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第12話「深海の魔物と、優雅なるクルーズ」

 潮風の香り。カモメの鳴き声。

 僕たちは大陸南端の港町リアンに到着した。ここから船で海を渡れば、魔王領のある北大陸へのショートカットになる。


「うわぁぁ! 海だー! 大きいねヴェイン!」


 セレスティアが波打ち際ではしゃいでいる。

 白い砂浜、青い空、そしてスカートの裾を少し濡らして笑う幼馴染。絵に描いたような青春の1ページだ。

 だが、僕の視界には水平線の向こうから伸びる、漆黒の『遭難の糸』が見えていた。


「残念だけど、船は出せないみたいだよ」

「えっ、どうして?」

「『海の主』が出たらしい。漁師たちが怯えていた」


 港の掲示板には「クラーケン出没注意。全船出航禁止」の張り紙。

 本来のシナリオなら、勇者一行が漁師の頼みを聞いてクラーケンを退治し、感謝の印として船を出してもらう流れだ。

 しかし、海上戦は足場が悪い。セレスティアが船酔いする可能性もあるし、万が一船が壊れたら溺死のリスクがある。


(……不安定な木造船で魔物と戦うなんて、リスク管理がなってない)


 セレスティアがしょんぼりと肩を落とす。


「そっか……。私、船に乗ってみたかったな。豪華客船の旅、憧れてたのに」

「……豪華客船か」


 その呟きを聞き逃す僕ではない。

 彼女が望むなら、泥舟だって豪華客船に変えてみせるのが、僕の仕事だ。


 ◇


 その日の深夜。

 僕と「愉快な仲間たち」は、小舟に乗って沖へと出ていた。


「出ますわね、ヴェイン様。海面下のソナーに巨大な生体反応ありですわ」

「ふふっ……触手……締め上げられる……悪くない……」

「……主様。海中戦は不利。私が潜って目玉を潰す?」


 三者三様の反応を見せるミレーヌ、ヴァレリー、クロエ。

 直後、海面が爆発し、巨大な触手が無数に伸び上がった。

 伝説の魔物、クラーケンだ。その巨体は小舟など一撃で粉砕できる威圧感を放っている。


 『グルルォォォ……!』


 クラーケンが触手を振り上げ、僕たちを叩き潰そうとする。

 その動きの先には、僕たちが藻屑となる『未来』が確定していた。


「ヴァレリー、出番だ」

「はいっ! 喜んでぇぇぇ!」


 ヴァレリーが鎧を脱ぎ捨て(重りになるため)、筋肉質な肢体を晒して海へ飛び込んだ。

 彼女は迫りくる触手を避けるどころか、自ら絡まりに行く。


「んぐっ……! 強い……! この締め付け……たまらないッ!」


 クラーケンが困惑したように動きを止めた。獲物を捕らえたはずが、獲物の方が嬉々として触手にしがみつき、あろうことか「もっと強く!」と要求してくるのだから。

 その隙に、僕はクラーケンの本体から伸びる『破壊の衝動』の糸を視認する。


「君の役割は沈めることじゃない。……運ぶことだ」


 ジョキン。


 因果の剪定。

 そして、『破壊者』の役割を『推進機関』へと書き換える。


 クラーケンの動きが変わった。

 ヴァレリーを締め上げていた触手の力が抜け、代わりに海水をかいて進むための流線型の動きへと変化する。

 僕はミレーヌに合図を送った。


「ミレーヌ、例の船を」

「準備万端ですわ! 当商会が極秘に建造していた、洋上貴賓室『ヴィクトリア号』!」


 ミレーヌがアイテムボックスから取り出したのは、船というよりは「浮かぶ宮殿」だった。

 だが、この船にはエンジンがない。

 そこでクラーケンの出番だ。

 僕はクラーケンの触手を船底のハーネスに固定し、因果の糸で命令を打ち込む。


「さあ、働いてもらおうか。揺らさず、速く、快適に」


 ◇


 翌朝。

 港に停泊する巨大な豪華客船を見て、セレスティアは腰を抜かした。


「ええええ!? なにこれ!? いつの間に!?」

「たまたま通りかかった富豪の船長が、君を乗せてくれるってさ」

「すごーい! 夢みたい!」


 出航。

 船は滑るように海を進む。波の揺れは一切ない。

 なぜなら、船底ではクラーケンが必死に触手を動かし、波を相殺しながら超高速で泳いでいるからだ。


 甲板のデッキチェアで、トロピカルジュースを飲むセレスティア。

 その横で、ミレーヌが日傘を差し、クロエが冷えたフルーツを剥いている。


「最高だね、ヴェイン! 風が気持ちいい!」

「そうだね。魔物も出ないし、いい航海だ」


 僕は海面を見下ろす。

 深く青い海の中、必死の形相で船を引っ張る巨大イカと、その触手に時折絡みつきに行っては「ああんっ、サボるな!」と鞭を入れるヴァレリーの姿が微かに見えた気がした。


 魔の海域は、ただの遊覧コースに変わった。

 セレスティアが海を渡り切るまで、この快適なクルーズは終わらない。


(第12話 完)

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