第11話「八百長の迷宮と、捏造された伝説」
次なる目的地への道中、僕たちは『試練の洞窟』と呼ばれる古代遺跡に立ち寄った。
伝説によれば、ここをクリアした者には神の祝福が与えられるという。
「よしっ! ここなら誰も傷つけずに、私の実力を試せるよね!」
洞窟の入り口で、セレスティアが張り切って準備運動をしている。
彼女の小指から伸びる『死の糸』は、洞窟の奥にある無数の『即死フラグ』と複雑に絡み合っていた。
落とし穴、毒矢、圧殺壁。
ここは試練なんて生易しいものじゃない。古代人が悪意を持って作った処刑場だ。
(……やれやれ。遠足のコースにしてはハードすぎるな)
僕はため息をつきつつ、背後に控える「頼もしい」仲間たちに目配せをした。
「作戦通りに。セレスには指一本触れさせるな」
「御意」(クロエ)
「お任せください、ヴェイン様。宝箱の中身は最高級のアーティファクトに入れ替えておきますわ」(ミレーヌ)
「ふふっ……罠……痛み……私の体で全て吸い尽くしてみせます!」(ヴァレリー)
◇
探索開始から5分。
セレスティアが不用意に床のタイルを踏んだ。
――カチッ。
古典的だが致命的なスイッチ音。左右の壁から、猛毒が塗られた槍が飛び出す仕掛けだ。
僕は因果の糸を切る準備をしたが、それより速く、長身の影が動いた。
「危ないです、セレスティア様!!」
「えっ、ヴァレリーさん!?」
ドスッ! ドスッ!
飛び出した二本の槍が、ヴァレリーの脇腹と太ももに深々と突き刺さる。
普通なら即死、あるいは重傷で動けなくなるレベルだ。
「ヴァ、ヴァレリーさん!? だ、大丈夫ですか!?」
「くっ……ふふ、ふははは……!」
ヴァレリーは槍が刺さったまま仁王立ちし、恍惚の笑みを浮かべていた。
「これしきのこと……蚊に刺された程度! ああ、勇者様の代わりに痛みを受ける、この瞬間のなんと甘美なことか……!」
「えぇ……痛くないんですか……?」
「痛い! 痛いですとも! だがそれがイイ!!」
ヴァレリーは槍を自分の筋肉で締め付け、バリバリとへし折って引き抜いた。傷口からは血が出ているが、彼女の表情は絶頂に達している。
セレスティアはドン引きしていたが、僕は心の中で親指を立てた。
いいぞ、最高の肉壁だ。
さらに奥へ進むと、今度は天井からスライムの群れが降ってきた。
物理攻撃が効きにくい厄介な敵だ。
「きゃっ! 囲まれた!?」
セレスティアが剣を構える。
だが、彼女が剣を振るうコンマ一秒前、天井の闇に潜んでいたクロエが動いた。
彼女はスライムの核だけを正確に針で突き刺し、瞬時に液状化させていく。
セレスティアが剣を振った時には、スライムたちは既に死んでおり、ただの水たまりとなって飛び散った。
「えっ? あれ? 私、まだ当ててないのに……気迫で溶けちゃった?」
「すごいよセレス! 覇気だけで魔物を倒すなんて!」
「そ、そうかな!? 私、覇気使いなのかな!?」
セレスティアは自分の手を見つめて大興奮している。
その背後で、クロエが音もなく着地し、僕の袖をちょいちょいと引っ張った。
『褒めて』という無言の要求だ。僕はこっそりと彼女の頭を撫でてやる。クロエは目を細め、喉を鳴らすように身を寄せてきた。
◇
そして最深部。
そこには豪華な宝箱が鎮座していた。
「やった! クリアだね!」
セレスティアが宝箱を開ける。
中に入っていたのは、虹色に輝く美しい指輪だった。
「わぁ……綺麗! これ、伝説の『天使の指輪』かな?」
「鑑定してみようか。……うん、防御力を大幅に上げる国宝級のアイテムだね」
もちろん嘘だ。
それは先ほど、ミレーヌが先行して配置しておいた、彼女の商会が扱う商品の中で最も高価な護身用アクセサリーだ。
本来の宝箱の中身は「ただの錆びたナイフ」だったらしいが、そんなガッカリ展開は僕が許さない。
「ヴェイン様、経費として請求書はこちらに……」
「後で払うよ(どうせ君の財布から出る金だが)」
「ああんっ、ヴェイン様の借金が増える……私に借りを作ってくださるなんて、興奮しますわ!」
ミレーヌは請求書を胸に抱きしめ、身悶えている。
帰り道。
セレスティアは新しい指輪をつけ、上機嫌で鼻歌を歌っていた。
「私、強くなったし、いいアイテムも手に入れたし、これなら魔王も楽勝かも!」
彼女の笑顔は眩しい。
その笑顔を守るために、ヴァレリーは血を流し、クロエは手を汚し、ミレーヌは金をばら撒く。
狂ったような過保護さだが、全員が幸せそうだから問題ないだろう。
「……さあ、次は港町だ。美味しい魚料理が待っているよ」
僕はセレスティアの手を引き、出口の光へと歩き出した。
僕たちの「冒険ごっこ」は、まだ始まったばかりだ。
(第11話 完)




