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第13話「死を誘う歌姫と、狂乱の船上ライブ」

月明かりすらない濃霧の海。

『ヴィクトリア号』の甲板では、キャンドルの光が揺れる優雅なディナータイムが始まっていた。


「わぁ、今夜はお魚料理だね! ミレーヌさんのところのシェフ、本当に凄いなぁ」


セレスティアがメインディッシュの白身魚のポワレに目を輝かせている。

船内にはミレーヌが雇った一流シェフも帯同しているため、食事は常に王侯貴族レベルだ。


「お気に召して光栄ですわ。……ヴェイン様、こちらのヴィンテージワインも開けましてよ」


ミレーヌが酌をする。その視線はグラスではなく、僕の唇に釘付けだ。

平和な食事風景。だが、周囲の霧の奥からは、生理的な嫌悪感を催すような「音」が響き始めていた。


――ラァ……ラァァ……♪


低く、甘く、そして脳髄を直接撫で回すような歌声。

セイレーンだ。音波による精神攻撃で船員の平衡感覚を狂わせ、海へ投身自殺させる海の魔女たち。


「ん? 何か聞こえる……。綺麗な歌声……?」


セレスティアがフォークを止め、耳を澄ます。

彼女の瞳の焦点が少しずつ合わなくなっていく。彼女の耳から脳へと伸びる『狂気の糸』が、紫色に発光し始めていた。


(……チッ、耳障りな雑音だ。せっかくのディナーが不味くなる)


僕はこの不快なBGMを、もっと愉快なものに変える必要があると判断した。


「セレス、ちょっと厨房にデザートの確認に行ってくるよ。ミレーヌ、彼女に耳栓……じゃなくて、イヤーマフを。少し肌寒いからね」

「かしこまりましたわ(……殺しますのね?)」


ミレーヌと目配せし、僕は霧の中へと歩き出した。

背後の闇から、クロエと、まだ髪が濡れているヴァレリーが現れる。



船首の先に広がる岩場。そこには半人半魚の美女たちが群れを成し、不協和音の合唱を続けていた。


「アァ……沈メ……沈メ……♪」


僕たちの姿を見つけると、彼女たちは裂けた口でニタリと笑い、歌声を強める。

普通なら、この時点で精神が崩壊し、自ら海へ飛び込むところだ。


「あぁ……! 脳が……脳が揺れるぅぅ!」


隣でヴァレリーが頭を抱え、しかし恍惚とした表情で膝をついた。


「聞こえる……『死ね』という甘い囁きが! 私の精神を蹂躙しようとする暴力的な意思が! くっ、もっと……もっと私を壊してくれぇ!」

「……主様。ヴァレリーが邪魔。蹴り落としていい?」

「放置しろ。それよりクロエ、指揮者の準備だ」


僕はセイレーンの群れの中央にいる、一際大きな個体を見据えた。

彼女たちの歌声には、明確な『殺意の因果』が乗っている。

僕はその因果の糸をまとめて鷲掴みにした。


「君たちの歌唱力は認める。だが、歌詞が暗すぎる」


ジョキン。


『呪いの歌』の切断。

そして、『熱狂的な推し活ソング』への書き換え。


「君たちが歌うべきは、死への誘いじゃない。……この海を通りかかった『尊いお方(僕)』への、溢れんばかりの愛と称賛だ!」


僕は糸を結び変え、新たな楽譜プログラムを彼女たちの脳内に流し込む。

ついでに、曲調もバラードからアップテンポなアイドルソングに変更してやった。


「さあ、歌え。曲目は『爆愛♡ヴェイン様親衛隊』だ」



――L・O・V・E! ラブリー! ヴェイン様ぁ!!


甲板に戻ると、霧の向こうから凄まじいハイテンションな歌声が聞こえてきた。

先ほどまでの不気味さは消え、まるでドームツアーのアンコールのような熱気が海を震わせている。


「えっ? えっ? なになに!?」


セレスティアが目を丸くして立ち上がった。

霧の中から聞こえてくる歌詞は、あまりにもはっきりとしていた。


『世界で一番イイ男〜! (フッフー!)』

『黒髪メガネの冷徹王子〜! (フッフー!)』

『踏まれたい! 貢ぎたい! 一生ついていきますヴェイン様〜! (ハイ! ハイ! ヴェイン様!)』


セイレーンたちは手拍子を打ちながら、海面から飛び出してダンスを踊っている。

その一糸乱れぬオタ芸に、海が沸騰しそうな勢いだ。


「すごい……! ヴェイン、聞いた!? 『ヴェイン様』って言ってるよ!」


セレスティアが興奮して僕の腕を揺らす。


「これ、ヴェインの応援歌だよね!? すごいよヴェイン! 海の魔物さんにまでファンがいるなんて!」

「あ、あはは……。どうやら地元のアイドルグループみたいだね。僕の名前を知ってるなんて、光栄だなぁ」


僕は冷や汗を拭いながら、引きつった笑顔で答える。

(……やりすぎた。まさかここまで歌詞が直球になるとは)


「ヴェインってば、やっぱり人気者なんだねぇ。私、鼻が高いよ!」


セレスティアはペンライトの代わりにフォークを振り、「ヴェインー! こっち向いてー!」とセイレーンたちと一緒にコールを始めた。


「……ヴェイン様。あの泥棒猫セイレーンたち、後で全員シメておきますわ。私のヴェイン様に気安く『ラブリー』なんて……」

ミレーヌがグラスを握りつぶす。

「……主様、アイドルデビュー? 私がファンクラブ会長やる」

クロエが真顔で会員証を作り始めた。


霧の向こうでは、コンサートを終えたセイレーンたちが「アンコール! アンコール!」と叫びながら、興奮のあまり次々と海に沈んで失神していく。


セレスティアにとって、この海は恐怖の魔海ではなく、幼馴染の意外な人気ぶりを知った「楽しいライブ会場」として記憶された。


「ヴェイン、私も負けてられないな。もっと頑張って有名にならなきゃ!」

「うん。……君は君のままでいいんだよ(これ以上ファンが増えると僕の胃が死ぬから)」


甘いデザートと、暑苦しいラブソング。

船上のディナーショーは、大盛況のうちに幕を閉じた。


(第13話 完)

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