第19話「死者の街と、アンデッド・ファンクラブ」
魔王城まであと数日……。僕たちが足を踏み入れたのは、かつて滅びた都『死者の街ゾグラド』だった。
崩れかけた石造りの家々、地面から立ち込める瘴気。そして、そこら中から聞こえる「アァ……アァ……」という呻き声。
「む、無理無理無理! 私、お化けだけは本当にダメなの!」
セレスティアは涙目で僕の腕にしがみつき、震えている。
彼女はドラゴンやオークには勇敢に立ち向かうくせに、実体のない幽霊や腐ったゾンビにはめっぽう弱い。
彼女の小指から伸びる『死の糸』は、恐怖のあまりパニックを起こし、精神汚染されて廃人になるというバッドエンドを示していた。
「大丈夫だよセレス。僕がついてる」
「だってぇ……あそこ! 今、墓石が動いたよ!?」
彼女が指差した先、地面から腐乱した手が突き出し、次々とゾンビが這い出てきた。
一体や二体ではない……数千体規模の「死者の軍勢」だ。
彼らは生きた肉を求め、虚ろな目を僕たちに向けてなだれ込んでくる。
「ヒッ……! き、来たぁぁぁ!」
「……主様。物理攻撃は効きにくい。聖水で溶かす?」
「あら、労働力としては魅力的ですわね。不眠不休で働けますし」
「噛まれたい……腐った歯で、私の肉を食い千切ってくれぇ……!」
三者三様の反応を示す仲間たちだが、セレスティアの精神崩壊を防ぐには、もっと根本的な解決が必要だ。
(……ゾンビ映画はごめんだ。ここはアイドル映画にジャンル変更しよう)
僕はセレスティアの目を手で覆い、「見ちゃダメだ」と囁く。
その隙に、僕はゾンビの群れ全体を統率する『集合的無意識(怨念)』の糸を視認した。
――生き返りたい。肉が欲しい。妬ましい。
そんな負の感情が渦巻いている。
僕はそのドス黒い糸を鷲掴みにし、強引に結び目を変えた。
「君たちが求めているのは『肉』じゃない。……『癒やし』だ。目の前の少女こそが、君たちの荒んだ魂を救う尊い存在だと思い出せ」
ジョキン。
『食欲』の切断。
そして、『推し活への渇望』の接続。
ウオォォォォォン!!
ゾンビたちの呻き声が変わった。
飢えた獣の咆哮から、ライブ会場の歓声のような、熱狂的なコールへと。
「セ、セレスティアちゃん……尊い……」
「アァ……カワイイ……生きてるだけで……ファンサ……」
「サイン……くれェ……」
ゾンビたちは襲いかかるのをやめ、一定の距離を保って整列し、ボロボロの手でペンライト(の代わりに自分たちの骨)を振り始めた。
「えっ? 何? 襲ってこないの?」
僕が手を離すと、セレスティアは恐る恐る目を開けた。
そこには、行儀よく並び、彼女に向かって熱い視線を送る数千のゾンビたちの姿があった。
「彼らはね、君のファンなんだよ。死してなお、勇者を応援し続ける忠実なサポーターたちさ」
「えっ……ファン? この人たち、私を応援してくれてるの?」
「そうさ。見てごらん、あの熱狂ぶりを」
ゾンビの一体が、千切れかけた腕で「セレスティア命」と書かれた横断幕(血文字)を掲げている。
「す、すごい……! 怖い顔してるけど、みんな良い人たちなんだね!」
セレスティアの恐怖心が一瞬で吹き飛び、代わりに「ファンサービスしなきゃ!」という使命感が芽生えた。
彼女は笑顔でゾンビたちに手を振る。
「みんなー! ありがとー! 私、絶対魔王を倒してくるからねー!」
『ウオォォォ! 神! マジ天使!』
ゾンビたちが感涙(腐敗液)を流して拝み倒す。
その異様な光景の端で、ヴァレリーが少し残念そうにしていた。
「……チッ。噛み付いてこないのか。最近の死体は草食系だな」
「ヴァレリーさん、あれは『推し』を傷つけない紳士協定ですわ。……ヴェイン様、彼らのグッズ販売権、独占契約しておきますわね」
「……主様。握手会の列整理、私がやる?」
僕たちは死者の街を、まるでパレードのように堂々と通過した。
ゾンビたちは街の出口まで僕たちを見送り、最後は全員で「行ってらっしゃいませ!」と深々と頭を下げた。
「ふふ、元気出たなぁ。私、死んでる人たちにも期待されてるんだもん。頑張らなきゃ!」
「そうだね。世界中の(死者含む)期待を背負ってるよ」
セレスティアは上機嫌だ。
ゾンビたちが彼女の後ろ姿を見ながら、「ああ、成仏できそう……」と次々に光となって昇天していくのを、彼女は知らない。
ホラースポットは、ただのファンミーティング会場へと変わった。
これで魔王城への障害は、本当に全て排除されたはずだ。
(第19話 完)




