第32話「欲望のカジノと、確率操作された大博打」
砂漠の真ん中に突如現れる、ネオン輝く不夜城。
『黄金都市エルドラド』。一攫千金を夢見る者たちが集い、そして身ぐるみ剥がされていく欲望の都だ。
「うわぁぁ……! キラキラしてる! ここがカジノだね!」
セレスティアが目を輝かせている。彼女の手には、ミレーヌから渡された「お小遣い(金貨10枚)」が握りしめられていた。
平和な観光のつもりだろうが、この街の空気はドス黒い。
街全体を覆う『搾取の結界』。そして、カジノタワーの最上階から伸びる極太の『強欲の糸』が、入場者全員の財布と魂に絡みついている。
「……確率計算完了。勝率0.0001%。コノ街、詐欺ダラケ」
背後の執事ロボ・オメガが、緑色の目を点滅させて警告する。
だが、時すでに遅し。
「赤に賭けるね! えいっ!」
クルクル……ピタッ。黒。
「ああれ? じゃあ次は黒!」
……赤。
「ええっ!? じゃあ数字の7!」
……0。
ものの5分で、セレスティアのお小遣いは消滅した。
単に運が悪いのではない。ディーラーが魔法でボールを操作し、さらにオーナーである「強欲王ミダス」が、彼女の『幸運』そのものを根こそぎ吸い取っているのだ。
「フフフ……かかったな、英雄セレスティア」
監視モニター越しに、成金趣味の男ミダスが舌なめずりをする。
彼の目的は、勇者を借金漬けにし、その名声を担保に自身の「見世物小屋」で一生働かせること。
セレスティアの小指から伸びる『借金地獄の糸』が、地下の強制労働施設へと繋がろうとしている。
「もうお金ないや……。帰ろうか、ヴェイン」
「お客様、お帰りはできませんよ?」
黒服の男たちが立ちはだかる。
彼らが差し出したのは、セレスティアが「サインした覚えのない借用書(ジュース代が利息で1億倍になっている)」だった。
「払えなければ、体で払ってもらいます。地下の炭鉱か、王様の愛人か……」
セレスティアが青ざめる。
典型的な罠だ。力づくで突破することもできるが、それではセレスティアの名誉に傷がつく。
ここは「大人の流儀」で解決すべきだ。
「……やれやれ。君たちのボスは、客の品定めもできないのか」
僕は怯えるセレスティアの前に立ち、黒服たちを冷ややかに見下ろした。
そして、隣に控えるミレーヌに目配せをする。
「ミレーヌ。準備は?」
「万端ですわ。当商会の精鋭トレーダーたちが、すでに市場を包囲しています」
ミレーヌが優雅に扇子を開き、黒服たちに微笑みかける。
「オーナーにお伝えなさい。……『ラストゲーム』を申し込みますわ。ただし、賭けるのはコインではなく、このカジノの『経営権』ですと」
◇
VIPルーム。
黄金の玉座に座るミダスは、腹を抱えて笑っていた。
「ギャハハ! 経営権だと? 俺の会社を買い取るつもりか? この『エルドラド・ホールディングス』の時価総額を知ってて言ってるのか!」
ミダスは勝ち誇った顔で、魔法映像による株価チャートを指差した。
彼のカジノは連日大盛況。株価は右肩上がりだ。
「金貨100億枚! それが俺の会社の価値だ! 払えるなら払ってみろ!」
「100億か。……高いな。もっと安く買わせてもらおう」
僕はミダスの心臓から伸びる『虚飾の信用』の因果の糸を視認した。
彼の会社の実態は、イカサマと粉飾決算で膨れ上がったバブルだ。
その糸は、無数の投資家たちと繋がっている。
「ミダス。君は一つ間違いを犯した。……僕という『監査役』を敵に回したことだ」
僕は指先で、彼の『信用』の糸を弾いた。
ジョキン。
『投資家の信頼』の切断。
『破滅的な風評被害』および『取り付け騒ぎ』への接続。
「今この瞬間から、君の会社は優良企業じゃない。……泥舟だ」
僕は糸をねじり、ミレーヌに合図を送った。
彼女が懐から魔導通信機を取り出し、冷徹な声で命令を下す。
「――作戦開始。手持ちの『エルドラド株』を全て空売り(ショート)なさい。同時に、裏帳簿のコピーを市場に流して」
その瞬間。
ミダスの背後にある株価チャートが、異変を起こした。
ガクンッ!!
右肩上がりだったグラフが、断崖絶壁のように垂直落下を始めたのだ。
「な、なんだ!? 株価が……暴落している!?」
「今、市場には君のイカサマの証拠が出回っている。投資家たちはパニック売りを始めたよ」
僕は淡々と解説する。
ミダスの顔から血の気が引いていく。
「そ、そんな……! 買い支えろ! 俺の資産を使って買い支えるんだ!」
「無駄ですわ。貴方の資産は、すでに担保として凍結されていますもの」
ミレーヌが書類の束をテーブルに叩きつけた。
「貴方が発行していた社債、当商会が裏で全て買い集めておきましたの。……契約条項に基づき、株価が半値を割った時点で『即時一括返済』を求めます。払えなければ、担保であるこのカジノの全株式を譲渡していただきますわ」
「は、半値だと……まだそこまでは……」
ミダスが縋るようにチャートを見る。
だが、僕はそこでダメ押しの一手を打った。
「オメガ、拡散だ」
「……了解。『強欲王ミダス、夜逃げ準備中』トイウ偽情報ヲ、信頼度Sランクデ拡散シマス」
オメガが電子戦を仕掛け、市場の心理を『売り』一色に染め上げる。
ガラガラガラ……ッ!!
チャートの線が底を突き抜けた。
時価総額100億の企業価値が、ものの数分で紙屑同然のゴミへと変わった瞬間だ。
「あ、あぁ……俺の金が……会社が……」
ミダスは泡を吹いて玉座から転がり落ちた。
イカサマや魔法ですらない。純粋な資本の暴力と、情報操作による経済的処刑。
「……さて、現在の株価なら金貨10枚で買収できそうですわね」
「セレス、お小遣いを貸してくれないか?」
僕は呆然としているセレスティアに手を差し出す。
「えっ? う、うん。残ってた10枚なら……」
彼女がポケットから小銭を出す。
ミレーヌはその金貨をミダスに投げつけた。
「商談成立ですわ。これにて『エルドラド・ホールディングス』は、ミレーヌ商会の完全子会社となります。……元・オーナーさん? 不法侵入ですので出て行っていただけます?」
黒服たちが、今度はミダスを取り押さえた。
彼らにとっても、新しい給料の支払い主に従うのは当然の理屈だ。
「いやだぁぁ! 俺の城がぁぁ! 俺はまだ何もしてないのにぃぃ!」
ミダスは自らの黒服たちによって、砂漠の彼方へと放り出されていった。
◇
「……えっと、結局どうなったの? 勝負は?」
セレスティアが首をかしげている。
難しい経済の話は彼女にはちんぷんかんぷんだ。
「勝ったよ。君のお小遣い(投資)のおかげで、大儲けだ」
「ほんとに!? やったー! 私、投資の才能あるかも!」
無邪気に喜ぶセレスティア。
その横で、ミレーヌとオメガが猛烈な勢いでカジノの改装計画を立てていた。
「まずは確率調整ですわ。還元率を上げて、薄利多売で客を集めます」
「……健全ナ娯楽施設ヘノ転換。勇者グッズノ物販コーナーヲ設置シマス」
「搾取するより、ファンになってもらってお金を落としてもらう。……それが長期的なビジネスというものだね」
僕はカジノを見渡す。
そこにはもう、ドス黒い欲望の空気はない。あるのは、計算し尽くされた「クリーンで健全な集金システム」だけだ。
帰り道。
新オーナーとなった僕たちは、従業員たちの最敬礼に見送られ、悠々と街を後にした。
「勝負事って怖いと思ってたけど、頭を使えば勝てるんだね!」
「……まあ、セレスはあまり真似しないでね(相場を壊すから)」
僕が言うと、背後の馬車からミレーヌが顔を出した。
「あら、ヴェイン様。今回の買収益で、次の国まで『貸切列車』を手配しましたわ。……もちろん、スイートルームは私たち二人きり(に細工予定)です♡」
借金地獄の危機は去った。
だが、勇者一行は「国家を買えるレベルの経済力」という、新たな武器(凶器)を手に入れてしまった。
(第32話 完)




