第30話「鉄壁の『幼馴染ゾーン』と、捏造された縁結び」
魔王討伐の旅の途中、僕たちは補給も兼ねて、故郷の村に立ち寄っていた。
久しぶりの実家、懐かしい風景。
村人たちは「英雄の帰還だ!」と大騒ぎし、宴会は深夜まで続いた。
そして、宴の喧騒から抜け出した僕とセレスティアは、子供の頃によく遊んだ村外れの丘の上にいた。
「懐かしいね、ヴェイン。昔、ここでよく星を見てたよね」
「ああ。君はすぐに眠くなって、僕が背負って帰るのが決まりだったけどね」
満点の星空の下、セレスティアは草の上に座り、膝を抱えている。
夜風が彼女のプラチナブロンドを揺らし、祭りの残り火のような暖かな静寂が二人を包んでいた。
「ねえ、ヴェイン。私ね、旅に出てからずっと考えてたの」
セレスティアが不意に真剣な声色になった。
「私、ヴェインに守られてばっかりだなって。……ヴェインは、私のこと『手のかかる妹』くらいに思ってるんでしょ?」
「……まあ、幼馴染だしね。君を守るのは僕の義務みたいなものさ」
僕はいつものように、軽口でかわそうとした。
彼女の小指から伸びる『依存』や『信頼』の糸は、あまりにも純粋で太い。それを『恋愛』に変えるのは、僕の計画にとってリスクが高い……はずだった。
「違うの」
セレスティアが、僕の服の袖をギュッと掴んだ。
「義務とか、幼馴染とか……そういう言葉で誤魔化さないで」
彼女の碧眼が、真っ直ぐに僕を射抜く。
その瞳には、今まで見たことのない強い光――『自我』が宿っていた。
「私、ヴェインが他の女の子……ミレーヌさんやイグニスさんと話してると、胸がモヤモヤするの。……ヴェインが私だけを見てくれないと、寂しくてたまらないの」
「セレス……?」
「これって、ただの幼馴染なのかな? ……ううん、違うよ」
セレスティアは顔を赤らめながらも、視線を逸らさなかった。
そして、ゆっくりと体を寄せ、僕の肩に頭を預けてくる。
「私、ヴェインが好き。……お兄ちゃんとしてじゃなくて、男の人として」
心臓が跳ねた。
因果の書き換えも、洗脳もしていない。
これは彼女自身の心から生まれた、混じりけのない本音だ。
「セレス、僕は……」
「返事はまだいいの。でも……子供扱いは、もう終わり」
彼女は背伸びをすると、僕の頬に柔らかい唇を押し当てた。
ちゅ。
触れたのは一瞬。でも、その熱は火傷しそうなほど鮮烈だった。
「……えへへ。ファーストキス、奪っちゃった」
セレスティアが悪戯っぽく笑う。
その笑顔は、守られるだけの少女のものではなく、一人の恋する女性のものだった。
――最高にいい雰囲気だ。
本来なら、ここで僕が彼女を抱き締め、感動のエンディングへ向かうべきだろう。
ガサガサッ!!
「ぬおおおおっ! させるかぁぁぁ!!」
「キーッ! 抜け駆けは禁止ですわよ、泥棒猫!!」
近くの茂みから、凄まじい形相のミレーヌと、カメラを構えたクロエ、そして涙目のイグニスが飛び出してきた。
「なっ、みんな!? 隠れてたの!?」
「当たり前ですわ! 貴方たちを二人きりにしたら、何が起きるか……って、もうキスしてるじゃない!? 不潔! 破廉恥! 死刑!」
ミレーヌがハンカチを噛み締めながら地団駄を踏む。
「……主様の頬の成分、分析完了。……セレスティア様の唾液成分を検出。……有罪」
「うううっ……私の主様に……! 私もキスしたい……! なんなら足の裏でもいいから……!」
わらわらと集まる騒がしい仲間たち。
いつもなら、ここでセレスティアが「あはは、みんな仲良しだね」と鈍感スキルを発動し、うやむやになるパターンだ。
けれど、今夜は違った。
「……うるさいなぁ、もう」
セレスティアは乱入者たちを一瞥すると、ふいっと僕の方に向き直った。
そして、僕の右手を両手で包み込み、指を絡ませる『恋人繋ぎ』をして、強く握りしめたのだ。
「見せつけてやるんだから」
彼女はミレーヌたちに見せつけるように、僕の腕にさらに密着した。
「ヴェインは私のなの。……文句ある?」
その宣言に、場が凍りついた。
ミレーヌが口をパクパクさせ、クロエがカメラを取り落とす。
天然で鈍感だった「お姫様」が、明確に「所有権」を主張した瞬間だった。
「……セレス、煽るのはよくないよ」
「いいの。……だって、本当のことだもん」
セレスティアは僕を見上げ、とろけるような甘い笑顔を見せた。
その小指には、僕へと繋がる太く強固な『恋心』の糸が、誰にも切れないほどしっかりと結ばれていた。
「帰ろ、ヴェイン。……手、離さないでね?」
「……はいはい、お姫様」
僕は諦めたように溜息をつき、彼女の手を握り返した。
その温もりは、今までよりもずっと強く、確かなものだった。
背後でミレーヌたちの阿鼻叫喚が響いているが、僕はあえて因果を書き換えず、そのままにしておいた。
たまには、こういう「計算外」も悪くない。
(第30話 完)




