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さだまさし「舞姫」の世界観を元にしたお話(オマージュ作品)です

静寂に包まれた山間の町。その歴史ある一角に、たった一軒だけ、夜な夜な灯をともす小さな食堂があった。食堂の名は「エトランゼ亭」。


店主は、名をセフィーラという女。四十路に近いというはずなのだが、その容姿はまるで時が止まったかのように若々しく、そして凛としていた。

彼女がこの食堂で働き始めてから、もう十年以上の月日が流れていた。


セフィーラには、店の奥の小さなステージで毎晩のように踊る変わった習慣があった。

それは優雅で、時に激しく、しかし、どこか切なさを秘めた舞であり、見る人の胸に訴えるものがあった。

彼女の踊りは、街の人々の間でいつしか有名になり、それ目当てに訪れる客も少なくなかった。


「セフィーラ、今夜の踊りも素晴らしかったよ!」


常連客の一人が声をかけると、セフィーラは優しく微笑む。その瞳は、遥か遠く、水平線の向こうを見つめているようだった。




セフィーラが踊り続ける理由――それは、遠い昔の、たった一度の恋、そして一つの約束だった。


彼女がまだ世間知らずの娘だった頃、一人の旅人が潮風の港に立ち寄った。

彼は、セフィーラが働く店で一冬を過ごし、やがて彼女の心を射止めた。

名はリオネル。異国の地から来た料理人の卵だった。


リオネルが作る料理は、この土地では誰も味わったことのない、驚きに満ちたものだった。特に新鮮な肉を岩塩とハーブだけで焼き上げるシンプルな料理は、一度食べたら忘れられない味だった。



「セフィーラ、俺は必ず世界一の料理人になって、この町に帰ってくる。その時は、俺の店で、お前だけのために踊ってくれ」



リオネルはそう言い残し、春の訪れと共に船に乗って去っていった。彼の手に握られていたのはセフィーラの白いハンカチだった。




しかし、時が流れてもリオネルは帰らなかった。


「帰らないさ。あの手の旅人は、新しい街でまた新しい女を見つけるんだ」


仲間たちはそう言って笑った。


たまゆらの淡い夢……。

セフィーラの心にも、一時は諦めがよぎった。けれど、彼女は踊ることをやめなかった。

踊り続けることで、リオネルとの恋が決して嘘ではなかったと、自分に確かめていた。



そして、彼女の心にもう人とつの決意が芽生える。


「リオネルが帰ってきた時、彼はきっと空腹のはず。一番美味い肉料理を求めるはずよ」



セフィーラは酒場の片隅の厨房に立ち、リオネルが教えてくれた肉料理を、来る日も来る日も作り続けた。

彼の味を忘れないために。彼が帰ってきた時すぐに彼の味を再現できるように。

彼の味のすべてを、この手と舌に刻み込むために。その味を彼へと提供するために。




・・・・・・・



セフィーラは、リオネルが残したレシピを元に、この土地で手に入る最高の肉と、伝統的な調理法を融合させた、独自の肉料理を生み出していった。


彼女が提供するのはローストビーフ。

オーブンの前で、肉が焼ける音が静かに響く。

立ち上る香りは、鼻腔をくすぐり、期待を誘った。

指で押すと、肉の弾力が完璧な火入れを教えてくれる。



このローストビーフは、この町の名物となっていった。


「エトランゼ亭のローストビーフを食べずして、また、セフィーラの踊りを見ずにして、この町を語るなかれ。」


旅人たちはそう言い合った。


セフィーラの踊りも、ローストビーフも、いつの頃からか「一途」と呼ばれるようになっていた。

彼女がリオネルを待ち続け踊る姿を、未練だと言う者もいた。

リオネルの残したレシピを元にしたローストビーフを作る姿を、健気と言う者もいた。

長い年月を待ち続けたセフィーラは、他人の言葉に耳を貸さなかった。

彼女にとって、肉料理を作ることは彼の約束を信じる儀式。そして、踊ることは祈りだった。


「私は愉しんで”まって”いるのよ」

待つことも、舞うことも、愉しんでいるのだ、と彼女は心から笑って言っていた。


彼女のローストビーフは、次第に深みを増していった。それは、待つことの孤独と、希望を胸に生きる喜び、そして彼女の人生のすべてが注ぎ込まれた味だった。



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