第17話「高慢なエルフ姫と、森のストーカー軍団」
氷将軍ヒルダが支配していた領域を抜けると、そこには不自然なほど鬱蒼とした密林が広がっていた。
『精霊の森』。
魔王軍にも属さず、かといって人間にも味方しない、中立にして排他的なエルフたちの領土だ。
「ここを通れば、次の街まですぐなんだけど……」
セレスティアが地図を見ながら困り顔をしている。
森の入り口には『人間立ち入り禁止。入れば即射殺』という物騒な看板が立てられていたからだ。
「話し合えばわかってくれるかな? 私、世界を救うためにどうしても通りたいの」
「そうだね。セレスの誠意ならきっと伝わるよ(伝わらない未来が見えているけれど)」
僕たちが森へ一歩踏み出した瞬間、ヒュンッ! と風を切る音がした。
無数の矢が、僕たちの足元スレスレに突き刺さる。
「立ち去れ、汚らわしい短命種ども!」
樹上から降り立ったのは、長い耳と翠の瞳を持つ美少女だった。
エルフの姫、エララ。
彼女の背後には、数百人のエルフの弓兵が潜んでおり、全員の『殺意の糸』が僕たちの眉間に狙いを定めている。
「待ってください! 私はセレスティア。魔王を倒すために……」
「黙れ。魔王も人間も、我ら高貴なエルフにとっては等しく害虫だ。森の養分になりたくなければ失せろ」
エララは聞く耳を持たない。彼女の胸元からは、鋼鉄のように硬い『種族の誇り(排他性)』の糸が伸び、森全体を縛り付けている。
このままでは、交渉決裂からの全面戦争だ。セレスティアが悲しむ顔は見たくない。
(……誇り高いのは結構だが、その矢の切っ先を向ける相手を間違えているな)
僕はセレスティアの背後に隠れるふりをして、エララを見据えた。
「クロエ、あの姫の視線を一瞬だけ僕に釘付けにしろ」
「……御意」
影からクロエが小石を投げる。
カサッという音にエララが反応し、僕の方を見たコンマ一秒。
僕は彼女の『排他性』の糸を指先で弾いた。
ジョキン。
『人間嫌い』の切断。
そして、『絶対的指導者への渇望』の接続。
さらに、『森の守護者』という役割を、『ヴェイン一行の隠密護衛団』へと書き換える。
「……っ!?」
エララの体がビクンと跳ねた。
彼女の目から敵意が消え、代わりに焦点の合わない陶酔した色が浮かぶ。
彼女の中で、「人間は敵」という常識が崩壊し、「目の前の黒髪の男こそが、森の王となるべき御方」という偽の神託が脳内を駆け巡ったのだ。
「……あ、あれ? 私、何を……?」
エララは弓を下ろし、フラフラと僕たちに歩み寄る。
セレスティアが身構えるが、エララはその場で膝をつき、恭しく頭を垂れた。
「申し訳ありません……。貴方様方の、その高潔なオーラに気づきませんでした」
もちろん、彼女が見ているのはセレスティアの「勇者のオーラ」ではなく、僕から捏造された「支配者のオーラ」だ。
「えっ? わ、わかってくれたんですか?」
「はい。どうぞお通りください。……いえ、それだけでは無礼の償いになりません」
エララは立ち上がると、樹上の兵士たちに鋭い号令をかけた。
「総員、聴け! この方々は森の賓客である! 我らエルフの誇りにかけて、指一本触れさせるな! 全精力をかけて『影』となり、害なす者を排除せよ!」
「「「ハッ!!」」」
森がざわめき、数百の気配が一斉に消えた。
彼らは森の木々と同化し、僕たちの周囲に完璧な防衛線を敷いたのだ。
「すごーい! やっぱり話せばわかるんだね!」
セレスティアは無邪気に喜んでいる。
エララは僕とすれ違いざま、耳元で熱っぽく囁いた。
「……貴方様。私の部隊は、今日から貴方様の私兵です。森の外であろうと、地獄の果てであろうと、貴方様の敵を後ろから射抜きますわ」
「頼もしいね。でも、彼女には内緒だよ」
「フフッ……『秘密の共有』……ゾクゾクしますわ」
エルフの姫は、頬を染めて闇へと消えた。
◇
森を進む道中。
時折、遠くで「ギャッ」という魔物の短い悲鳴が聞こえる。
セレスティアが気づく前に、エララ率いるエルフ狙撃隊が、遠距離から脅威を排除している音だ。
「この森、静かだねぇ。鳥の声しかしないや」
「そうだね。きっと平和な森なんだ」
僕は微笑む。
背後の茂みからは、ヴァレリーが「なぜ私に矢が飛んでこないんだ……」と不満げな独り言を漏らし、ミレーヌが「エルフの弓の加工技術、独占契約を結べば大儲けですわ」と皮算用をしている。
こうして僕たちは、数百人の『見えないストーカー軍団(親衛隊)』を手に入れた。
セレスティアの旅路は、ますます過保護に、そして盤石になっていく。
(第17話 完)




