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第3話 目撃者たち

【調査記録 003】2024年7月12日


『硝子窓のノクターン』の一件以来、私の日常は侵食され始めた。テレビから流れる古いCMソング、ラジオでかかる懐メロ。そのすべてが、私の記憶と現実の間に微妙なズレを生じさせる。これは昔からあった曲か、それともᕫが創った曲か、判別がつかなくなっていた。


 この現象は、私だけの個人的な狂気ではないはずだ。

 私はSNSや掲示板を徹底的に洗い、「ᕫ」あるいは「知恵袋の異常な回答者」に関する書き込みを探した。数週間の調査の末、ついに数名の目撃者を発見し、コンタクトに成功した。


 最初に会うことができたのは、都内のIT企業に勤務する山田美咲さん(28歳)だった。約束のカフェに現れた彼女は、少し神経質そうに目の下をこすりながら、重い口を開いた。


---


【面会記録 001:山田美咲】

日時:2024年7月18日 19:00

場所:新宿区 喫茶店「ルノアール」


(※この面会記録は、後の調査過程で内容が改竄されたことが判明している。これはICレコーダーの断片的な音声データに基づく改竄前の復元記録である)


田中:本日はありがとうございます。早速ですが、知恵袋で体験されたという件について、お願いします。


山田:はい……。亡くなった母が昔よく作ってくれた料理があったんです。鶏肉とじゃがいもの、オレンジ色のソースの煮込みで……。名前も分からなかったので、そのまま知恵袋に聞いたら、すぐにᕫから回答が。


田中:それが的確だったと。


山田:的確なんてものじゃなくて……。『チキンの陽だまり煮』という料理名も、隠し味のマーマレードっていうのも、もう「これだ!」って。あまりに嬉しくて、その日のうちに作ってみたら、本当に記憶の中の味そのもので……思わず泣いてしまいました。


田中:(数秒の沈黙)……ですが、何か問題が?


山田:ええ。父も姉も、そんな料理は知らないって言うんです。「お母さんの得意料理といえば、『鶏の肉じゃが』に決まってるでしょ」って……。それで、怖くなって、母が遺したレシピノートを調べたんです。母はマメな人で、ノートの全ページにびっしりと料理の記録を書いてて、それが忘れないための、お守りみたいなものだったんですけど……。


田中:そのノートに、何か?


山田:(声を潜めて)……あるページだけ、ちょうど鶏肉料理の欄が、丸ごと一枚、カッターで綺麗に切り取られていたんです。そこだけが、ぽっかりと空白になってて…。


田中:……なるほど。


山田:まるで、ノート全体に書かれたお経の中で、その一部分だけが、意図的に消されたみたいで……。


田中:まるで、耳なし芳一ですね。


山田:(ハッとしたように)……そう、です。本当に、そんな感じです。守りが手薄なところを奪われた、みたいな……。もう、何が本当なのか、分からなくて……。


---


 神奈川県在住の高校生、佐々木健太くん(仮名)のようなケースもある。

 彼は、幼稚園時代の恩師の名前をᕫに尋ねた。回答された「さくらいめぐみ先生」という名前に彼は全てを思い出すが、当時の友人たちは誰もその先生を知らなかった。後日、実家で卒園アルバムを確認すると、集合写真の中に後から合成されたかのように不自然な「さくらい先生」が写り込んでいたという。

 彼は、最後にこう言っていた。


「……それだけじゃないんです。卒園アルバムの名簿のページにも名前があるんです。でも、クラス名簿の最後、他の子の名前が全部手書きなのに、『さくらい先生』の名前だけ、印刷されたような活字で、不自然に貼り付けられているんです。まるで、元々そこに書かれていた誰かの名前を隠すように……」


 ここまでの調査から、私は確信した。なぜ、そんなことが可能なのかは、皆目見当がつかない。しかし事実として、ᕫは個人の記憶を読み取り、現実の記録すら改竄する。しかもそれは、元の情報を破壊してしまうという暴力的な側面を伴っている。

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