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第10話「肉の盾(タンク)の採用面接」

魔王領に近い国境の街、ヴァルドロ。

荒くれ者の冒険者が集うこの街で、僕たちは「前衛職」を探していた。


「私、もっと前で戦いたいな! 守られてばっかりじゃ勇者失格だもん!」


ギルドの掲示板の前で、セレスティアが拳を握っている。

彼女の小指から伸びる『死の糸』は、前衛に出た瞬間に敵の集中砲火を浴びて即死する未来を描いていた。


(……駄目だ。セレスは一撃でも攻撃を受けてはいけない。彼女に必要なのは、彼女の代わりに痛みを受ける『身代わり』だ)


僕は視線を酒場の隅へと走らせる。

そこに、昼間から安い酒を煽っている長身の女がいた。


錆びついた鎧、顔には大きな刀傷。

かつては帝国の近衛騎士団にいた腕利きらしいが、何かをやらかして今はただの飲んだくれだ。

彼女の背中には、ドブ川のような濁った灰色の糸が見える。


――『野垂れ死に』の運命。


酒と喧嘩に明け暮れ、路地裏で誰にも看取られずに冷たくなる未来。


(……拾い物だな。頑丈さと、捨て鉢な精神。盾にはうってつけだ)


僕はミレーヌとセレスティアを席に残し、女のテーブルへ向かった。


「隣、いいかな」

「……あぁ? ガキに用はねぇよ。失せな」


女――ヴァレリーが据わった目で睨みを利かせる。

その瞬間、背後の影からクロエが殺気を放ち、ヴァレリーの頬を冷や汗が伝った。

腐っても元騎士、殺気の出処は察知できたらしい。


「単刀直入に言おう。君のその無駄に頑丈な体を、有効活用させてほしい」

「なんだと……?」

「君は死に場所を探しているんだろう? 騎士としての誇りを失い、生き恥を晒す毎日に疲れている。……痛みだけが、君が生きていたことを証明する唯一の手段だ」


図星だったのか、ヴァレリーが唇を噛む。

彼女の瞳には、深い虚無と、自罰的な色が混じっていた。


「……そうだとしたら、どうだと言うんだ。お前ごときに何ができる」


「救済さ。君に最高の死に場所……いや、『死ぬよりも気持ちいい居場所』を提供しよう」


僕は彼女の耳元に顔を寄せ、悪魔のように囁いた。


「君のその頑丈な肉体は、ボロボロになるためにある。……高潔な勇者の盾となり、矢を受け、魔法に焼かれ、骨が軋むほどの衝撃に耐える。想像してごらん? それは君が求めていた『贖罪』であり……背筋がゾクゾクするほどの『快楽』じゃないか?」


「なっ……!?」


ヴァレリーの体がビクンと跳ねた。

僕は彼女の『野垂れ死に』の糸を指先で絡め取り、強引に引き伸ばす。


ジョキン。


『無意味な破滅』の切断。

そして、『自己犠牲という名の絶頂』への接続。


「痛みは罰じゃない。ご褒美だ。……君が傷つくたびに、世界が救われるんだぞ?」


僕は因果の結び目を、彼女の脳の報酬系回路へと深く突き刺した。


「……あ、あぁ……っ!」


ヴァレリーの瞳から虚無が消え、代わりに妖しく潤んだ狂信的な光が宿る。

彼女の脳内で、「酒に溺れる無意味な苦痛」がゴミへと変わり、「清廉な勇者のために痛みを引き受けること」が、脳髄を痺れさせる至上の快楽へと変換されたのだ。


「そ、そうです……私は……私は待っていた……! 私の体を、徹底的に使い潰してくれる支配者を……!」


ヴァレリーはジョッキを握りつぶし、荒い息を吐きながら立ち上がった。

長身の彼女が立ち上がると、周囲の空気が圧迫される。


「そうだ! 私の命は、穢れなき勇者様のためにある! 私の肉体は、彼女を守る城壁! ああ、早く……早く私を戦場へ! 傷つきたい! 守り抜いて、ボロ雑巾のように捨てられたい!」

「その通りだ。さあ、契約成立だね」


僕は満足げに頷いた。

ただの自殺志願者ではない。死ぬまで機能し続ける、愉悦の守護者が完成した。



数分後。

僕がヴァレリーを連れて戻ると、セレスティアは驚いた顔をした。


「えっ、ヴェイン、その人は?」

「元帝国近衛騎士のヴァレリーさんだ。君の志に感動して、ぜひパーティに入りたいって」


ヴァレリーはその場に跪き、床に額を擦り付ける勢いで最敬礼した。


「ヴァレリーと申します! セレスティア様! この身、貴方様の盾となり、矢でも魔法でも、全て受け止める所存です! どうぞ私の体を踏み台にしてお進みください! 遠慮なく! グリグリと!」


「えっ……? あ、はい……?」


そのあまりの熱量と、凛々しくもどこか危ない忠誠心に、セレスティアは少し引きつつも、嬉しそうに微笑んだ。


「す、すごい迫力……。女の人でこんなに強そうな人、初めて! ありがとうございます、ヴァレリーさん! 一緒に頑張りましょう!」


セレスティアが手を差し伸べると、ヴァレリーは感涙にむせびながら、壊れ物に触れるようにそっとその手を取った。

彼女の全身からは、極太の『守護マゾヒズム』の糸が伸び、セレスティアの周りに見えない壁を形成している。


「……ヴェイン様。また拾ってきましたの? あんなヤバそうな女騎士」

壁役タンクは必要経費だよ、ミレーヌ。それに、彼女はメンテナンスフリーだ。壊れても喜ぶからね」

「あら、経済的ですわね! 採用ですわ!」


その夜。

さっそく遭遇したオーガの群れに対し、ヴァレリーは盾も構えずに突っ込んでいった。


「ハァッ! 効かぬわぁぁぁ!!」


ドゴォン! バキィッ!

棍棒で殴られても、爪で裂かれても、彼女は恍惚とした表情で笑っていた。


「くぅっ……重い……! 骨に響く……! これが……これが勇者様を守る痛み……! 死ぬより……死ぬより気持ちいいぞぉぉぉ!」


血まみれになりながら敵を足止めする彼女の後ろで、セレスティアが安全に詠唱を完了させる。


「ホーリー・レイ!」


光の魔法がオーガを消滅させた。

戦闘終了。


セレスティアは無傷。

ヴァレリーは全身打撲だが、頬を紅潮させて荒い息を吐き、うっとりと空を見上げている。


「素晴らしい……! 私の体がきしむ音……勇者様の輝き……! 私は今、最高に生きている!」


セレスティアは「ヴァレリーさん、大丈夫ですか!? すごい音しましたけど!?」と慌てて回復魔法をかけるが、僕は知っている。

回復すれば、また傷つくことができる。

彼女にとって、ここは地獄の戦場ではなく、約束された快楽のエデンなのだ。


こうして、僕のパーティに『絶対に壊れない(壊れることを望んでいる)』最強の盾が加わった。

使い潰すその日まで、精々頑丈でいてくれよ。


(第10話 完)

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