第23話「眼鏡の参謀と、捏造された英雄譚」
魔王城最上階、玉座の間へと続く最後の扉の前。
そこは壁一面が本棚で埋め尽くされた、巨大な書庫になっていた。
「よく来たな、ペテン師とその操り人形」
静寂を破り、書架の陰から一人の女性が現れる。
黒のローブに身を包み、銀縁の眼鏡をかけた知的な美女。手には分厚い魔導書を抱えている。
魔王軍四天王、最後の一角。参謀メルザだ。
「あなたは……?」
「私はメルザ。この軍の頭脳だ」
メルザは眼鏡の位置を直しながら、セレスティアではなく、僕を真っ直ぐに見据えた。
その瞳には、これまでの脳筋な将軍たちとは違う、冷徹な理性の光が宿っている。
「ヴェイン、と言ったか。……貴様の能力、全て解析済みだ」
「……何のことかな?」
「とぼけるな。ヒルダの洗脳、イグニスの精神汚染……。貴様は因果の糸を視認し、書き換えているな?」
ドキリとした。
能力の正体をここまで正確に見抜かれたのは初めてだ。
「貴様のやり方はワンパターンなのだよ。相手の『弱み』や『欲求』につけ込み、都合の良い解釈にすり替える。……だが、その手は私には通用しない」
メルザが魔導書を開く。
すると、彼女の周囲に幾何学的な魔法陣が展開され、青白い光の障壁が何重にも張り巡らされた。
「『完全論理防壁』。私の精神は今、純粋な論理と事実によってコーティングされている。貴様の改竄ごときが入り込む隙間はない」
彼女の胸元を見る。
確かに、そこにある『真実の探求』の糸は、鋼鉄の鎖のように硬くガードされていた。これでは、いつものように指先で弾くだけでは切れない。
「さあ、終わりの時だ。勇者よ、真実を見るがいい。……貴様の隣にいる男は、貴様を守る騎士ではない。貴様の人生を狂わせた元凶だ!」
メルザが杖を掲げる。
『真実の暴露』の魔法が発動し、僕のこれまでの工作の証拠映像が空中に投影されようとする。
「え……? ヴェインが……元凶……?」
セレスティアが動揺し、僕の方を見る。
まずい。このままでは「優しい幼馴染」というブランドが崩壊する。
僕は焦りを感じながら、硬い因果の糸に手を伸ばした。
(……硬い! これじゃ切断に時間がかかる!)
メルザは勝利を確信し、冷酷に笑う。
「無駄だ。論理は感情に勝る。計算された真実の前で、貴様の欺瞞は無力だ!」
――論理は、感情に勝る?
その言葉を聞いた瞬間、僕の中でスイッチが入った。
焦りが消え、代わりに底冷えするような静かな怒りと、傲慢な自信が鎌首をもたげる。
「……君は賢いな、メルザ。だが、計算式が間違っている」
僕は切断しようとしていた手を止め、逆に彼女の『論理の糸』を両手で鷲掴みにした。
「なっ……!? 防壁を素手で……!?」
「論理で防げないものがあることを教えてやる。……受け取れ。これが僕の『計算不能な感情』だ!!」
僕は僕自身の脳内にある『セレスティアへの愛』『執着』『10年分のストーカー記録』『狂気的な献身』――その膨大かつドロドロとした感情データを、因果のパイプを通じてメルザの脳内に逆流させた。
「ぐ、あ……ぁぁぁぁッ!?」
メルザが頭を抱えて悲鳴を上げる。
「な、何だこのデータ量は……! あ、愛……? いや、これは愛などという定義に収まらない! 執着、依存、崇拝、支配欲……! 矛盾している! 論理的じゃない! 理解できない、計算できなぃぃぃぃ!!」
「そうだ! 人は合理的じゃない! 僕は損得勘定抜きで、世界を敵に回してでも彼女を守る! その矛盾こそが、君の知らない『愛』だ!」
「あがが……! 脳が……論理回路が焼き切れるぅぅ……!」
バチバチバチッ!
彼女の展開していた論理防壁が、処理落ちを起こして砕け散った。
理解不能な情報の濁流に飲まれ、彼女の瞳がぐるぐると渦を巻く。
だが、僕はそこで手を緩めない。
崩壊した彼女の『探求心』の糸を結び直す。
ジョキン。
『真実の暴露』の破棄。
『未知なる研究対象への没頭』の接続。
「理解できないなら、一生かけて解析してみせろ。……僕という『美しい矛盾』をな!」
「……はッ!」
メルザの動きが止まった。
荒い息を吐き、膝をつき、眼鏡がずり落ちている。
彼女は震える手で眼鏡を直すと、熱っぽい瞳で僕を見上げた。
「……計算不能。論理的破綻。……なのに、なんて美しいデータなの……!」
彼女は魔導書をめくり、猛烈な勢いで僕の観察記録を書き始めた。
「私は間違っていた……。真実とは冷たい事実の羅列ではない。この熱量! この狂気! ヴェイン様、貴方は私の理論を超越した『特異点』だわ!」
「えっ……? あの、メルザさん?」
セレスティアがドン引きしている。
メルザは止まらない。彼女は「真実を暴く敵」から、「研究対象(推し)を追いかける限界オタク」へと変貌したのだ。
「勇者よ、そこをどけ! その場所(ヴェイン様の隣)は、データの採取に最も適した特等席なのだ! 貴様には勿体ない! 私の全脳リソースを使って彼を解析させろ!」
「ひぃっ! なんかすごい迫力……!」
「……採用しよう。ただし、執筆内容は僕が検閲する」
「検閲……! 『情報の隠蔽』……! その支配的な響き、ゾクゾクしますわ!」
メルザは頬を紅潮させ、僕の足元に崩れ落ちた。
知的な参謀は、情報の奔流に溺れ、陥落した。
◇
「……ヴェイン、大丈夫? なんかすごい言い合いしてたけど」
「ああ、彼女とは『学術的な議論』をしてたんだ。どうやら僕の勝ちみたいだね」
僕は冷や汗を拭いながら微笑む。
危なかった。力技(物理)ではなく、力技(精神的暴力)でねじ伏せた形だ。
その背後で、いつものメンバーがメルザを取り囲んでいた。
「……新入り。頭いいのに、バカになった」
クロエが憐れんでいる。
「あら、伝記が出版されたら印税は折半ですわよ? ヴェイン様の愛のデータ、高く売れそうですもの」
ミレーヌが電卓を叩く。
「言葉攻めで精神崩壊……インテリ女の末路……興奮する……!」
ヴァレリーが新たな扉を開いている。
四天王、全滅(陥落)。
ついに僕たちの前に、魔王の間の扉が立ちはだかる。
「行こう、セレス。これで終わりだ」
「うん……! 行こう、ヴェイン!」
次回、クライマックス。
魔王との対峙。しかし、そこには既に僕の手が回っている。
(第23話 完)




