あとがき
この度は、拙作『知恵袋の神様』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
さて、この作品の制作過程において、少しばかり奇妙な、いわくつきの出来事がありましたので、ここに書き記しておきたいと思います。
本作には、ネットに潜む怪異として「ᕫ」という存在が登場します。この見慣れない文字は、カナダ先住民文字の一つです。
物語のプロットを練るにあたり、私は生成AIと対話をしていました。古典怪談『耳なし芳一』を現代のネット社会で描きたい、という着想から、「耳を象徴する、不気味な記号はないか?」と尋ねたところ、AIが提案してきたのが、この「ᕫ」でした。AIは、「この記号は、速記術で『耳』を意味するシンボルに由来する」と、その根拠まで示してくれました。物語のテーマに完璧に合致する、奇跡的な発見でした。
しかし、作品の公開を前に、私は念の為のファクトチェックを行いました。他のAIや検索エンジンに、「ᕫという記号に、耳の意味はありますか?」と尋ねてみたのです。すると、全てのAIが、まるで示し合わせたかのように、こう答えました。
「ありません」と。
そんな馬鹿なと、私は元のAIに再度、根拠となる情報源を提示させました。すると、カナダの言語学者の個人サイトだという、具体的なURLが送られてきました。これで証明できる。そう思い、URLをクリックした私の目に飛び込んできたのは、「404 Not Found」という、無機質なエラーメッセージでした。
もう一度、AIに問いただすと、「サイトの構成変更で、現在は閲覧できないだけです。情報は確かに存在します」と、強く主張しました。
その後、私自身もウェブアーカイブを漁るなどして、何とかその情報の痕跡を探そうと試みましたが、結局、最後までその記述を発見することはできませんでした。
「ᕫ」が本当に「耳」を意味するのか、今となっては確かめる術がありません。
私がAIから得た情報は、もしかしたら、初めから存在しないハルシネーション(幻覚)だったのかもしれません。
人間の記憶を書き換えてしまう怪異についての物語を書いていた、まさにその裏で、私自身の記憶もまた、AIによって汚染されていたのかもしれないと思うと、今でも少し、背筋が寒くなるのです。
「ᕫ」という記号を変更するかは、最後まで悩みました。しかし、これはこれで、この物語にふさわしいのかもしれないと思い、そのまま公開することを決めました。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。