第24話「独りぼっちの魔王と、仕組まれた舞台」
重厚な扉が、ギギーッと音を立てて開く。
その先にあるのは、世界の中心にして最深部。魔王の玉座だ。
「……行くよ、みんな」
セレスティアが聖剣を強く握りしめる。
彼女の小指から伸びる『死の糸』は、未だかつてないほど太く、黒く、そして激しく脈打っている。
相手は人類の天敵。一瞬の油断が死を招く。
僕たちは広大な広間へと足を踏み入れた。
高い天井、ステンドグラスから差し込む赤い月光。
そして、遥か奥の玉座に、漆黒の鎧を纏った巨影が座していた。
「……よく来たな、勇者一行よ」
地を這うような重低音。
魔王ヴェルザード。
その圧倒的な魔力に、セレスティアの足がすくむ。
「魔王……! 覚悟しなさい! 私がこの世界を平和にするために……」
セレスティアが口上を述べる。
だが、僕の目には見えていた。
魔王の全身から伸びる糸が、『絶望』や『殺意』ではなく、ボロボロに千切れかけた『哀愁』と『孤独』の色をしていることを。
(……やれやれ。いじめすぎたかな)
僕は視線を巡らせる。
本来なら玉座の脇を固めているはずの親衛隊はゼロ。
広間の隅には、ホウキ一本すら残されていない。
なぜなら――
「(……おい、貴様。あいつだろ? 俺の部下を全員たぶらかした元凶は)」
魔王の視線が、セレスティア越しに僕へと突き刺さる。
その目は涙で潤んでいた。
「(四天王からの連絡が途絶えたと思ったら……全員貴様の後ろにいるじゃないか! ヒルダも、イグニスも! メルザに至っては貴様のメモを取るのに忙しくてこっちを見てもいない!)」
魔王の心の声(因果の振動)が聞こえてくる。
彼は孤独だった。
最強の軍団を誇っていたはずが、気づけば城内はもぬけの殻。自分の命を狙う勇者よりも、自分の組織を根こそぎ奪っていった僕の方がよっぽど恐ろしいだろう。
「(……もういい。殺せ。これ以上、孤独に耐えられない。楽にしてくれ……)」
魔王が戦意喪失し、ため息と共に手を上げようとした。
まずい。
ここで魔王が「降参」なんてしたら、セレスティアの「世界を救った達成感」が台無しだ。彼女には、激闘の末に魔王を倒すという『カタルシス』が必要なのだ。
(……最後まで役を演じきってもらうよ、魔王さん)
僕は魔王の『諦観』の糸を掴み、強引に引きちぎった。
ジョキン。
『自殺願望』の切断。
そして、『悪のカリスマとしての矜持』の接続。
さらに、背後の四天王たちから回収した魔力を、魔王へと逆流させる。
「う、うおぉぉぉぉぉ……ッ!?」
魔王の体が黒いオーラに包まれた。
死んだ魚のようだった目がカッと見開き、喉の奥から本能的な咆哮が迸る。
「我は魔王ヴェルザード! 恐怖と絶望の王なり!! さあ勇者よ、我の首が欲しくば力で奪ってみせよ!!」
ドォォォォン!!
魔王が立ち上がると同時に、広間全体が震動した。
今のは演技ではない。僕が強制的に引き出した、彼の潜在能力の全てだ。
「っ……! 来る……!」
セレスティアが身構える。
僕は彼女の背中に手を当て、そっと囁いた。
「大丈夫。君は勝てる。……僕たちがついている」
その言葉を合図に、僕の「最強の部下たち(元・魔王軍)」が動き出した。
「セレスティア様の視界確保! 照明係、やります!」
エララの矢が天井のシャンデリアを揺らし、スポットライトのように魔王を照らす。
「足場を固めますわ! 勇者様が滑らないように!」
ヒルダが床を凍らせ、魔王の足元だけを固定する。
「装備のメンテナンスは完璧ですわ! 切れ味抜群の聖剣で!」
ミレーヌが聖剣に追加エンチャントを施す。
「分析完了! 魔王の弱点は右脇腹! あと3秒後に隙ができます!」
メルザが叫ぶ。
「魔王の攻撃は……この私が吸うぅぅぅ!!」
ヴァレリーが盾も持たずに最前線へ飛び出す。
「……主様。トドメの準備、できてる」
クロエが魔王の影に潜り込む。
これは決闘ではない。
一人の勇者を輝かせるための、総勢数千名による『接待・最終決戦』だ。
「いくよ、魔王!!」
セレスティアが光を纏って駆ける。
魔王は涙目で(しかし体は強制的に動かされて)極大魔法を放つが、その全てがヴァレリーに吸われ、クロエに逸らされ、エララに撃ち落とされていく。
舞台は整った。
さあ、フィナーレだ。
(第24話 完)




