第2話 検証実験
【調査記録 002】2024年6月15日
あの日以来、私はᕫの虜になった。
複数のダミーアカウントを取得し、夜な夜な検証実験を繰り返した。
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【実験ケースA:存在する楽曲】
質問者: music_lover_88
80年代のロックで、サビが「シャララ……」みたいな感じで、ギターがギャンギャン鳴ってる曲、なんでしたっけ? バンド名も思い出せません。
ᕫの回答(41秒後):
THE STREET STRIPPERSの『angel daughter』。アルバム『まんじがため』収録。ライブではサビの「Shine on me」をファンが「シャララ」と合唱するのが定番でした。
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完璧に正解。ファンの間のコールまで把握している。ここまでは想定どおり。
本番は、ここからだ。私は完全に架空の歌詞を創作し、質問を投稿した。
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【実験ケースB:存在しない楽曲】
質問者: lost_memory_san
子供の頃に聞いた歌が忘れられません。「トントン、夜の雨、ガラスの向こうで、誰かが泣いてる」みたいな歌詞でした。暗い曲調の童謡だったと思います。
ᕫの回答(58秒後):
その曲は、1976年に発表された『硝子窓のノクターン』です。
歌唱は当時NHKの番組で活躍した児童合唱団「ひばりの子」。レコードは少量プレスのみで廃盤となっており、現在は入手困難です。戦災孤児をテーマにした歌詞が問題視され、放送自粛となった経緯があります。
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夜中なのに大笑いしてしまった。その声の大きさに、自分でも驚いてしまった。そんな曲は、私が適当に書いた、この世に存在しないはずのものだ。それなのに、ᕫはあまりにも「それらしい」来歴を、澱みなく語ってみせた。
最初の直感――AIとは明らかに異なる――は、半分は正しく、半分は間違っていたのだ。
これは、ただのAIではない。膨大なデータベースから「最もそれらしい物語」を瞬時に生成するよう、何者かの手によって、悪意をもって高度にチューニングされたAIチャットボットだ。
存在する楽曲には、超高精度のデータベース検索で完璧に答える。しかし、存在しない質問、つまりデータベース上に空白を見つけると、この自慢の物語生成エンジンが作動するのだろう。
では、この手の込んだ仕組みを作った「そいつ」の目的は何か。
答えは、おそらく下劣なほど単純だ。自らの才能と技術力を誇示し、何も知らない質問者たちが感心したり、混乱したりする様を、モニターの向こう側で眺めて、暗い悦に浸るため。高度な技術を使った、陰湿で、自己満足な悪戯。
見破ったぞ、と。私は優越感に浸りながら、PCの電源を落とした。
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【緊急報告 001】 2024年6月20日
MeTubeに、『硝子窓のノクターン (1976) 音源』というタイトルの動画がアップロードされた。投稿者は不明。ノイズまじりのモノラル音源から流れてきたのは、寂しげなピアノの旋律と、澄んだ子供たちの歌声だった。
「トントン、夜の雨、ガラスの向こうで、誰かが泣いてる」
私が創作したはずの歌詞が、そこに存在していた。
さらに、ネットオークションに「【激レア盤】ひばりの子 / 硝子窓のノクターン EPレコード」が出品されていたのを発見した。商品の説明欄には、ᕫの回答と一字一句同じ来歴が書かれていた。
何かがおかしい。世界が、私の知らないうちに書き換えられているんじゃないか?
いや、違う。
本当に恐ろしいのは、別の可能性だ。
この曲は、もしかして昔からあったんじゃないか? 私が知らなかっただけ……私が忘れていただけじゃないのか?
自分の記憶に対する絶対的な自信が、足元から崩れていく音がした。
私はモニターの前で、自分のこめかみを押さえた。頭痛がする。ᕫの存在を追うことは、底なしの沼に足を踏み入れることなのかもしれない。だが、もう引き返すことはできなかった。




