第28話「三流ゴシップと、国民的アイドル計画」
平和になったはずの王都で、セレスティアが泣いていた。
リビングのテーブルには、 くしゃくしゃになった新聞が広げられている。
『勇者セレスティア、疑惑の豪遊生活! 国民の税金をドレス代に?』
『「魔王は私が倒した」と周囲を威圧? 性格破綻者の素顔とは』
三流ゴシップ紙『週刊真実』の見出しだ。もちろん内容は全てデタラメ。
だが、街の人々の反応は冷酷だった。「火のない所に煙は立たない」「調子に乗ってるんじゃないか」……そんな無責任な『悪意の糸』が、無数にセレスティアへと伸びていた。
「ひどいよ……私、そんなことしてないのに……。みんな、私のことが嫌いになっちゃったのかな」
セレスティアが涙をポロポロとこぼす。
魔王という絶対悪がいなくなった世界では、大衆は新たな「サンドバッグ(娯楽)」を求めている。英雄を祭り上げ、そして引きずり下ろして消費する。それがこの「平和な社会」の病理だ。
(……魔王よりタチが悪いな。実体のない「世論」という怪物は)
僕は彼女の涙を拭い、優しく抱きしめた。
「泣かないで、セレス。これはただの誤植だ。僕が訂正させてくるよ」
「ほんと……? みんな、信じてくれるかな?」
「ああ。明日の朝刊を楽しみに待っていて」
僕は笑顔で家を出ると、路地裏で表情を一変させた。
「……メルザ、分析結果は?」
影から眼鏡の参謀が現れる。
「発行元は『週刊真実』編集部。編集長のガデスは、金と部数のためなら親の死体写真すら載せるクズです。現在、セレスティア様の捏造スキャンダル第2弾を執筆中」
「……主様。ペンを握る指、全部折る?」
クロエが殺気立って短剣を構える。
「いや、暴力じゃ解決しない。記事が消えても噂は残るからな。……根本的な『ジャンル』を変えるぞ」
◇
『週刊真実』編集部。
タバコの煙が充満する部屋で、編集長ガデスは下卑た笑いを浮かべていた。
「へっへっへ、売れる売れる! やっぱ清廉潔白な勇者のスキャンダルは蜜の味だぜ! 次は『勇者、深夜の密会』って見出しで……」
バンッ!
ドアが開き、僕たちが乗り込んだ。
「あぁ? 誰だテメェらは。ネタの売り込みなら……」
「ああ、最高のネタを持ってきたよ。……君の人生を変えるネタをね」
僕はガデスの胸ぐらを掴むと同時に、彼の脳内にある『大衆の覗き見趣味(野次馬根性)』の糸を視認した。
彼らは「勇者の素顔」が見たいのだ。今はそれが「汚れた一面」だと思っているから叩く。なら、見たいものを変えてやればいい。
ジョキン。
『暴露への欲望』の切断。
そして、『尊さへの信仰心』の接続。
「君が世間に伝えるべき真実は、勇者の悪口じゃない。……彼女がいかに可愛く、尊く、守るべき存在であるかという『布教活動』だ!」
僕は糸を結び変え、メルザが徹夜で書き上げた『セレスティアの可愛すぎるエピソード集(秘蔵写真付き)』をガデスの脳内にインストールした。
「……はッ!?」
ガデスの目から濁りが消え、代わりに少女漫画のようなキラキラした光が宿る。
「お、俺は……なんてことを……! 天使を悪魔と呼ぶなんて……! 違う、俺が伝えたかったのはこんなゴミ記事じゃねぇ!」
ガデスは書きかけの原稿を破り捨て、涙を流しながら叫んだ。
「見ろ! このケーキを食べる勇者ちゃんの笑顔を! この無防備な寝癖を! これこそが世界の宝だ! 俺は……俺は彼女の魅力を伝える『ファンクラブ会報誌』を作るんだぁぁ!!」
「よろしい。その情熱、ミレーヌ商会が出資しよう」
後から入ってきたミレーヌが、札束の山をデスクに置いた。
「印刷所は押さえましたわ。最高画質のグラビア印刷で、明日の朝までに全戸配布なさい」
◇
翌朝。
セレスティアが恐る恐る玄関を開けると、新聞受けには新しい雑誌が入っていた。
タイトルは『月刊 天使セレスティア』。
『特集:勇者ちゃんの休日! パジャマ姿を独占入手!』
『街の声:「やっぱり勇者様は最高だ!」「疑惑? デマに決まってる!」』
『付録:実寸大セレスティアポスター』
「えっ……えええっ!? な、なにこれ!?」
セレスティアが顔を真っ赤にして絶叫する。
街に出ると、人々は昨日の掌返しが嘘のように、彼女に温かい(というより熱狂的な)視線を送ってきた。
「勇者ちゃーん! 可愛いよー!」
「その服似合ってるぞー! 写真撮らせてー!」
悪意ある噂は消え、代わりに「アイドルとしての人気」が爆発していた。
セレスティアの小指に絡まっていた『誹謗中傷の糸』は、『強烈なファンの支持(という名の束縛)』へと書き換わったのだ。
「……ヴェイン、なんか前より視線が熱い気がするんだけど……?」
「気のせいだよ。みんな君が大好きなんだ」
僕は微笑む。
少し離れた場所で、ガデス編集長がカメラを構えて「いい! その困った顔も最高だ! 次の表紙はこれだ!」とシャッターを切っていたが、セレスティアには秘密だ。
世論という怪物は、こうして「オタク」へと飼い慣らされた。
だが、人気が出れば出るほど、彼女を利用しようとする「悪い大人たち」は増えていく。
(第28話 完)




