第20話「地獄の番犬と、モフモフ天国」
荒野の果て、空を覆い尽くすほどの威圧感を放つ巨城。
魔王城。人類の敵が住まう本拠地に、僕たちはついにたどり着いた。
「……大きい。ここが、魔王の……」
セレスティアが城門を見上げ、ゴクリと喉を鳴らす。
その門の前には、最後の守護者が待ち構えていた。
全長15メートル。三つの首を持ち、それぞれから炎、氷、毒の息を吐く地獄の番犬ケルベロスだ。
『グルルルァァァ……!!』
ケルベロスが咆哮する。その衝撃波だけで地面が割れ、空気が震える。
セレスティアの小指から伸びる『死の糸』は、三つの首に同時に噛み砕かれ、ボロ雑巾のように引き裂かれる凄惨な未来を描いていた。
「さがってて、みんな! あいつは私が止める!」
セレスティアが震える足で前に出る。
だが、その背後でヴァレリーがよだれを垂らして割り込んだ。
「いいえ勇者様! あの牙……あの顎の力……! 私の鎧ごと骨を砕く快感……想像しただけで濡れてしまいます! 私に行かせてください!」
「いや、死んじゃうからダメだってば!」
セレスティアが必死にヴァレリーのベルトを掴んで止めている。
その間に、僕は冷静にケルベロスの因果を観察していた。
三つの首。それぞれが別々の意識を持っているが、共通している糸がある。
――『退屈』。
数百年もの間、誰も訪れない城門を守り続け、遊び相手に飢えている。
(……番犬というよりは、放置された寂しがり屋の大型犬だな)
僕はクロエに目配せし、ケルベロスの死角へと移動した。
「よしよし。そんなに唸るなよ。肩が凝ってるんだろう?」
僕はケルベロスの中央の首から伸びる『警戒心』の糸を掴む。
ジョキン。
『侵入者の排除』の切断。
そして、『飼い主への甘え』の接続。
「君の仕事は門番じゃない。……今日から、僕たちの『癒やし担当』だ」
僕は因果を結び変え、ついでにポケットから取り出した「骨付き肉(実は睡眠薬入り)」を放り投げた。
『!? ワフッ! クゥーン……!』
ケルベロスの殺気が霧散した。
三つの首が同時に尻尾を振り始め、嬉しそうにその場でお座りをする。
地面がズシンと揺れた。
「えっ……? お座りした?」
セレスティアが剣を下ろす。
僕はケルベロスの足元に近づき、その剛毛をワシャワシャと撫で回した。
「いい子だ。……セレス、どうやら彼はただ遊びたかっただけみたいだよ。ほら、こんなに懐っこい」
「ええっ!? 魔獣だよ!? ……でも、尻尾ふってる……」
ケルベロスはゴロンと腹を見せ、三つの舌を出してハァハァと甘えている。
その姿は、サイズが規格外なだけで、完全に駄犬のそれだった。
「か、可愛いかも……」
「だろう? 触ってみなよ。この毛並み、最高級の絨毯よりフカフカだ」
「ほ、本当だ! モフモフだー!」
セレスティアはおっかなびっくり手を伸ばし、すぐにその感触の虜になった。
顔を埋めて深呼吸する勇者と、それをされて満更でもない地獄の番犬。平和すぎる光景だ。
「……チッ。噛み砕かれる夢が……」
ヴァレリーが舌打ちをする。
「あら、この毛皮、冬物のコートに加工すれば高値がつきますわね。……ヴェイン様、ブラッシング要員を手配しますわ」
ミレーヌがケルベロスの品定めをしている。
「……主様。あの犬、主様の匂いを嗅ぎすぎ。鼻を削ぎ落とす?」
クロエが嫉妬の炎を燃やして短剣を構えている。
「まあまあ、みんな。今日はもう遅い。この『生きたベッド』の上で野宿しよう」
◇
その夜。
僕たちはケルベロスの巨大なお腹の上で眠りについた。
地熱のような体温と、規則正しい心音。これ以上ないほど快適で安全な寝床だ。
「あったかいね、ヴェイン。魔王城の前なのに、ピクニックみたい」
「そうだね。明日はいよいよ突入だ。ゆっくり休んで」
セレスティアが寝息を立て始めると、ケルベロスの左右の首がこっそりと僕の顔を舐めてきた。
そして、反対側からはミレーヌとクロエが這い寄ってくる。
「ヴェイン様……この犬の体温で体が火照ってしまいましたわ……」
「……主様、抱っこ」
巨大なモフモフと、二人の美女、そして少し離れたところでケルベロスの尻尾に締め上げられて喜んでいる女騎士。
魔王城の門前は、カオスだが幸福な夜に包まれた。
門番は落ちた。
明日、いよいよ僕たちは魔王の玉座へと続く赤絨毯を踏む。
もちろん、そこにある罠も敵も、全て僕が事前に『リハーサル』済みだが。
(第20話 完)




