第14話「魔王軍の歓迎パレードと、残念な女騎士」
霧が晴れ、目の前に現れたのは、黒い岩肌が露出した荒涼たる北の大地だった。
魔王の居城が存在する、人類にとっての禁忌の地。
「……空気が重いね。ここからは、本当に敵の領域なんだ」
甲板で風を受けるセレスティアの表情は硬い。
彼女の手は剣の柄にかかり、小指の『死の糸』はかつてないほど激しく警告を発している。
無理もない。港にはすでに、整列した数千の魔王軍兵士が待ち構えていたからだ。
彼ら全員から伸びる赤黒い『殺意の糸』が、この船をハチの巣にする未来を描いている。
(……上陸と同時に一斉射撃か。古典的だが、確実に勇者の心を折りに来ているな)
僕は隣で震えるセレスティアの肩を抱いた。
「大丈夫だよ、セレス。よく見てごらん。彼らは敵じゃない」
「えっ? でも、すごく怖い顔でこっちを見てるよ……?」
「あれは緊張しているんだよ。……VIPを迎えるためにね」
僕はウィンクをして、影の中に潜むクロエに合図を送る。
(――クロエ、敵の指揮官の首元へ。ただし殺すな。僕の声を届けるための『中継点』にしろ)
(……御意)
影が走る。
次の瞬間、僕は遠く離れた港にいる敵将――オークジェネラルの『指揮権』の糸を遠隔で掴み取った。
ジョキン。
『殲滅命令』の切断。
そして、『国賓待遇の歓迎』への接続。
因果の書き換え完了。
さあ、盛大に祝ってもらおうか。
◇
船が桟橋に着岸した瞬間。
セレスティアは覚悟を決めてタラップを降りた。
「来ます……! みんな、構えて!」
彼女が剣を抜こうとした、その時。
ドォォォォン!!
号砲が鳴り響いた。攻撃魔法ではない。色とりどりの花火だ。
殺気立っていたはずの魔王軍兵士たちが、一斉に武器を楽器に持ち替え、陽気なファンファーレを奏で始めた。
「「「ようこそーーっ!! 勇者セレスティア様ーーっ!!」」」
地鳴りのような歓迎の声。
オークたちが手作りの横断幕『WELCOME HERO』を掲げ、ゴブリンたちが花びらを撒き散らす。
指揮官のオークジェネラルが、満面の笑み(に見えなくもない顔)で花束を持って駆け寄ってきた。
「お待ちしておりましたァ! さあさあ、長旅でお疲れでしょう! 当基地自慢のスタミナ料理を用意しておりますぞ!」
「えっ……えええっ!? な、何これ!? 魔王軍だよね!?」
セレスティアはパニックで目を白黒させている。
僕はすかさず彼女の背中を押してフォローに入った。
「言っただろう? 彼らは勇者の評判を聞いて、改心した元・魔王軍の有志たちさ。君と和解したいんだよ」
「そ、そうなの!? 魔族の人たちとも分かり合えるんだ……すごい!」
セレスティアの瞳が感動で潤む。
チョロい。あまりにも純粋すぎて心配になるが、今はそれでいい。
その背後で、ヴァレリーが膝から崩れ落ちていた。
「嘘だろ……。数千の矢……雨のような魔法攻撃……私の体を蜂の巣にするはずの絶好の機会が……」
「ヴァレリーさん、大丈夫ですか? 感動で立てないんですね!」
「ち、違いますセレスティア様……! 私は痛みが欲しかっただけなのに……こんな平和なパレードなんて……!」
絶望するヴァレリーの横で、ミレーヌが電卓を叩きながら僕に耳打ちする。
「ヴェイン様、あちらの指揮官への『裏金』、渡しておきましたわ。あと、この歓迎式典の費用、後で魔王軍に請求しておきますわね」
「抜け目がないな」
「敵の金で勇者様をもてなす……ゾクゾクしますわ」
ミレーヌは恍惚としながら、オークジェネラルと握手を交わしている。
かくして、恐怖の上陸作戦は、奇妙な友好パレードへと変わった。
魔王軍の前線基地は、今日から勇者一行のための補給拠点として機能することになる。
もちろん、その裏ではクロエが、パレードに参加しようとしなかった過激派の兵士たちを、路地裏で静かに『処理』し続けていたのだが――それはまた、別の話だ。
「見てヴェイン! オークさんがおんぶしてくれるって!」
無邪気にオークの背中に乗るセレスティア。
その光景を見ながら、僕は北の空を見上げた。
待っていろ、魔王。
お前の軍隊も、城も、全てこうして彼女の踏み台に変えてやる。
(第14話 完)




