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第27話「王子の求婚と、国家買収計画」

王城の舞踏会場ボールルーム

シャンデリアが煌めき、着飾った貴族たちが談笑する中、主役であるセレスティアは居心地悪そうに身を縮めていた。


「うぅ……このドレス、背中がスースーするよぉ。鎧の方が落ち着くなぁ」

「我慢して。今日の君は世界一綺麗だよ」


僕は彼女のドレスの裾を直しながら宥める。

純白のシルクに、ミレーヌ商会特注の宝石を散りばめたドレス。彼女の美しさは会場中の視線を独占していたが、その中には明らかに「値踏み」するような粘着質な視線も混じっていた。


「やあ、我が国の英雄、セレスティア嬢」


人垣が割れ、白馬の王子様を絵に描いたような青年が現れた。

第一王子ジュリアン。金髪碧眼、爽やかな笑顔。

だが、僕の目には見えていた。彼の心臓から伸びる『支配の鎖』が、獲物を狙う蛇のようにセレスティアの首元へ鎌首をもたげているのを。


「魔王討伐、見事だった。父王も感謝しているが、私個人としても君に報いたいと思っていてね」


ジュリアンはセレスティアの手を強引に取り、その華奢な指をねっとりと撫で回した。


「セレスティア。私と結婚してくれないか? 君を王妃として迎え、この国の象徴として……永遠に鳥籠の中で大切に飼ってあげよう」

「えっ……け、結婚!?」

「そうだ。君のような田舎娘には過ぎた名誉だろう? 安心しなさい、難しい政治や思考は全て私がやる。君はただ、美しい人形として座っていればいい」


隠そうともしない蔑視と独占欲。

セレスティアが恐怖で青ざめ、助けを求めるように僕を見た。


「……お断りします。彼女は人形じゃありません」


僕は割って入り、ジュリアンの手を払いのけた。

会場が凍りついた。

ジュリアンの爽やかな笑顔が、一瞬で醜悪な鬼の形相へと歪む。


「……あぁ? なんだ貴様は。ただの従者風情が、王族の体に触れたか?」


「セレスティアの意思を無視するなら、王子であろうと排除します」


「ハッ! 排除だと? 身の程を知れ、下賤な平民が!!」


ジュリアンが叫ぶと、周囲から武装した近衛兵たちが一斉に剣を抜き、僕の喉元に突きつけた。

切っ先が皮膚に触れ、一筋の血が流れる。


「ひっ……!? ヴェイン!?」

「不敬罪だ! この男の首を今すぐ刎ねろ! 英雄の目の前で、その汚い血をぶちまけてやれ!」


ジュリアンは狂ったように笑う。

彼は本気だ。自分のプライドを傷つけた虫ケラを殺すことに、何の躊躇いもない。

セレスティアが悲鳴を上げ、僕を庇おうとする。


――普通の人間なら、ここで命乞いをするだろう。

だが、僕はただ冷ややかに、王子の歪んだ因果を見つめていた。


「……『首を刎ねろ』か。随分と偉そうだね」


「遺言はそれだけか? やれッ!!」


ジュリアンが手を振り下ろした、その瞬間。

僕は彼から伸びる『王族としての絶対権力』と『命令権』の糸を、不可視の指先で弾いた。


「君のその肥大化したプライド……少し位置が高すぎるな」


ジョキン。


『処刑命令』の切断。

そして、『絶対服従の土下座』への書き換え。


「君が下すべき命令は『殺せ』じゃない。……『どうか私の汚い顔を、貴方の靴裏で踏んでください』だ!」


僕は因果の糸をねじり、強制的に再接続した。


「殺せ! ……じゃなくて、踏んでぇぇぇ!!」


「「「は?」」」


兵士たちが動きを止める。

ジュリアン自身も、自分の口から出た言葉に驚愕していた。

だが、体は止まらない。因果は絶対だ。


ドサッ!


ジュリアンはその場に両膝をつき、額を床に打ち付けるほどの勢いで土下座をした。

そして、あろうことか這いつくばったまま、僕の足元へ擦り寄ってくる。


「あ、あれ!? 体が勝手に……!? いや、違う、踏んでくれ! 頼む! この愚かな私を、ゴミを見るような目で見下してくれぇぇ!」


「で、殿下!?」

「おい、どうなってるんだ!?」


会場はパニックだ。

さっきまで殺意を放っていた王子が、今は涎を垂らして従者の靴を舐めようとしているのだから。


「……ふむ。王族というのは、変わった性癖をお持ちのようだ」


僕はわざとらしく肩をすくめ、足元の王子を軽く蹴り飛ばした(汚いので)。


「ああんッ! 蹴られた! 平民に蹴られたぁ! ゾクゾクするぅぅ!」


「おやおや、無様ですわね、ジュリアン殿下」


そこへ、扇子を優雅に仰ぎながらミレーヌが現れた。

彼女は冷徹な目で、床を這う王子を見下ろす。


「お待ちください、ミレーヌ嬢! これは何かの間違いで……!」

「間違い? いいえ、それが貴方の『価値』ですわ。……ところで殿下、この国の借金についてお話しがありますの」


ミレーヌは分厚い書類の束――王家の借用書と裏帳簿のコピーを、王子の頭上にばら撒いた。


「当商会は、王家の債権の8割を買い取りました。つまり、この城も、貴方の着ている服も、全て私のものですわ」

「な、なんだと……!?」

「返済期限は昨日でしたわよ? ……払えないなら、その体で働いて返していただきます。鉱山の底で、泥水を啜りながらね」


ミレーヌが指を鳴らすと、近衛兵たちが困惑しながらも、新しい「オーナー」であるミレーヌに従い、剣を王子に向けた。金こそが正義の国なのだ。


「ひぃぃっ! ま、待ってくれ! 僕は王子だぞ!?」

「ええ、元・王子ですわね。連れて行きなさい」


「いやだぁぁ! 踏んでくれとは言ったけど、鉱山はいやだぁぁぁ!」


ジュリアンは無様に泣き叫びながら、自身の兵士たちによって引きずり出されていった。



騒然とする会場。

セレスティアは状況が飲み込めず、ポカンと口を開けていた。


「えっ? えっ? 王子様、どうしちゃったの?」

「……どうやら、極度のストレスでおかしくなってしまったみたいだね。彼も大変だったんだろう」


僕は笑顔で誤魔化し、彼女の肩を抱いた。

セレスティアは「そっかぁ、王子様も可哀想だね……」と純粋に同情している。


「まあ、これで邪魔者は消えた。……踊ろうか、セレス」

「うん!」


ミレーヌが「今夜の酒代は全て我が商会が持ちますわ!」と宣言すると、貴族たちは手のひらを返して「ミレーヌ妃殿下万歳!」と叫び始めた。


こうして、第一王子の婚約話は物理的かつ社会的に消滅した。

王家は実質的にミレーヌ商会(=ヴェイン)の傘下に入り、セレスティアを脅かす権力者は、この国から一掃された。


政治的な外堀は埋まった。

だが、セレスティアを狙う「システム」の悪意は、これだけでは終わらない。

次は、「世論」という名の怪物が牙を剥く。


(第27話 完)

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