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クローン

作者: 岡みつる

挿絵(By みてみん)


クローン


「これが私ですか」

「そうです、あなたのクローンの胚です。この後人工子宮に入れられて成育します」

「私は第二の私を作った。もし第二の私が第三の私をつくり、それを続ければ私は不死身なのでしょうか?」

「違います。皆さんその点をよく誤解されます。あなたは一個の個なのです。そしてこのあなたのクローンも一個の個なのです。同じであるのは物理的、生体的形態だけです。あなたとこのクローンが認識の世界で共有するものは何もありません。つまりあなたが死ねば個としてのあなたは消滅します。一方クローンのあなたは成長し、あなたのクローンとして生まれたことを認識するでしょう。消滅したあなたとの交信等できません。つまりあなたは普通に子供を授かったのと全く同じなのです。違うのはその方法だけです」

「では」

「何ですか」

「では、私を上から真っ二つに切ったとします。私の体には片側が失われたら失われた側を再生する能力があったとします。この場合はどうなるのでしょう」

「真っ二つに切った瞬間、切られる前の個は消滅します。再生の過程で意識が戻ったとき、左右の断片は自分が切られたこと、切られたどちら側かを認識します。そうして完全に再生した後は普通に生きていくでしょう。つまり切られる前の個は消滅し新しい二つの個が生じます」

「では何らかの方法で誰かの意識を本人に気づかれずに失わせます。そうして真っ二つに切り両側が完全に再生するまで意識を失わせます。両側が意識を取り戻したときはどうなりますか?」

「前の問いと同様です。真っ二つにされる前の個は切られる瞬間に消滅します。再生した両側は自分が真っ二つに切られた片側である等とは夢にも思わないでしょう。彼らにそれまでの経緯を説明したら驚きの連続で信じないでしょう。しかしこれはなんでもないことなのです。あなたは完全に普通の方法で生まれました。今、あなたは実はある工場でこれこれこういう方法で生成されたのだと説明するのと同じです。あなたは信じないでしょう。しかし信じるまで決定的な事実を突きつけられるとやがて信じるでしょう。真っ二つにされて生成した個はお互いが出会ったときが決定的な出来事となるでしょう」

「人間が不死身になる方法等無いと言うのですか?」

「実は私達は毎晩死んでいるのです。私達は毎晩眠ります。そうして意識を失います。目覚めて意識と記憶を取り戻します。世界の事物があなたの記憶と合っているでしょう。それ故あなたは今日も生きていると認識するだけなのです」

「そうなのですか?」

「はい。毎晩といえず私達は一つの生命体として生存という状態にある間、常に死に蘇っているのです。この瞬間、瞬間にです。ただ連続性については認識しています。先の意識を失わせて真っ二つにされた個と同じです。私たちは見てきたこと、してきたことの記憶と世界が一致しているので私達は生き続けてきていると感じるのです。このような論の中ではもう生というのはあまり意味を成さなくなってきます。生については分かります。今現在が私達個の生の状態です。死については誰もわかりません。死んでいる個の認識が消滅している訳ですから、その個には認識不可能です。一回死んで蘇った人間の報告等ありません。あったとしてもその報告は駄法螺に過ぎません。なぜなら先ほど述べたように私達は瞬間、瞬間に生と死を行き来しているからです。その私達が死について語れないのですから、蘇ったと称する人間の話は駄法螺です。私は医学的な死について論じていません。心臓が動いているとか、脳波が出ているとか。それは物理的な外面です。私は個の認識について論じているのです」

「では、このような場合はどうですか。二人の人間の意識を本人に気づかれずに失わせます。そして、彼らの脳を取り出して組織をいくつかに分けて、お互いのものと交換し再び二つの脳を形成し、体に戻します。この場合はどうなるのでしょう」

「二人の人間の個は失われます。そして二つの個が生じます。意識を取り戻したとき普通の人間として生きていくでしょう。なぜなら、彼らはやはり見てきたこと、してきたことの記憶が世界と一致するからです。世界は一つしかありませんから当然一致します。ただ彼らにとって納得がいかないことが起こるでしょう。改変を加えられた後の彼らをA、Bとしましょう。Aは自分の家の記憶を持っています。Aは自分の職場の記憶を持っています。この二つの関連は元々の二人には存在しなかったものとします。つまり職場の記憶はBのもので、Aの記憶はBと混ざってしまった。元の二人の内の一人の記憶ともう一人の記憶が混ざってしまった場合です。あるいはもっと納得がいかないことが起こるでしょう。自分の職場の記憶が二つあった場合。自分の職場の記憶を喪失した場合。当然これらは健康状態とは見做されません。これに良く似た精神疾患も存在します。ただし混同してはいけないのは改変後の彼らの記憶は全て客観的にみて正しいものです。通常の精神疾患ではそのようなことはありません」

「では多数の人間の脳を同じように混ぜ合わせた場合はどうなりますか?」

「あなたの問い自体意味を失ってきました。なぜならあなたの問いの結果も今生存している私達の中で常に起こっていることなのです。軽く頭を叩いただけで幾つかの脳細胞は死んでしまいます。また私達の認識とは無関係に脳細胞は変容します。ただそれが微々たるものなので私たちはそれを認識できません」

「では、人間の生死についてなぜ大騒ぎになるのでしょう」

「生。新しい個の生成、それは私達には死と同様に分からないものです。私達はその新しい個といろいろな関係を持つことができます。一方死、私たちはその個との関係を永遠に断ち切られます。これらはこの世界で日常的には起こっていますが、一つの個にとっては滅多に起こらないことです。しかも決定的です。不可逆です。これほど決定的で不可逆な事象を私たちは体験できません」

「私は犬を飼っています。彼は何を思うのでしょう。あるいは花壇に舞う蝶、彼らは何を思うのでしょう。公園にそびえる高木、彼は何を思うのでしょう」

「分かりません。私はあなたの思うことについてさえも分かりません。犬はあなたの仕草に反応するでしょう。蝶は捕まえようとすると逃げるでしょう。高木は私達の仕草に無反応です。彼は切り倒されてもそれきりです。これが言語なのです。私達いや、全生物は夫々語り合える言語が限定されています。これは生物の物理的、生体的形態からくる制限です。私達は他の個の認識を自分と共有することはできません。私は言語と言いました。それは行動です。私達、いや生は行動により他の個に改変を加えます。この世界のあらゆる生、それはお互いに改変を加え合っています。改変を加えた個が改変を加えられた個のことを察するかどうか、それについて述べましょう。繰り返しますが、個は他の個の認識について一切知ることができません。ではある個がある個に対して改変を加えた、それを第三の個が観察していたとしましょう。その後改変を加えた個、改変を加えられた個の行動が、観察していた個の認識の中で何らかの整合があったと認識した場合、観察していた個はそこに意味を見出します。それは改変を加えた個、改変を加えられた個、いずれについても同じことがいえます」

「あなたは個の認識は共有不可能だと言いました。それは何故ですか?」

「実に単純なことです。私たちは信号を見たとしましょう。たまたま赤だったとしましょう。私達は二人とも今は赤だと言うでしょう。しかし私の認識の中の赤とあなたの認識の中の赤は同じであるかどうか証明することが不可能です。私達は信号という言語による行動から今は赤信号であるという改変を加えられました。そして私達は二人とも赤だと言いました。これは二つの別個の個の認識の中の色が一致したのではなく、認識の中で見出した意味が一致したのです」

「仮に私とあなたが肉体の一部を共有している、例えば奇形の動物のように、双頭の蛇のような状態であっても認識の共有は不可能ですか?」

「不可能です。個は物理的存在を媒体として存在しています。それは認めましょう。一つの脳の中にいくつもの個がある状態。これは医学的にある種の疾患として認識されています。一般化すれば一つの物理的存在の中にいくつでも個は存在できます。良く知られているのは潜在意識等です。個の境界にもふれましょう。私という個の存在それは私の肉体全部で完結して終わりだと普通は考えるでしょう。しかしながらこの世界の一切の物理的存在の中から任意の要素の集合を境界として個は存在できるのです。ではなぜ私という個の存在が私の肉体全部で完結してしまうと考えるのでしょうか。それは私という個の認識が確実に制御可能な行動が、私の肉体に限定されているということが私という個の認識の中に意味として存在するからです」

「では無生物についてはどうですか。彼らに認識はあるのですか?」

「分かりません。それは私があなたに認識があるかどうか分からないのと同様です。もちろん分かっていますよ。あなたに認識があるということは。ただそれを証明する決定的な手段がありません。あなたにも認識があると私が認識しているのは虚なのかどうか、知る手立てはありません。何度も繰り返しますが、個が他の個の認識について知ることはできません。つまり私の認識全てが虚であるかどうか、私という個、その他一切の個にも分からないということです。話が横道にそれました。無生物に認識があるか、分かりません。あなたに認識があるかどうか分からないということと同様です。もちろん認識があるのは生だけだと信じられています。これは私達が無生物と語り合う言語があまりにも乏しいからです。山を爆破すれば山は変形するでしょう。地震によって私達は損害をこうむるでしょう。いやこんなことはここでの論に適当ではありません。両方とも物理の世界で説明可能なので無用な憶測の話に迷い込むだけだからです。説明不可能だった時代、我々は天変地異を自然からの言語と受け取っていました。あなたは塩をなめればあなたは塩辛さで改変を受けます。あなたから塩への改変の手立ては水に溶かしてしまうことです。生物、無生物それは科学の上での分類です。私の生についての説明が一切の無生物に当てはまりましょう」

「では物理の世界で全ての言語、行動、改変の説明がなされてしまえばどうなるのでしょう」

「科学が進歩したというだけです。私達は進歩して現在があります。進歩する前と後では随分変わったかも知れないし、それほど変わっていないのかもしれません。いずれにせよあなたのいう全てには程遠い状態ですが、ある日突然全てが説明されてしまえば大混乱になるでしょう。しかしおそらくは少しずつ説明されて行くのです。それは私達の今日までの道のりと何ら変わりありません。しかも全てが説明されると言うことは起こりえないでしょう。先ほど言いましたように個が認識を共有できないことと死を報告できないからです」

「生とは何でしょう。死とは何でしょう。それが説明される日は来るのでしょうか?」

「来ないでしょう。いや、もう説明されています。生とは個として認識を持つこと、同時に他の個の認識を共有不可能だということ、死というのは認識が消滅し、一切の言語・行動・改変に...、問いと言う言葉を使いましょう、一切の問いに答えを返さないもののことです。これが説明というか定義です。私達の今現在の定義です」

「もう一度聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

「私達が不死身になる方法は無いのですか?」

「答えになるかどうかあなた自身で判断して下さい。私達個はその媒体である物理的、生物的存在の劣化を理由として死にます。劣化は避けられません。劣化自体が生だからです。あなたのごく初期と物理的、生物的形態が一致する物体を用意します。そこに個が存在するか否かを問いません。そしてあなたが今まで受けた改変を全てその物体にも受けさせます。これであなたの真のクローンができあがります。ただし一つ問題があります。あなたと全く物理的に等しい物体に宿った個はあなたと同じ寿命しかありません。あなたと全く同じなのだから当然です。ですから用意した物体に加える改変はあなたより寿命が長くなる程度で済まし、寿命を伸ばす改変を付け加えなければなりません。何かが失われるでしょう。何かが異なるでしょう。これであなたより長く生きられるクローンの完成です。あなたには消滅してもらいます。あなたと言う個は消滅しました。あなと思い込んでいる個が生成しました。そしてこれら一切の施術はあなたにもあなたと物理的に等しい物体にも認識されないように行う必要があります。それに加えて用意した物体に個が宿るかどうか、どんな個が宿るか、それは観察者であるその施術をした人物、その個の認識の中の意味として判断されるのみです」



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