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第4話 孤独な探求

【調査記録 004】2024年8月10日


 山田さんや佐々木くんのような明確な体験者は、氷山の一角に過ぎなかった。

 私は調査の網を広げ、SNSや匿名掲示板の過去ログをさらい続けた。「知恵袋」「すごい回答者」「曲名」「思い出せない」――そんなキーワードの組み合わせで検索をかけると、無数の断片的な書き込みがヒットした。


「知恵袋にいた神、マジですげえ。うろ覚えのCMソング一発で当ててくれた」

「昔なくしたぬいぐるみの名前、知恵袋で聞いたら、なんか思い出せた。泣いた」

「ᕫって回答者、何者? エスパー?」


 それらは、歓喜や賞賛の声ばかりだった。

 誰も、その異常性に気づいていない。彼らにとってᕫは、単なる「幸運な偶然」か「物知りな親切さん」でしかなかったのだ。現実が書き換えられている可能性など、誰も想像すらしていない。

 山田さんたちのように、自身の記憶と現実の間に生じた齟齬に気づき、恐怖を感じている人間は、観測した範囲では見つけられなかった。


 私は、自分が発見した現象の危険性を、匿名掲示板に書き込んでみた。


---


【掲示板ログ:オカルト板】


784: 本当にあった怖い名無し 2024/08/10(土) 21:45:13

みんな知恵袋のᕫって奴に気をつけろ。

あいつはただの物知りじゃない。

質問者の記憶を読み取って、現実を書き換えてる。

存在しないはずの曲が、あいつが回答したせいで「存在する」ことになった。

これは、マジでやばい現象だ。


785: 本当にあった怖い名無し 2024/08/10(土) 21:47:02

>>784

で、ソースは?


786: 本当にあった怖い名無し 2024/08/10(土) 21:49:33

>>784

また統失か。薬飲んで寝とけ。


787: 本当にあった怖い名無し 2024/08/10(土) 21:52:01

そのᕫって人に宝くじの番号聞けば億万長者じゃんw

つか、ᕫってなんて読むの?

コピペめんどいんだけどw


---


 結果は、惨憺たるものだった。嘲笑、罵倒、無関心。

 私の警告は、ネットのノイズの海に掻き消えた。誰も、信じない。この巨大で、静かな怪異の全体像を把握し、その本質的な恐怖を理解しているのは、この世界で、おそらく私一人だけなのだ。


 底知れない孤独感と、じりじりとした焦燥感が、私の精神を蝕んでいく。

 社会から隔絶された私は、もはやᕫの調査にのめり込むしか道はなかった。それは、真実の探求というより、狂気から逃れるための唯一の手段だった。


 ᕫについて、改めて考えてみる。切り取られたレシピノート、書き足された名簿の余白。ᕫは、記録の空白を狙って侵入してくる。

 まるで、全身にお経を書きながら、耳だけを書き忘れたがために、そこを亡霊に奪われたという、耳なし芳一の物語のようだ。これは、現代に蘇ったデジタル版の耳なし芳一なのではないだろうか。


 しかし、この突飛な仮説を検証するためには、データが不足しすぎている。


 私は、ウェブ魚拓やキャッシュに残されたᕫの断片的な回答を、憑かれたように収集し始めた。回答日時、質問内容、回答速度、情報の深度……。それらをスプレッドシートに入力し、パターンを分析する。その無機質な作業だけが、私を正気につなぎとめる最後の錨だった。


---


【緊急報告 002】2024年9月10日


 私は、以前インタビューした山田美咲さんと、佐々木健太くんに、再度連絡を試みた。彼らの証言は、私の「耳なし芳一」仮説を補強する上で、最も重要なものになると考えたからだ。


 だが、駄目だった。


 山田さんの携帯電話は、「お客様のおかけになった電話番号は、現在使われておりません」というアナウンスが流れるだけ。以前やりとりしたSNSのアカウントは、検索しても見つからない。

 佐々木くんの家に電話をかけてみると、「どちら様でしょうか?」と、母親と思われる女性の声が返ってきた。しかし、佐々木くんのことを尋ねると、「うちには健太という息子はおりません」と、冷たく電話を切られてしまった。


 何かが、おかしい。


 考えられる可能性は二つ。

 一つは、彼らがᕫに関わったことで身の危険を感じ、私からの連絡を避けるために、自ら連絡先を変え、母親にも口裏を合わせるよう頼んだ、という可能性。彼らが怯えていたことを考えれば、あり得ない話ではない。

 そして、もう一つは、より恐ろしい可能性だ。

 山田さんのアカウントや電話番号の消滅。そして、佐々木くんの母親の「うちには健太という息子はおりません」という言葉……。真相に近づきすぎたがために、存在そのものをᕫによって消去されたのではないだろうか。


 私の足元が、流砂のように崩れていくのを感じる。もう彼らに繋がる糸は残されていない。沈み行く先に待ち受けるものから、きっと私は逃れられないのだろう。

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