

 ミレーヌが捕獲網の計算をしている。

「縛られる……! 縄で亀甲に……! 怪盗さん、私はここよぉぉぉ!」

 ヴァレリーが自分の部屋の鍵を開けて待機している。


「みんな落ち着いて。相手は『美学』を持った泥棒だ。力技じゃなく、粋な方法で解決しよう」


 ◇


 深夜12時。

 月明かりが差し込む展望車に、シルクハットとマントを纏った男が音もなく現れた。


「ボンソワール、愛しき勇者よ。約束通り、君を奪いに来た」


 怪盗ジャック。

 キザなポーズで薔薇を投げ、催眠ガスが入った香水を振り撒く。


「うっ……眠く……」


 セレスティアがふらりと倒れかかるのを、ジャックが抱き留めようとする――その瞬間、執事ロボ・オメガのアームが割って入った。


「……勇者ニ触レルナ。排除スル」

「おっと、無粋な鉄屑だね。だが私の華麗な身のこなしは捉えられないよ」


 ジャックは軽やかに攻撃をかわし、不敵に笑う。

 彼からは『奪うことへの執着』と『美学への陶酔』の糸が極太で伸びていた。彼は「盗む」という行為にエクスタシーを感じる変態だ。


(……盗むのが好きなら、もっと高度な快感を教えてあげよう)


 僕は物陰から、彼の因果の糸を指先で弾いた。


 ジョキン。


 『窃盗の美学』の切断。

 そして、『慈善の美学(サンタクロース症候群)』への接続。


「真の怪盗とは、ただ奪うだけじゃない。……気付かれぬ間に『与える』ことこそが、究極のサプライズであり、最高の美学だ!」


 ズキュンッ!


 ジャックの動きが止まった。

 彼の脳内でパラダイムシフトが起きる。「盗むこと」が野暮でダサい行為に見え、「与えること」こそがクールでスタイリッシュな行為だと書き換わったのだ。


「……はっ! 私は何を……! こんな高貴なレディから奪うだと? 三流のすることだ!」


 ジャックはセレスティア(寝ている)をソファに優しく寝かせると、自らの懐を探り始めた。


「そうだ……私がすべきは、彼女に相応しい宝物を『置いていく』ことだ! それこそが私の愛の証!」


 ジャックはマントの裏から、次々と財宝を取り出し始めた。


「これを受け取れ! 『王家の涙』と呼ばれるダイヤだ! これもだ! 古代王朝の黄金のマスク! あと、さっき隣の車両で盗んだ貴婦人のネックレスも返してくる!」


 彼は猛烈な勢いで、セレスティアの周りに宝の山を築き上げていく。


「くっ……! 与える……! 誰にも見つからずにプレゼントを置いて去る……! なんてスリリングで、なんて高潔な快感なんだぁぁぁ!」


 ジャックは恍惚の表情で身震いした。


 ◇


 翌朝。

 セレスティアが目を覚ますと、彼女は財宝の山に埋もれていた。


「んぅ……? なにこれ? キラキラしてる……」

「怪盗が置いていったみたいだね。きっと君のファンだったんだよ」

「そっかぁ。いい人だったんだね!」


 セレスティアは状況を深く考えず、ダイヤを光にかざして喜んでいる。

 その横で、ミレーヌが震える手で鑑定を行っていた。


「こ、これは……総額数億……いや、国家予算レベルの盗品コレクションですわ……! ヴェイン様、これどうしますの!?」

「警察に届けるのも面倒だ。ミレーヌ商会の『拾得物』として処理してくれ」

「愛してますわヴェイン様!!」


 一方、自室で朝を迎えたヴァレリーは、枕元に置かれた「怪盗からの手紙」を見て絶望していた。

『マドモアゼル。君の部屋の鍵は、あまりに不用心だったので最新の防犯ロックに取り替えておいたよ。――親切なジャックより』


「なんでだぁぁぁ! 縛ってくれよぉぉぉ!」


 怪盗ジャックはその後、「逆転の怪盗」として名を馳せ、世界中の貧民街に国宝級の美術品をばら撒く義賊(というより迷惑な贈り主)として指名手配されることになる。


 列車は宝の山を載せて、さらに重く、煌びやかになって走り続ける。

 次の停車駅は、学術都市。

 そこでは「勇者の歴史」を巡る、知的な戦いが待っている。


(第33話 完)

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