第18話「真夜中の定例会議と、テント越しの浮気疑惑」
月が中天に昇る頃、僕たちのキャンプ地は静寂に包まれていた。
中央のテントからは、セレスティアの健やかな寝息が聞こえてくる。
彼女の小指から伸びる『死の糸』は、今や周囲を何重にも取り囲む『過保護な糸たち』によって完全に遮断され、蚊一匹近づけない状態にあった。
「……よし、セレスは熟睡しているな」
僕はテントを抜け出し、少し離れた焚き火の跡へ移動する。
僕が腰を下ろすと同時に、闇の中から次々と影が現れた。
「お待たせしました、主様」
音もなく僕の足元に侍り、膝に頬を乗せるのは暗殺者クロエ。
「ヴェイン様、夜食のホットワインですわ。最高級のスパイスを効かせてありますの」
優雅にグラスを差し出すのは、悪徳令嬢ミレーヌ。
「周囲の警戒は万全です……! ああっ、夜風が傷口に染みて……最高……!」
血の滲む包帯を嬉しそうに撫でながら仁王立ちするのは、女騎士ヴァレリー。
さらに、空間が歪んで氷の鏡が出現し、そこに氷将軍ヒルダの顔が映し出される。
『報告します、愛しのヴェイン様。街道の前方3キロ、氷漬け完了です』
そして、風に乗ってエルフの姫エララの声も届く。
『後方の守りも完璧ですわ。私の親衛隊が、貴方様を見る目が卑しい魔物を三十匹ほど処分しました』
これが、勇者パーティの真の実態だ。
表向きは「勇者と愉快な仲間たち」だが、裏ではヴェインを頂点とした巨大な軍事組織と化している。
「みんな、ご苦労。順調だね」
「ふふ、当然ですわ。全てはヴェイン様のため……」
ミレーヌが僕の隣に座り、豊満な肢体を押し付けてくる。
すると、足元のクロエが「むっ」と唸り、僕の太ももを独占するようにしがみついた。
「……主様の膝は、私の指定席」
「あら、生意気な黒猫ちゃんね。飼い主様の資金源は誰だと思っているのかしら?」
「……金より、刃の方が役に立つ」
バチバチと火花が散る。
そこへ、通信越しにヒルダが冷ややかな声を割り込ませる。
『お二人とも、私のヴェイン様にベタベタ触らないでいただけます? 遠隔地にいる私の身にもなってください』
『そうですわ! 私なんてまだキスもしていただいてないのに!』
エララも抗議の声を上げる。
彼女たちは全員、僕によって因果を書き換えられ、その人生の目的を「ヴェインへの奉仕」に設定されている。その結果、強烈なライバル意識が芽生えてしまっていた。
(……やれやれ。優秀な駒たちだが、自我が強すぎるのが難点だな)
その時。
僕の視界に、上空からの『騒音の糸』が映り込んだ。
バサバサという羽音。ガーゴイルの群れだ。夜行性の石像魔物が、寝ている獲物を狙って急降下してくる。
「……来るぞ」
「「「!!」」」
僕が呟いた瞬間、彼女たちの目の色が変わった。
それは「敵襲への警戒」ではない。「功績を上げるチャンス」に飢えた肉食獣の目だ。
「セレスティアを起こすなよ。……静かに処理しろ」
僕の命令は絶対。
ガーゴイルが叫び声を上げようとした、その刹那。
「『サイレント・キル』……」
クロエが空中に跳躍し、瞬きする間に三体の首を跳ねた。音も血も出ない、完璧な暗殺。
「『ゴールド・バレット』!」
ミレーヌが指を鳴らすと、空中に展開された魔法陣から無数の金貨(弾丸加工済み)が射出され、ガーゴイルの核を正確に撃ち抜く。
「一撃金貨1枚のコストですけど、ヴェイン様への愛はお金には代えられませんわ!」
「私を狙えぇぇぇ!!」
ヴァレリーはあえて防御を解いて囮になり、集まってきたガーゴイルをまとめて抱きしめた。
「ぬんっ!」
ベキベキベキッ!
あろうことか、彼女は石の魔物を素手で締め上げ、粉砕した。自分の肋骨が数本折れる音をBGMにして。
『邪魔ですわね、凍りなさい』
『風の刃よ、塵になれ』
上空の湿気が一瞬で凍結し、見えない矢が暗闇から飛来する。
戦闘時間、わずか十秒。
数十匹のガーゴイルは、セレスティアの安眠を妨げることなく、静かにただの砂利へと変わった。
「……終わりましたわ、ヴェイン様♡」
「……主様、褒めて」
「ぐふっ……いい痛みでした……!」
彼女たちは一斉に僕の方を向き、尻尾を振る犬のように期待の眼差しを寄せてくる。
僕は苦笑しながら、一人一人の頭を撫でてやろうと手を伸ばし――
「……んぅ? ヴェイン……?」
背後のテントから、寝ぼけた声が聞こえた。
「「「ッ!?」」」
全員が石像のように固まる。
テントの入り口がごそごそと動き、今にもセレスティアが出てきそうだ。
まずい。魔物は片付けたが、この「ハーレム状態」を見られるのはまずい。深夜に美女をはべらせて密会していたなどと知られれば、僕の「誠実な幼馴染」というブランディングが崩壊する。
「解散ッ!!」
僕が鋭く囁くと、彼女たちは蜘蛛の子を散らすように動いた。
クロエは影の中へダイブ。
ヒルダとエララの通信魔法はプツンと切断。
ヴァレリーは近くの茂みへヘッドスライディング。
ミレーヌだけは逃げ遅れ、とっさに近くの木の幹に張り付いて「私は蝉です」という顔で擬態した。
「……ヴェイン? どうしたの、こんな夜中に……」
セレスティアが目を擦りながら出てくる。
僕は冷や汗を隠し、何食わぬ顔で振り返った。
「あ、ああ。起こしてごめん。……ちょっとトイレに起きただけだよ」
「そう……? なんか今、女の人の声がしなかった? 『愛してる』とか『褒めて』とか……」
「気のせいだよ。風の音がそう聞こえたんじゃないかな? ほら、山風はイタズラ好きだから」
僕は必死に誤魔化すが、セレスティアは鼻をスンと鳴らした。
「……なんか、いい匂いがする。ヴェインからはしない、甘いお花の匂い……」
ギクリとした。
木の幹に張り付いているミレーヌの高級香水だ。
セレスティアは僕に歩み寄り、ジッと瞳を覗き込んできた。いつもの天然ボケとは違う、野生の勘が働いているような鋭い目つき。
「ヴェイン……。私に隠れて、悪いことしてないよね?」
「も、もちろんさ。僕にはセレスしかいないよ」
「……ほんとに?」
彼女は僕の胸に顔を埋め、ギュッと服を掴んだ。
「……もし浮気したら、許さないからね。ヴェインは私のお兄ちゃんなんだから……他の女の子と仲良くしてたら、なんか……ヤだ」
ドキン、と心臓が跳ねた。
「お兄ちゃん」という言葉の中に、微かに混じる独占欲。
それはまだ恋心と呼ぶには幼いが、確かに僕を「自分だけのもの」にしておきたいという感情の芽生えだった。
「……わかった。約束するよ」
僕が頭を撫でると、彼女はようやく安心したように微笑み、再びテントへと戻っていった。
「……ふぅ」
大きく息を吐く。
魔王軍との戦いよりも寿命が縮んだ気がした。
「……ヴェイン様。今の『ヤだ』という言葉……嫉妬の兆候ありですわね」
木の幹から剥がれたミレーヌが、ニヤニヤしながら戻ってくる。
茂みからはヴァレリーが、影からはクロエが、それぞれ不満げな顔で顔を出した。
「……主様、モテモテ。羨ましくないけど、ムカつく」
「勇者様のあの目……獲物を狙う雌の目でした……ゾクゾクします!」
どうやら、僕のパーティ内のパワーバランスは、今後さらにカオスになりそうだ。
月明かりの下、僕は足元に転がるガーゴイルの残骸(砂利)を見つめながら、これからの胃痛の日々を予感して遠い目をした。
(第18話 完)




