第15話「嘆きの城壁と、愛のパスワード」
北大陸を進むこと数日。僕たちの目の前に、天を突くほどの巨大な漆黒の壁が立ちはだかった。
『嘆きの城壁』。
魔王城へと続く唯一のルートを封鎖する、古代魔法による絶対防御結界だ。
「……これが、最後の難関……」
セレスティアがゴクリと喉を鳴らす。
壁の表面には、苦痛に歪む無数の顔が浮き出ており、近づく者の生気を吸い取ろうと脈動している。
彼女の小指から伸びる『死の糸』は、この壁に向かって特攻し、その反動で心臓が止まる未来を示していた。
「伝説によると、この扉を開けるには『勇者の寿命の半分』か、『愛する仲間の命』が必要なんだって……」
セレスティアは悲痛な面持ちで聖剣を握りしめる。
そして、震える声で言った。
「私が……やるしかないよね。みんなを犠牲になんてできないもん」
「待ちなよ、セレス」
僕は彼女の肩を掴んで止める。
その瞬間、背後に控えていた「頼もしい」仲間たちが一斉に前に出た。
「勇者様、そのお役目、私が!」
ヴァレリーが恍惚とした表情で、壁の前に立ちはだかる。
「私の命など安いもの! さあ、この身を壁に叩きつけ、その魔力で溶かしてください! 全身が分解される感覚……想像するだけで絶頂しそうです!」
「……主様。爆破する?」
クロエが影から現れ、大量の魔導爆薬を壁の隙間に詰め込もうとする。その目は「壁を消せば道になる」という単純かつ過激な思考で澄み渡っている。
「お待ちになって。物理的な破壊は美しくありませんわ」
ミレーヌが扇子を開き、壁を見上げながら不敵に笑う。
「この壁の維持費、および管理コストを計算しましたの。……魔王軍に『この壁を維持するより、通行料を取った方が儲かる』という事業計画書を送りつけ、買収するのが一番ですわ」
三者三様のアプローチ。
狂気、暴力、金。
方向性は違えど、全員が「セレスティア(と僕)のためなら手段を選ばない」という点で一致している。
(……いいパーティだ。最高の『捨て駒』たちが揃った)
僕は満足げに頷き、彼女たちを手で制した。
「みんな、気持ちは嬉しいけど下がっていて。ここは僕に任せてほしい」
「えっ、ヴェイン? でも、一般人のヴェインじゃ無理だよ!」
セレスティアが叫ぶ中、僕は壁に手を触れる。
冷たく、禍々しい魔力が指先を刺す。
この壁の正体は、『拒絶の概念』そのものだ。魔王が定義した「勇者一行を通さない」というルールが具現化している。
(……ルールがあるなら、書き換えればいい)
僕は視界に浮かぶ『拒絶の因果』の糸を両手で掴み、強く引っ張った。
ブチブチと音を立てて、数千年前の古代魔法が引きちぎれる。
「この壁のセキュリティ設定を変更する。……認証キーは、『生贄』じゃない」
僕は切断した糸を結び直し、新たな解除コードを入力(上書き)する。
「認証キーは……『セレスティアへの愛』だ」
ズズズズズ……!
大地が震えた。
嘆きの城壁に浮かんでいた苦痛の顔が、次々と穏やかな笑顔(ニッコリ顔)へと変わっていく。
そして、重厚な扉がゆっくりと、恭しく開き始めた。
「えっ……? 開いた……?」
セレスティアが呆然とする。
扉の向こうからは、ファンファーレのような風が吹き抜け、光が差し込んでいる。
「ど、どうやったのヴェイン!? 寿命は!? 生贄は!?」
「ただの古い扉だよ。蝶番が錆びてたから、ちょっと油を差したら開いたんだ」
僕は嘘をつき、彼女の手を取った。
「さあ、行こう。この壁を越えれば、魔王城までは一本道だ」
◇
開かれた門をくぐる時、僕は仲間たちと視線を交わした。
「……さすがです、主様。無血開城」
クロエが尊敬の眼差しで僕の影に潜る。
「私の出番がなくて残念ですけれど……ヴェイン様の『愛』には勝てませんわね」
ヴァレリーが悔しそうに、しかし嬉しそうに呟く。
「あら、壁の修繕費が浮きましたわ。これでまた勇者様の新しいドレスが買えます」
ミレーヌが電卓を叩きながらウインクする。
最強の布陣。
完璧な装備。
無尽蔵の資金。
そして、絶対的な忠誠を誓う狂信者たち。
「準備期間(外堀の埋め立て)」は、これにて完了だ。
僕たちはセレスティアを守るための最強の要塞となり、魔王の喉元へと進軍する。
「ヴェイン、ありがとう。……私、絶対に負けないからね!」
門の向こうに広がる荒野を見つめ、セレスティアが強く誓う。
その小指の『死の糸』はまだ消えていない。
だが、僕がいる限り、その糸が彼女を引くことは決してない。
「ああ。君は前だけを見ていればいい。後ろは僕たちが守るから」
僕たちは光の中へと足を踏み出した。
ここからは、過保護な干渉のレベルが一段階上がる。
魔王軍幹部の攻略戦の幕開けだ。
(第15話 完)




