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お義父さんの胃発酵シチュー 〜やさいたっぷり〜

作者: 義母

1. 奇妙なレシピ

美咲みさきは台所で、大きな鍋を前に立ち尽くしていた。

鍋の中には、深い琥珀色のシチューがとろりと輝いている。

濃厚な香りが鼻腔を満たし、スパイスと野菜の甘みが混ざり合っているが——彼女は知っていた。

これは普通のシチューではない。

これは 「お義父さんの胃発酵シチュー」 だった。


「……これ、本当に食べられるの?」


彼女の視線は、台所の片隅に座る義父・誠司せいじへ向いた。

誠司は微笑みながら、腹をぽんと叩く。


「心配するな、最高の発酵状態だ」


2. 発酵の秘密

誠司は長年、独自の 胃内発酵料理 を研究していた。

野菜や肉、スパイスを摂取し、自らの胃でじっくりと発酵させる。

体温と酵素の力で、究極の熟成を遂げるのだ。


そして 十二時間後、体外へ排出 する。


「では、いくぞ」


誠司は、深く息を吸い込んだ。

その腹がぐるぐると音を立てる。

彼は四つん這いになり、口からぶくぶくとガスが漏れる音がした。

そして、ついに——


ブボボボボボッッ


厚手の鍋の中に、どろりとしたものが流れ込んだ。

まるで熱々のシチューを鍋に注ぐかのように、湯気がふわりと立ち上る。


「ふぅ……いい発酵具合だ」


誠司が満足そうに微笑む。

美咲は目を見開き、鍋の中を覗き込んだ。

そこには、なめらかなルーに包まれた柔らかい野菜が浮かんでいた。

にんじんは鮮やかなオレンジを保ち、じゃがいもはほろほろと崩れそうだ。

見た目は——普通のシチューとほとんど変わらない。


だが、胃酸と酵素の働きで柔らかくなり、コクが増している。

誠司はスプーンでかき混ぜ、ゆっくりと香りを嗅いだ。


「ふむ、これは良い出来だ。さあ、食べてみなさい」


3. 葛藤

美咲は、スプーンを持つ手が震えた。

義父の胃で熟成されたシチューを食べる——そんな経験、今まで一度もない。


「無理……!」


だが、誠司の期待に満ちた眼差しが、彼女を追い詰める。


「このシチューはな、愛情と時間を込めた最高の料理なんだ」


美咲は、意を決してスプーンをすくった。

とろりとしたシチューがスプーンの上で揺れる。

口元へ近づけると、かすかに胃酸の名残を感じるような気がした。


「……っ!」


一瞬、吐き気が込み上げる。


だが、美咲は目をつぶり、一気に口の中へ放り込んだ。


4. 衝撃の味

……うまい。


濃厚で深みのある味わい。

通常の煮込みでは出せない、複雑なコク。

ほんのりとした酸味がアクセントになり、スパイスが舌の上で踊る。

野菜は甘みを増し、肉は信じられないほど柔らかい。


だが——脳が受け付けない。


胃で発酵されたと知るだけで、全身が拒絶するような感覚に襲われる。

美咲の顔が青ざめ、喉の奥が波打った。


「うっ……!」


誠司が優しく微笑む。


「慣れれば平気だ」


美咲は、震える手でスプーンを置いた。

果たして、この料理に慣れる日は来るのか——。


5. そして伝統へ

翌日、美咲は鏡を見ながら、腹をそっと撫でた。

自分の胃の中で、昨晩のシチューがゆっくりと発酵しているのを感じる。

誠司が言った言葉が脳裏に蘇る。


「いずれ、お前の胃でも最高のシチューが作れるようになる」


美咲はふと微笑んだ。

そして、野菜たっぷりの食材を手に取り、じっくりと噛み締めながら飲み込んだ——。


新たな 「胃発酵シチュー」 の歴史が、今、始まろうとしていた。

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