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第26話「熱狂の凱旋パレードと、透明な鎖」

 魔王討伐から一ヶ月。

 僕たちは王都の正門をくぐった。


「「「勇者セレスティア万歳! 英雄万歳!!」」」


 鼓膜が破れそうなほどの大歓声。空を舞う無数の紙吹雪。

 王都の大通りは、世界を救った英雄を一目見ようとする群衆で埋め尽くされていた。


「す、すごい人だねヴェイン……! ちょっと恥ずかしいかも」


 オープンカー仕様の馬車(ミレーヌ商会提供)の上で、セレスティアがはにかみながら手を振る。

 平和だ。誰もが笑顔で、誰もが彼女に感謝している。

 ハッピーエンドのその後。物語ならここで「めでたしめでたし」と本が閉じられる場面だ。


 だが、僕の表情は晴れなかった。

 セレスティアの小指から伸びる『新たな糸』。

 それは透明で、蜘蛛の糸のように細いが、無数に枝分かれし、沿道の人々、王城、そして空の彼方へと複雑に絡みついていた。


(……なんだ、この糸は)


 『死の糸(黒)』ではない。だが、『自由(白)』でもない。

 視界のフォーカスを合わせ、糸の成分(因果)を分析する。


 ――『期待』『依存』『崇拝』『政治利用』『神格化』。


 それは、彼女を「人間」としてではなく、「公共の所有物(英雄)」として縛り付ける鎖だった。

 魔王という「死因」は消えた。だが、今度は「英雄という役割」が、彼女の人生を食い尽くそうとしている。


「ヴェイン様、笑ってくださいな。カメラが回ってますわよ」


 隣でミレーヌが小声で囁く。彼女はすでにこのパレードの放映権を各国の魔法映像局に売りさばき、莫大な利益を上げている。


「ああ、わかっているよ。……ところで、後ろの『彼女たち』は大丈夫かい?」

「ええ、完璧な変装ですわ」


 僕たちの後ろの馬車には、フードを目深に被った数名の「侍女」と「荷物持ち」が乗っていた。

 元・魔王軍四天王と、元・魔王ヴェルザード(縮小体)である。


「(……屈辱だ。なぜ元魔王の俺が、勇者の荷物持ちなど……)」

 荷物の山に埋もれた小柄な中年男ヴェルザードがブツブツ言っている。

「あら、文句があるなら元の姿に戻しますわよ? 即座に処刑台行きですけど」

 侍女服に身を包んだヒルダが、氷のような笑顔でたしなめる。

「このフリフリの服……動きにくいが、ヴェイン様の趣味なら悪くない……!」

 イグニスはメイド服のスカートを捲り上げそうになって、メルザに叩かれていた。


 彼女たちは「ミレーヌ商会の私設部隊」という名目で、王都への入国を許可させていた。もちろん、入国審査官の意識は僕が書き換えた。


 ◇


 パレードは王城の前広場でクライマックスを迎えた。

 バルコニーに現れた国王が、大げさな身振りでセレスティアを迎える。


「よくぞやった、セレスティアよ! そなたは我が国の誇り、いや、人類の至宝である!」


 国王の笑顔。だが、その胸元からはドス黒くはないが、粘着質な『欲』の糸が伸び、セレスティアに絡みつこうとしていた。

 

 ――この娘を王家に取り込め。

 ――他国への抑止力として利用しろ。

 ――まずは第一王子と婚約させ、自由を奪え。


 国王の思考が、因果の糸を通じて漏れ聞こえてくる。


(……なるほど。「魔王」の次は「王様」が敵か)


 僕はため息をつく。

 セレスティアは「ありがとうございます、王様!」と純粋に喜んでいる。彼女は気づいていない。自分が「世界を救った」瞬間に、「世界というシステム」の歯車として組み込まれてしまったことに。


「……主様。あの王、殺す?」


 人混みに紛れたクロエが、影から僕に問う。


「いや、まだ早い。英雄がいきなり国王暗殺なんてしたら、セレスが悲しむ」

「じゃあ、どうする?」

「……『政治』の時間だ。剣と魔法の代わりに、根回しと買収と脅迫で戦うんだ」


 僕はセレスティアの背中を見つめる。

 彼女の小指に絡まる透明な糸。

 これを切るのは、魔王を倒すよりも難しいかもしれない。なぜなら、その糸の端を握っているのは、彼女が守りたかった「守るべき人々」なのだから。


「ヴェイン、見て! みんなが笑ってる!」


 セレスティアが振り返る。

 ああ、その笑顔を守るためなら、僕は国家反逆罪だって犯してみせるさ。


「そうだね。……さて、これからは忙しくなるよ」


 敵は、平和な社会そのものだ。


(第26話 完)

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